レコードのある風景

レコードのある風景……⑦

⑦『ゴルトベルク変奏曲』  もう二十年くらい前になるだろうか。ある日、突然ピアノに目覚めた。独学でハノンなどの教則本にも取り組んだけれど、なんといっても弾きたかったのはバッハだ。それでゼンオンの『クラヴィーア小曲集』という、いちばん簡単なバ...
まぐまぐ日記

まぐまぐ日記・2011年……(18)

12月22日(木)曇り  冬型の天気で寒くなった。夕方から天神に出て、TUTAYAで古本を買う。今日は鶴見俊輔・小田実『オリジンから考える』(岩波書店)、吉本隆明・江藤淳『文学と非文学の倫理』(中央公論社)、中島義道『悪への自由』(勁草書房...
レコードのある風景

レコードのある風景……⑥

⑥『ワン・マン・ドッグ』  デビュー当時のジェイムズ・テイラーのかっこよさは、現在の彼からはちょっと想像するのが難しい。音楽的にはブランクもなく、常にクオリティの高い作品を発表しつづけている人だが、どこか神経質そうで、孤独な影をまとった初期...
まぐまぐ日記

まぐまぐ日記・2011年……(17)

12月14日(水)曇り  午前中、小説を書いて、午後から九州産業大学で講義。今日は太宰治について話す。好きな作家なので、こっちもノリノリである。珍しく時間が足りなくなった。たとえば「走れメロス」の最後の場面、読むたびに感動して胸がいっぱいに...
まぐまぐ日記

まぐまぐ日記・2011年……(16)

12月7日(水)曇り・雨  午前中は小説を書き、午後は九産大にて講義。今日は小林多喜二を中心にプロレタリア文学について話す。いまの学生たちは、マルクス主義についてどのくらい理解があるのだろう? 昭和の初期、日本の文学者たちにとってマルクス主...
レコードのある風景

レコードのある風景……⑤

⑤『クール・ストラッティン』  それまでロック一筋だったぼくは、大学に入ってからジャズを聴きはじめた。きっかけはトム・ウェイツの『土曜の夜の恋人』だった気がする。他にも、ポール・サイモン、ジョニ・ミッチェル、ビリー・ジョエルなど、あのころ(...
ネコふんじゃった

 62)深夜のラジオから流れてきた「マイ・ファニー・ヴァレンタイン」

中学生のころ、ラジオを聞きながら勉強するのが習慣だった。当然、勉強にはあまり身が入らず、ラジオの方が主だった。リクエストのはがきなんかも出していた。地元の民放だと、かなりの確率で読まれた。  二年生の冬だった。炬燵に入って、いつものようにラ...
九産大講義

現代文学として『源氏物語』を読む……第7回 近親のエロス(2)

病気の治療のため北山の行者のところへ通う道すがら若紫を見出した源氏は、幼女の面倒を見ている僧都と尼君(若紫の祖母にあたる)に「自分に世話をさせてくれ」と申し出ます。原文では「後見(うしろみ)」とあります。世話をする人という意味ですが、平安時...
まぐまぐ日記

まぐまぐ日記・2011年……(15)

12月1日(木)曇り  今日から十二月。いろいろあった一年も、あと残すところ一ヵ月。原発事故、ヨーロッパの経済危機……様々な面で、世界の破局が近いことを実感させられた一年だったように思う。来年はどんな一年になるのだろう。あまり明るい見通しは...
レコードのある風景

レコードのある風景……④

④『フリーホイーリン』  中学二年生からロックを聴きはじめたぼくは、一年後の秋には、いっぱしのロック少年になっていた。ビートルズのアルバムは五枚くらい手に入れたし、ローリング・ストーンズは二枚組のベスト盤を買ったので、ヒット曲はだいたい頭に...
九産大講義

現代文学として『源氏物語』を読む……第6回 近親のエロス(1)

『源氏物語』のうち光源氏を主人公とする部分(第41章「雲隠」まで)について見ると、彼にとって重要な女性は藤壺と紫の上ということになります。まさに「紫」の女性たちをめぐる物語です。そのなかで若紫との出会いの場面を見てみましょう。       ...
まぐまぐ日記

まぐまぐ日記・2011年……(14)

11月25日(金)曇り・晴れ  今日はなんと午前3時半起床なのだ。熱気球に乗るためで、4時10分にバスがホテルまで来てピックアップしてくれる。ケアンズ近郊までバスで一時間ほど。牧場みたいなところで、三つの熱気球がスタンバイしている。このあた...
まぐまぐ日記

まぐまぐ日記・2011年……(13)

11月23日(水)雨・曇り  ホテルの部屋でクラッカーとチーズとフルーツの朝食。スコールのような雨が降っているので、午前中はベッドの上で読書。電子辞書を引きながらChatwinの書簡集を読む。この書簡集には8歳のときに両親に宛てたものから、...
レコードのある風景

