73)ピアノに魅せられた日々

ネコふんじゃった
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 もう二十年くらい前になるだろうか。ある日、突然ピアノに魅せられた。独学でハノンなどの教則本にも取り組んだけれど、なんといっても弾きたかったのはバッハだ。それでゼンオンの『クラヴィーア小曲集』という、いちばん簡単なバッハのピアノ曲集を買ってきた。一日に二時間も三時間も練習をして、ガボットやジークなどが、なんとか弾けるようになった。

 こんなことになってしまったのは、テレビで偶然にグレン・グールドの番組を観たせいだ。そのなかで彼が弾いていたバッハのかっこよかったこと。中学生のときにロックに目覚めて以来の衝撃だった。ぼくにとってグールドは、まさに「ロック」だった。

 彼のレパートリーはとても広い。ハイドン、モーツァルト、ベートーヴェン、ブラームスからシュトラウス、ヒンデミット、シェーンベルク、ワーグナーのオペラをピアノ用に編曲したものまで。でもグールドといえば、やはりなんといってもバッハだろう。一九五五年の『ゴルトベルク変奏曲』で鮮烈なデビューを飾り、一九八一年に同じ曲を再録音したものが遺作となったのも、なんだか不思議なめぐり合わせだ。

 二つの『ゴルトベルク』、四半世紀の時間が流れているだけあって、かなりスタイルが違う。全曲を四十分足らずで駆け抜ける五五年盤にたいして、八一年のステレオ盤は五十分少々。テンポからして、ずいぶんゆったりしている。しかしもたついたところはまったくない。ぼくは八一年盤の方が好きだが、五五年盤を好む人もいるだろう。(2011年11月)