昨年、彼が亡くなったあと、なんとなく聴きたくなったのが「シンガプーラ」だった。熱い風かき回す、羽ひろげる扇風機、西、東、血が混じる、あの子の目に魅せられた……。その「シンカーブラ」を収録した本アルバムは、一九七六年にアラバマ州はシェイフィールドのマスル・ショールズ・スタジオで録音されている。アメリカ南部の乾いた空気を思わせる、柔らかでしなやかなサウンドが心地いい。
フォーク・クルセダーズでキャリアをスターとさせた彼が、サディスティック・ミカ・バンドを解散したあと、ソロ活動を再開させての第一作にあたる。全曲の作詞は安井かずみ。その後、結婚した二人は、一九九一年の『ボレロ・カリフォルニア』まで、ひたすらゴージャスで、ちょっとスノッブなワン・アンド・オンリーの世界を展開していく。とくにバハマ録音の『パパ・ヘミングウェイ』、ベルリン録音の『うたかたのオペラ』、パリ録音の『ベル・エキセントリック』の三部作は、長い彼のキャリアのなかでもピークをなすものだろう。一作ごとに新しくスリリングで、ぼくなども夢中で彼の音楽を追いかけたものだった。
ジャケットのポラロイドは安井かずみの撮影によるもの。真っ赤なスーツにアディダスのトレーニング・シューズ。心なしか表情はうつろで、目はどこか遠くを見ているようでもある。人生を楽しむことのなかから生まれてくるものを大切にしていた。生きることも趣味みたいなものだ、と語っていた加藤さん。生きることに飽きちゃったのかな。(2010年4月)