ネコふんじゃった

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47 大地の声に酔う

 ミルトン・ナシメントの名前をはじめて目にしたのは、ムーンライダーズの『ヌーヴェル・ヴァーグ』というアルバムに彼の曲が入っていたから。同じころ、ウェイン・ショーターの『ネイティブ・ダンサー』を聴いて、このブラジルのミュージシャンに興味を抱...
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46 アンビエントな夜のために

 ブライアン・イーノが「アンビエント・ミュージック」というジャンルを作り出さなければ、この手の音楽との出会いはずっと遅れていただろう。いや、まったく出会わなかった可能性もある。そう考えると、イーノ先生に感謝です。  作者のハロル...
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45 突然の死を悼んで

 その日、ぼくは仕事でパリにいた。朝、ホテルの部屋でテレビをつけると、白いシーツでくるまれた遺体が、ヘリコプターから搬入されるシーンが映った。すぐに画面はジャクソン・ファイブ時代のマイケル少年に切り替わる。さらに「今夜はドント・ストップ」...
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44 気だるい夏の昼下がりに

 七十年代、八十年代を通して、ブラジルのコンテンポラリー・ミュージックを牽引していくガル・コスタとカエターノ・ヴェローゾ。これは二人にとってのデビュー・アルバムにして、一期一会のデュエット・アルバム。録音は一九六七年、ガルは二十二歳、カエ...
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43みんなメロウでシルキーだったころ

 あのころ(というのは、ぼくが大学生だった七〇年代後半)、AORという呼び方はなかった。ソフト・アンド・メロウとかシティポップスなどと呼ばれていた。ちなみにAORは「アダルト・オリエンテッド・ロック」の略。ロックにジャズやソウルの...
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42 あのころ彼はスゴかった

 ぼくの高校時代は、一九七四年から七六年になるのだが、この三年間に、スティーヴィー・ワンダーは『インナーヴィジョンズ』『ファースト・フィナーレ』『キー・オブ・ライフ』という三枚のアルバムを作り、いずれもグラミー賞を獲得している。ぼ...
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41 素直に聴けなかったプログレッシブロック

 高校生のころ、大人になっても絶対に真似するまいと思ったのは、ゴルフとプログレ系のファッションだった。パッチワークをあてたジーンズにチェックのシャツという、ニール・ヤングのファッションを最高と思っていた当時のぼくには、彼らのセンスは許しが...
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40 春だ、ジャヴァンを聴こう!

 現在も活躍するブラジルのミュージシャン、ジャヴァンがアメリカのメジャー・レーベルに移籍しての第一作は、日本でのデビュー作でもある。発表は一九八二年、一曲目の「サムライ」はスティーヴィー・ワンダーがハーモニカで参加しているという話題性もあ...
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39 お行儀のいいコルトレーンを聴く

 雪雲が低く垂れ込めた、寒い冬の日の午後、薄暗い部屋で本を読んでいると、どこからともなく、寂しくも懐かしいピアノの音色が聴こえてくる。エリントンの弾く「イン・ア・センチメンタル・ムード」のイントロだ。つぎはテナーサックス。一つ一つの音を慈...
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38 タルコフスキーとバッハ

 バッハの宗教曲といえば、マタイ、ヨハネの両受難曲にロ短調ミサ曲、クリスマス・オラトリオと傑作揃いだが、どれか一つということになれば、作品の規模からいっても内容からいっても、やはりマタイ受難曲ということになるだろう。  ぼくがこの作...
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37 大好きな『大地の歌』だけれど

 今年のサイトウ・キネン・オーケストラのメイン・プログラムは、マーラーの交響曲第一番『巨人』だったそうだ。コンサートを聴きに行った友だちからその話を聞いて、このところまたマーラーを聴いている。もう二十年近く前になるだろうか、ずいぶん入れ揚げ...
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36 生まれたときから、ずっと名盤

 このアルバムを最初に聴いたのは高校二年生の冬、友だちのY君の家だった。部屋の隅では、石油ストーブが燃えていた。ちょっとお腹が減ったので、Y君がゆで卵をつくってくれた。コーヒーを淹れて準備完了。レコードに針を下ろす、一曲目の「愛のゆくえ」が...
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35 アイズレーが歩んできたロング&ワインディングな道

 最初に一言。彼らの場合、ジャケットには目をつぶらなければならない。どのアルバムも、ド派手なステージ衣装に身を固めた六人のあまり美しくない男たちが、「8時だヨ!全員集合」という感じで写っている。同じパターンが「これでもか」というくらいつづく...
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34 水割りの味とトム・ウェイツ

