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片山恭一の毎日更新、いろんなはなしをします
今日のさけび

 今回の東京滞在中は新潮社の新潮社クラブという宿泊施設にお世話になった。もとは先々代の社長の娼家だったとか。その後、流行作家のいわゆる「カンヅメ部屋」として使われるようになった。しかし由来がそんなわけだから、なかなか立派な造りで、ぼくが使わせてもらった二階は床の間の付いた十畳の和室に、やはり十畳ほどの書斎という間取り。書斎には立派なデスクとチェアがあり、簡単な応接セットが置いてある。一回は和室だけだけれど、もう少し広い。ここでは川端康成をはじめとして、由緒ある作家たちの対談などが行われたようだ。そんなところに、なぜか泊まらせてもらったのである。

 歴史のある建物だけあって、いろいろと面白い話も残っている。担当編集者の阿部さんは「夜は開高健の幽霊が出るって話ですよ」などとさりげなく不穏なことを言う。「開高健の幽霊なら会ってみたいなあ」とか、どこまでもさわやかな阿部さんだが、ぼくはそういうものには会いたくない。女流作家の幽霊などにも出てきてほしくない。三泊したけれど、幸いそういうものに遭遇することはなかった。どうも超常現象とは縁がない質のようだ。

 新潮社の長い歴史のなかで、一度だけ「原稿を落とす」ということを実際にやってしまった作家がいる。マンガ家などでは結構あるらしいけれど、作家の場合はきわめて珍しい。その希少なことをやったのが野坂昭如氏というから、あっぱれというか、なるほどと妙に納得してしまうところがおかしい。彼はぼくが泊っている新潮社クラブから逃亡して行方不明になってしまったのである。ページを空けていた月刊誌(『小説新潮』だったかな?)は、彼の原稿が入る予定だったところを白のまま刷ったとか。いまはプレミアがついているかもしれないね、その号は。

 ぼくが宿泊しているあいだは、専門にお世話をしてくれる人が泊まり込んでくれるのだから、VIP並みの待遇と言っていいだろう。この人が気さくなおばさんで、「朝ごはんは8時でいいですか」とか「夜はお帰りが遅いようなので、お風呂のお湯はうんと熱くしておきますね」などと言ってくれる。ぼくのほうも「よろしく」とか答えて気を遣わなくてすむ。これが仮に若くて生々しい女性だった場合、あなた、リンダちょっと困っちゃうというか、別に困りはしないけれど夜は二人きりだし、女流の幽霊はノー・サンキューでも生きた若い女の人だと、どうかなあ?……ということで高齢者の適材適所、正しいマッチングということに深く思いを致しました。(2019.7.23)

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