レコードのある風景……③

③『ウェイブ』  海辺の街に生まれ育ったので、子どものころの海水浴の思い出は、いまでも無性に懐かしい。水中メガネをつけて潜ると、眼下を大小様々の魚たちが泳いでいる。沖へ向かって泳いでいくうち、海の底はだんだん深くなって、あるところからすり鉢...
まぐまぐ日記

まぐまぐ日記・2011年……(12)

11月21日(月)曇り・晴れ  現地時間の午前4時45分、ケアンズ空港着。日本との時差は1時間なので、実質の飛行時間は約8時間。この間に、二回機内食が出るのにはまいった。しかも一回目は午後10時半で、二回目は午前3時半なので、あいだは5時間...
レコードのある風景

レコードのある風景……②

②『カリフォルニア・シャワー』  その年、というのは一九七八年のこと。福岡は史上まれにみる大渇水に見舞われていた。ほぼ一年間にわたって、時間指定断水がつづいた。当時、ぼくは大学二年生で箱崎に下宿していた。遊郭を改築したような下宿は、下水道の...
まぐまぐ日記

まぐまぐ日記・2011年……(11)

11月15日(火)晴れ  小学館の菅原さんより解説をたのまれた、嶽本野ばらさんの『タイマ』を読みはじめる。この小説は、彼が大麻の不法所持で逮捕され、復帰しての第一作である。だから逮捕の体験を中心に書いてある。野ばらさんの小説を読むのは、これ...
まぐまぐ日記

まぐまぐ日記・2011年……(10)

11月8日(火)曇り  このところ「日本人の死生観」というエッセーを書いているが、うまく書けずに苦労している。土着の他界観の上に、仏教や道教や儒教など、外来の宗教思想が入って来て、本来の姿を見えにくくなっているのだ。また貴族たちの考えていた...
レコードのある風景

レコードのある風景……①

① アビー・ロード   現在、ビートルズのCDは、イギリス盤が世界共通のフォーマットになっている。すなわち12枚のオリジナル・アルバムにアメリカ編集の『マジカル・ミステリー・ツアー』、シングルをまとめた『パスト・マスターズ』が2枚。全15枚...
九産大講義

現代文学として『源氏物語』を読む……第5回 中の品の女

第二巻の「帚木」で光源氏は17歳になっています。4歳年上の葵の上と結婚して5年になりますが、二人のあいだには子どももなく、なんとなく疎遠な感じです。舅である左大臣家にはたまにしか顔を出さず、内裏の住まいで過ごすことの多い源氏です。  梅雨の...
ネコふんじゃった

61)今年は七十回目の誕生日

ジョン・レノンが亡くなったとき、ぼくは大学卒業を控えた二十一歳だった。彼の晩年の作品に「グロウ・オールド・ウィズ・ミー」という曲がある。ぼくたちはジョンの死とともに歳をとってきた世代である。  あれから三十年。ぼくは結婚し、二人の子どもたち...
まぐまぐ日記

まぐまぐ日記・2011年……(9)

11月1日(火)晴れ  九州電力が停止中の玄海原発を再稼働させるというので気分が悪い。本来なら、東電や九電の製品(電力)をボイコットすべきなのだが、ぼくたちは電力会社にたいして消費者として振舞うことができない。代替手段として、東芝、三菱、日...
まぐまぐ日記

まぐまぐ日記・2011年……(8)

10月24日(月)晴れ  午前中、気功。講演原稿を書いてしまう。夕方、白石君より、解説のお礼の電話をもらう。いつか対談をしようと、前から言ってくれているのだが、頭の回転の速い白石君が相手だと、ぼくは聞き役で終わってしまいそうだ。電話でも喋る...
九産大講義

現代文学として『源氏物語』を読む……第4回 物の怪(2)

今日は物の怪の二回目、六条の御息所の物の怪が源氏の正妻である葵の上を取り殺すシーンを見てみましょう。「葵」という章で、数字でいうと第9章ということになります。葵の上は妊娠しています。結婚して10年目の懐妊ですから、ようやくといったところです...
まぐまぐ日記

まぐまぐ日記・2011年……(7)

10月18日(火)晴れ  夜、大学時代の友人と呉服町のイタリアンで会食。福岡市役所に勤務の木村君は、ぼくの家から歩いて五分くらいのところに住んでいるにもかかわらず、普段はなかなか一緒に呑む機会がない。今日は佐賀の鹿島から、共通の友だちである...
まぐまぐ日記

まぐまぐ日記・2011年……(6)

10月10日(月)晴れ  今日は祭日なので気功は休み。午前中は小説を書く。ベルンハルト・シュリンク『週末』読了。20年ぶりに出所した元ドイツ赤軍派の男と、彼にゆかりの人たちが別荘に集まる。扱っている題材にたいして描き方が甘い。テロリズムにつ...
九産大講義

現代文学として『源氏物語』を読む……第3回 物の怪(1)

『源氏物語』には物の怪がたくさん出てきます。「物の怪」というと、皆さんのなかには宮崎駿のアニメを思い浮かべる人も多いかもしれませんね。『源氏物語』の場合、物の怪が登場するパターンはだいたいきまっていて、恋愛の挫折とか病気や死や出産の場面で現...
まぐまぐ日記