 若いころは、ウィスキーの水割りを美味しいと思ったことはなかった。ああいうのは結婚式などで、時間つぶしに飲むものだった。最近は、焼酎でもウィスキーでも、お湯や水で薄く割ったものを好んで飲んでいる。歳のせいでしょうかねえ。  水割りの味をお...
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33 いつもクールなデスモンドのサックス

 ポール・デスモンドというと、条件反射的に「テイク・ファイブ」の人ということになってしまうのは、致し方ないことかもしれない。彼の名前は知らなくても、あのメロディを耳にすれば、大半の人が「ああ、この曲か」となるはずである。ちなみに初演は、デイ...
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32 中学生がもらった一枚のはがき

 中学三年生の夏休みに、街のレコード屋さんから一枚のはがきが届いた。裏側に写真が印刷されていて、ストリート・ギャングみたいな柄の悪いお兄さんたちがこっちを睨んでいる。なんなんだ、この人たちは。  それはレコード会社が作ったプロモーション用...
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31 クラシック音楽との出会い

 中学生のころは、よくラジオを聴きながら勉強していた。そこで耳にして、好きになった曲もたくさんある。デオダードの「ラプソディ・イン・ブルー」も、そんな曲の一つだ。  原曲はガーシュインのピアノ協奏曲。夢見るような美しいメロディが気に入った...
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30 二人は別れてしまったけれど

 イギリスのフォーク・ロック・バンド、フェアポート・コンヴェンションの中心メンバーだったリチャード・トンプソンが、バンドを脱退した後に奥さんのリンダと結成した夫婦デュオの、これはラスト・アルバムにして最高傑作。  リチャードの個性的なギタ...
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29 ヴァン・モリソンに駄作はない

 たぶん、ないと思う。そういうことにしておこう。駄作はない、と断言できないのは、三十枚以上出ている彼のアルバムを、すべて聴いたわけではないから。でも、半分くらいは聴いている。それで言えることは、どのアルバムも、やりたいこと、歌いたいことがは...
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28 ジョン・セバスチャンは、たんぽぽみたいなミュージシャンです

 今年は一月が暖かく、このまま春になったのではありがたみがないな、と思っていたら、二月になってようやく寒くなってくれた。北国の人には叱られるかもしれないけれど、やっぱり冬はきちんと寒い方がいい。こちらは立春を過ぎると、風は冷たくても日差しは...
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27 冬の寒い朝に聴きたい、透明感あふれるデュオ

 ここ福岡では、雪が積もることは一年に一度あるかないか、氷が張るなんて事態は、もう何年も記憶にありません。やはり温暖化の影響でしょうか。ぼくが小学生のころには、郷里の四国でも、冬になるとよく氷が張っていました。池や水溜りに張った氷を割りなが...
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26 あのころは毎日のように、ビリーの歌が聞こえていた

 あのころというのは、一九七七年から七八年ごろのこと。たとえば友だちの下宿やアパートを訪れる。するとFMラジオか何かから、『はぐれ刑事純情派』みたいな口笛が流れてくる。そしてはじまる「ストレンジャー」。もういい加減にしてくれ! と思うころに...
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25 冬の夜は暖かい部屋でウィリー・ネルソンを聴こう

 カントリーの人である。カントリー・ミュージックというのは日本の民謡みたいなもので、ぼくのような者にはみんな同じに聞こえる。だから、どうしても敬遠してしまう。このアルバムは、あまりカントリーっぽくない。誰でも安心して(?)聴ける、大人の音楽...
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24 ジョージ・マーティンのちょっといい仕事

 「名前のない馬」の大ヒットで華々しいデビューを飾ったアメリカの、これは四枚目のアルバム(一九七四年発表)。本作から、ビートルズの育ての親であるジョージ・マーティンをプロデューサーに迎える。さわやかなアコースティック・サウンドが売り物だった...
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23 秋にはJTのアルバムを一枚ずつ聴いてみる

 最初に買ったジェイムス・テイラーのアルバムが、この『ワン・マン・ドッグ』だった。中学三年生の秋である。ビートルズが設立したアップル・レコードからデビューするものの、セールス的には振るわず、新たにワーナー・ブラザーズと契約を交わして再デビュ...
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22 サンプラー盤を買っていたころ

 中学三年生のときのオイルショックで、それまで二千円だったLPレコードが二千五百円になった。おこずかいは月に二千円だったので、五百円の値上げは痛かった。欲しいレコードはたくさんあるのに……。  そのころ幾つかのレコード会社がサンプラー盤と...
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21 夏休みに離島で聴いたジョージ・ベンソン

