62)深夜のラジオから流れてきた「マイ・ファニー・ヴァレンタイン」

ネコふんじゃった
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 中学生のころ、ラジオを聞きながら勉強するのが習慣だった。当然、勉強にはあまり身が入らず、ラジオの方が主だった。リクエストのはがきなんかも出していた。地元の民放だと、かなりの確率で読まれた。

 二年生の冬だった。炬燵に入って、いつものようにラジオを聞きながら勉強していると、マイルスのこの曲が流れてきた。独特なムードの、大人っぽい曲だなと思った。たしかDJは大橋巨泉だった。ヴァレンタイン・デーが近かったのだろう。チョコレートをもらうあてなどなかったけれど、ひっそりとした演奏が胸に染みた。

 その後、長いあいだこの曲のことは忘れていた。大学に入ってジャズを聴きはじめ、まずは常道としてマイルス・デイヴィスのレコードを集めることにした。コルトレーンを擁したファースト・クインテットと呼ばれるプレスティッジ時代のアルバムを何枚か買ううちに、この『クッキン』に行きあたる。最初の演奏がはじまった途端、「あの曲だ」と思った。中学二年生の冬の夜が甦ってきた。三畳一間の下宿の部屋の空気が、見る見るうちにブルーに染まっていく。

 ミュートを付けて吹くマイルスのデリケートなプレイは、まさに「卵の殻の上を歩くような」という形容がぴったりだ。しかも深い情感がこもっていて、聴いている方は、胸をかきむしられるような切ない気分になる。レッド・ガーランドのピアノも光る。他にも「エアジン」や「灯ほのかに」など、名曲名演がたっぷり。まだまだ青いコルトレーンも、それなりにがんばる。(2010年12月)