Senior Moter Drive ~ ただいまカリフォルニアを走行中

Senior Moter Drive
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Scene8 モーテル・クロニクル

 帰ってきたぞ、ビショップ。二人ともややお疲れ気味で、マンモスで紹介してもらったモーテルに車を乗り入れる。ここもインド人の家族がやっている。見たところ親父さんはほとんど戦力にならず、レジの後ろでニコニコしているだけ。娘さんらしい人がてきぱきチェックインの手続きをしてくれる。一人一泊百ドル少々、一万数千円か。古い木造のモーテルにしてはちょっと高い気もするが、ここまで来れば贅沢は言っていられない。時間はすでに午後6時をまわっている。荷物を部屋に放り込んで、さっそく夕食の買い出しだ。数時間前に一度通過した町なので、だいたいの様子はわかっている。たしかマクドナルドの横が、小さなショッピングモールになっていたはずだ。あったぞ。さっそくスーパーマーケットへ突進、二手にわかれて素早く必要なものを調達する。言葉は交わさなくても以心伝心の二人である。ボブの分担はビールとワイン。私は食べ物だ。

 やはりメキシカンが目につく。もちろんノー・プロブレムだ。まずアボカドのディップを。これは美味しい。他にもいろんなディップソースを売っているので、その日の気分で二種類ほど。トルティーヤというトウモロコシの粉でつくって薄焼きせんべいみたいなので掬って食べる。つぎはサラダだ。一オンスは多過ぎるので、半オンスずつ二種類にしてもらう。この量でも私たちは持て余す。あとはチーズを買っておしまい。いたって簡単。

 お腹もほどよく空いてきた。モーテルに戻り、さっそく食事の準備だ。風が気持ちいいので、部屋の前に椅子を出して、とりあえずコロナ・ビールで乾杯。
「お疲れ様です」
「いや、どうもどうも」
 美味い! ……と、一息つく間もなく蚊が襲って来る。こんな砂漠の町にも蚊がいるのか。さすがに蚊取り線香までは持ってきていない。こらこら、われわれは極東からの珍客であるぞ。言葉がわからないのか、ブン、ブン。チクリ、チクリ。聞き分けがないやつらだ。モスキートに道義を説いてもはじまらない。ビールを持って室内へ避難する。
「今朝までロスにいたとは思えないな。トーランスのモーテルをチェックアウトしたのが、もう何日も前のことのような気がします」
「盛りだくさんの一日だったからね」
「ちょっとしたハプニングもありましたしね」
「いやどうも、ご心配をおかけしました」
「でもさすがは私の師匠、非常時の対応力はさすがですね。ジャーナリストとして百戦錬磨のボブだけのことはある」
「まあ、まあ」
「それにしてもボブは、どうしてボブなんですか」
「ここで、その質問?」
「アメリカではボブでなんでしょう」
「Call me Bob. 」
「Why? 」
「話すほどのこともないんだけどさ、子どものころにボブちゃんと呼ばれていたのね」
「ボブちゃん!」
「うちの親がさあ、伜のことを『ぼくちゃん』と呼ぶわけだよ。かわいい一人息子だから」
「はあ……」
「それでぼくも自分のことを『ぼくちゃん』と言っていた。ところが舌がうまくまわらなくて、『ぼくちゃん』と言っているつもりなのに、『ボブちゃん』になってしまうんだな。親たちも面白がって『ボブちゃん』と呼ぶもんだから、以来、ぼくはボブちゃんになりました」
「聞かなくてよかったかも」
「だから話すほどのこともないって言っただろう」
「明日はいよいよヨセミテですね」
「そろそろ寝ようかな」
「もう寝るんですか?」

 たしかに一日運転しっぱなしのボブは、相当疲れているはずだ。おまけにモーテルの予約取り間違い騒動もあった。ワインもほどほどにして、師匠は早めに自分の部屋へ引き上げていった。何から何までボブまかせの私は、まだ眠くならない。かといって本を読む気分ではないので、一人でワインをちびちびやりながら、一日を振り返る。

 マンザナーの強制収容所では、あらためて歴史というものを考えさせられた。というか日本人の奇妙さ、ちょっと困った特質について考え込んでしまった。モンスーン気候のせいかもしれない。われわれ日本人は、台風が過ぎるのを待つようにして、災厄が過ぎるのを待つ。やがて忘れる。地震や津波でたくさん人が死んだこと。70年前の戦争も、そんなふうにしてやり過ごしたのかもしれない。原爆の投下も、70年経つと自然災害みたいになってしまう。何も定着せず、いつのまにか過ぎ去り、あったことはなかったことになる。なんだかなあ……。

 そのときノックの音が。
「ボブかい?」
 返事がない。ドアを開ける。
「助けて。追われているの」
「どうしたんですか」「とにかく、なかに入れて」
 強い香水の匂いとともに、女は部屋のなかへ。再びノックの音。大男がドアを蹴破る勢いで部屋に飛び込んでくる。
「ルーシー、おれと一緒に帰るんだ」
「いやよ、誰があんたなんかと」
「つべこべ言うんじゃねえ」
 男は乱暴にルーシーの手をつかむと、部屋の外へ連れ出そうとする。
「おい、ちょっとあんた。嫌がっているじゃないか」
「なんだ、おまえは」
「My name is Kei. Nice to meet you.」
「うるせえ、バカ野郎。引っ込んでろ!」
 ●△※☆▲*∑♂◆♀♪……(*_*)
(2016.6.21)