 大学生になって夏休みに帰省すると、高校時代の友だちとよくキャンプに行った。郷里の街は海に面しており、船で行けるキャンプ場が何箇所かあった。その年はY君と二人で日振島というところへ行くことにした。高速艇で一時間くらいの、かなり本格的な離島で...
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20 世界仕様、日本のロックの金字塔

 大学院に進学して間もないころ、ロック好きの先輩が、「これ聴かんと後悔するばい」と言って、一枚のレコードを貸してくれた。針を落としてから最後の曲が終わるまでの四十分間。打ちのめされた。とくに「マラッカ」と「つれなのふりや」と「裸にされた街」...
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19 今年は三十一回忌

 「夏の日の恋」でおなじみのパーシー・フェイス。ジャンルでいうとムード・ミュージックやイージー・リスニングといったくくりになるかと思う。しかしヨーロッパ音楽からはじまり、ミュージカル、ラテン、映画音楽、さらに晩年にはキーボードやコーラスを大...
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18 ベスト盤についての一考察

 レコードからCDになって、ベスト盤がつまらなくなった、と感じているのは私だけだろうか。かつてLPの時代には、ベスト盤の名盤がたくさんあった。サイモン&ガーファンクルの『グレイテスト・ヒッツ』やジョン・レノンの『シェイヴド・フィッシュ』は、...
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17 世界でいちばん美しいCD

 アルゾ。本名アルフレッド・アフランティ。ニューヨーク生まれの彼は、十代のころからグリニッジ・ヴィレッジのカフェなどで音楽的なキャリアを積んでいく。様々な困難を乗り越えて、ようやくデビュー・アルバムの発売にこぎつけたのが一九七二年のこと。し...
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16 カットアウト盤を探し歩いた日々

 いまの人たちには馴染みがないかもしれないが、以前はカットアウト盤といって、廃盤などになったレコードをわざと傷つけ、ディスカウント商品として流通させる仕組みがあった。その名のとおり、ジャケットの片隅が少し切り取られている。なかには切れ込みを...
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15 プロレスラーじゃありません

 深夜、人気のない裏通りでけっして出会いたくないミュージシャン、それがアーロン・ネヴィルだ。不幸にして出会ってしまったら、目を合わさないようにして、できるだけ素早く通り過ぎてしまいたい相手、それがアーロン・ネヴィルだ。いくらにっこり笑いかけ...
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14 ボブ・ジェームスはココアの味

 両親が共働きだったので、小学校から帰ってくると、おやつは自分で作ることが多かった。電子レンジのない時代で、ホットケーキなんかもフライパンでせっせと焼いていた。それからココアね。純正ココアとグラニュー糖をよく混ぜ、熱湯を少し加えてペースト状...
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13 もちろん、明日も愛している

 ぼくぐらいの歳(年が明けると四十八です)になると、気に入ったアルバムをいろんなディスクで何枚も持っている、ということがだんだん増えてくる。キャロル・キングのこのアルバムも、最初はLPレコードでずっと聴いていた。それから初代のCD、ボーナス...
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12 天才たちの青春賦

 季節が冬に向かう時期、朝起きてまず、このCDをかける。一曲目の「ブライト・サイズ・ライフ」を聴くと、今日もいいことがありそうな気がする。いや、今日もいい一日にしようと思う。  パット・メセニーとジャコ・パストリアス。二人の若き天才ミュー...
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11 セピア色のビーチ・ボーイズ

 手ごわいバンドである。なかなか一筋縄ではいかない。三十枚近いオリジナル・アルバムのなかに、駄作は一枚もない。どのアルバムにも、ちゃんと聴きどころがある。このアルバムは十五枚目だから、ちょうと折り返しということになる。デビューから六年、セー...
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10 いつかはジョアン・ジルベルトのように

 年に数回、仕事で東京へ行くことがある。出版社が近いので、たいてい一日は、御茶ノ水から神保町の界隈をうろうろする。あのあたりって、どうしてカレー屋と楽器店が多いのだろう。過日、そんな中古楽器店の一つにふらりと足を踏み入れた。スペイン製のクラ...
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9 地球にやさしいショーターのサックス

 農学部の学生だったぼくたちは、三年生の夏に北海道研修旅行があった。帯広で乳牛に蹴飛ばされたり、中標津あたりで道産子に追いかけられたり、札幌でラーメンまみれの食生活を送ったりして、ぼくはすっかりスケールの大きな人間となり、髪も髭も伸び放題、...
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8 岡倉天心もびっくり、一期一会の音楽

 その昔、ジャズ・クルセイダーズというバンドがありました。ジュニア・ハイスクール仲間だった四人がバンドを結成したのは一九五二年といいますから、とんでもない昔です。七十年代はじめ、バンド名をシンプルに「クルセイダーズ」と改め、ファンクやR&B...