まぐまぐ日記・2011年……(5)

10月5日(水)雨  いつものように午前中は小説を書いて、午後から九州産業大学の講義へ。いま書いている小説は、「まぐまぐ」に連載中の『愛についてなお語るべきこと』で、第8章「戦場」まで進んでいる。ホテルの部屋の隅に積み上げられたドリアンが、...
ネコふんじゃった

60)北京空港で聴いたラヴェル

仕事で中国へ行ってきた。フレンドリーで温かな人たち。一週間ほどの滞在を終えて、帰国の途につくときには名残り惜しさをおぼえた。そんな気持ちを汲むかのように、北京空港は発着の飛行機で混雑し、離陸までにはあと二十分ほどかかるというアナウンス。滑走...
まぐまぐ日記

まぐまぐ日記・2011年……(4)

9月25日(日)晴れ  午後から博多駅で大学時代の友人、下條龍二くんに会う。ぼくは九州大学農学部農政経済学科というところを卒業した。二十人の学部学生のなかで大学院へ進学したのは三人。下條くんは、そのうちの一人だった。ぼくが売れない小説や批評...
九産大講義

現代文学として『源氏物語』を読む……第2回 まぼろし

『源氏物語』は最愛の人の死からはじまります。ときの帝は一人の更衣を溺愛している。更衣は身分の低い妃で、寝殿は内裏のなかでも北東の端(淑景舎)にあります。別名桐壷と呼ばれることから、この薄幸の更衣は桐壷更衣、彼女を愛した帝は桐壷帝と呼ばれるこ...
こんな絵

ぼくはこんな絵を掛けている……⑦

どさくさに紛れて、ぼくが描いた絵も一枚紹介しておこう。リビングのピアノの上に掛けてあるこの絵は、おそらくわが家ではいちばん古いもの。結婚したころ、大学院生のぼくは奨学金と塾のアルバイトで細々と暮らしていた。一方、看護師をしていた奥さんは、ぼ...
こんな絵

ぼくはこんな絵を掛けている……⑥

前回ご紹介したアボリジニの青年の版画を、3枚並べて額装してみた。小さな絵も、こんなふうに何枚かまとめて額に入れると、それなりにインパクトのある作品になる。組み合わせや配列を考えたり、額縁を選んだりするのは、アレンジャーやプロデューサーと同じ...
九産大講義

現代文学として『源氏物語』を読む……第1回

後期の授業では皆さんと一緒に『源氏物語』を読んでみようと思います。なぜ『源氏物語』を取り上げるかというと、まず面白いからです。なにしろ不義密通と近親相姦の話ですからね。面白くないはずがない。そこに物の怪や怪異現象が加わります。  毎年、後期...
まぐまぐ日記

まぐまぐ日記・2011年……(3)

9月7日(水)晴れ  9月に入って一週間。夏休み気分を脱するべく、少しずつ小説を再開している。いま書いているのは、この「まぐまぐ」に連載中の『愛についてなお語るべきこと』だ。全12章で一年間の連載予定である。じつは、半分くらいはすでに出来上...
こんな絵

ぼくはこんな絵を掛けている……⑤

10年ほど前にオーストラリアのケアンズに行ったときに買った版画。いわゆるアボリジナル・アート。街を散歩しているときに小さなギャラリー兼アトリエみたいなところがあり、入ってみると先住民(アボリジニ)の内気そうな若者がいた。客はぼく一人。作品を...
まぐまぐ日記

まぐまぐ日記・2011年……(2)

8月28日(日)晴れ  午後から剣道6段の審査を見に行く。ぼくは去年、ようやく5段に昇段することができた。4年後からは、6段への挑戦がはじまる。それで審査がどんなものか、様子を見に行ったのだ。ぼくが剣道をはじめたのは35のとき。息子たち二人...
ネコふんじゃった

59)エイモス・ギャレットのギターにしびれる

マリア・マルダーが夫であったジェフ・マルダーとのコンビを解消し、ソロとなっての第一作。レニー・ワロンカーとジョー・ボイドという敏腕プロデューサーのもと、集められたミュージシャンの顔ぶれがすごい。ジム・ケルトナー、クリス・パーカー、マーク・ジ...
まぐまぐ日記

まぐまぐ日記・2011年……(1)

8月25日(木)曇り・晴れ  講演原稿「『出発』としての死」に手を入れる。これは十一月に、九州大学付属病院の癌患者さんたちの前でお話する予定のもの。へヴィだ~。なんとなく引き受けてしまったけれど、何を話せばいいだろう。とりあえず日本人の死生...
こんな絵

ぼくはこんな絵を掛けている……④

前回はパリのデパートで絵を買ったなんて、柄にもなく高級そうなことを書いたけれど、いつもそんなことをやっているわけじゃなくて、あのときが最初で最後。何事も無理はいけません。というわけで、今日はぐっとカジュアルにナフコで絵を買った話をしよう。 ...