まぐまぐ日記・2012年……(11)

まぐまぐ日記
この記事は約5分で読めます。

3月12日(月)晴れ

 今日は寒い。「永遠」をつづける。午前中、気功。午後は歯科で、前回につづき歯垢を取ってもらう。今回はこれで終了。そのまま両親のマンションへ寄り、父に少しマッサージをほどこしてから、施設へ送っていく。夕方まで仕事をつづける。今日も剣道は休み。

3月13日(火)晴れ

 「永遠」をつづける。ミラン・クンデラの『出会い』を読みはじめる。とても面白い。クンデラは小説よりも評論の方が面白い。小説として面白いのは、『冗談』『存在の耐えられない軽さ』『不滅』くらい。それにたいして評論は『小説の精神』『裏切られた遺言』『カーテン』と、みんな面白い。今回の評論集も、ベーコンを論じた文章など、さすがである。

 夕方、散歩。夜はルノワールの『河』を観る。インドに暮すイギリス人一家、思春期の少女たちを主人公とした話、たいした事件も起こらない映画が、どうしてこんなに観る者を魅了するのだろう。悠久の時間を流れる大河のように、ゆったりとしたテンポで人々の営み、人間の生と死が描かれていく。芸術的な映画とは、こういう作品をいうんだよな、と納得させられる。ルノワールはこれまでに観た『大いなる幻影』『ゲームの規則』『河』と、どれも素晴らしい。フェリーニやヴィスコンティとともに、「大家」と呼ぶにふさわしい監督である。

3月14日(水)晴れ

 春めいた天気。「永遠」をつづける。午後、ブックオフでCDを売る。紙袋に二つで七千円。ここはCDをわりと真っ当な値段で買い取ってくれる。本はできるだけ人にあげることにしている。駐車場に車を置いて、郊外の野山を少し散歩。梅園があって、花がきれいだった。

 小説の参考文献として村上龍『ヒュウガ・ウイルス』とリチャード・ローズ『死の病原体プリオン』を読む。両方ともブックオフで105円で買ってきた。蓮実重彦『映画への不実なる誘い』を読み終える。この人の本は昔から苦手だが、これは面白かった。他の映画関係の本も読んでみよう。

3月15日(木)晴れ

 「永遠」をつづける。午後、近所の床屋へ行く。待合室の書棚に『レコード・コレクターズ』のサム・クック特集号が置いてあったので、髪を切ってもらいながら話を振ると、床屋の若旦那はなんとサム・クックの生家まで訪れたという、ディープなブルース&ソウル・ファンだった。メンフィスやニューオリンズにも行ったという。これまで五年以上も通っているのに、そんな話は全然したことがなかった。

 いちばん好きなシンガーをたずねると、クライド・マクファターという答えが返ってきた。むむ……ベン・E・キングの前のドリフターズのリード・ヴォーカリストである。かなりの通であることがわかる。もっといろんな話をしたかったが、他のお客さんが来たので、適当なところで切り上げる。

 小説の参考文献として朱戸アオの『FinalPhase』を読む。村上龍の小説より参考になった。夜は『真昼の決闘』を観る。ゲーリー・クーパーとグレイス・ケリー。町の人たちは誰も保安官を助けようとしない。孤立無援のクーパー。新妻のケリーは愛想を尽かして町を去ろうとする。それまでのジョン・フォードなどが撮ってきた西部劇とは、明らかにテイストが違う。西部劇の黄昏を感じさせる映画。

3月16日(金)曇り・雨

 「永遠」をつづける。先が見えてきた。昼のニュースで吉本隆明の訃報に接する。いつかこの日が来ることはわかっていたし、ここ数年は新刊もほとんど読んでいなかったが、この寂しさはなんだろう。やっぱりどこかで、吉本さんが生きていることを意識していたんだろうな。

 午後、近くのジャスコのスターバックスで福岡ウォーカーの秋吉さんと会う。三年つづけて連載のお世話になっている編集者である。四月から東京へ異動になったという。急な話で本人も戸惑っていた。連載はあと二回で終了ということになった。

 夜は久しぶりの剣道。帰ってから、糸井重里が編集した吉本さんの講演CDを聞く。吉本さんとは一度だけ、タクシーに同乗したことがある。講演で福岡に来られたときだ。1990年だったと思う。吉本さんが生涯にわたって論じつづけた親鸞の思想の中心に、往相と還相という考え方がある。往ってしまった吉本さんが、どういうかたちでこの世界に還ってくるか。ぼくたちの大きな課題でもある。

3月17日(土)曇り・晴れ

 「永遠」をつづける。食堂のオーディオを修理に出しているので、最近、朝はラジオを聴いている。ピーター・バラカンさんの番組で、「民主主義の国では政治家のことを絶対に先生なんて言わない」という話が出た。なるほど。言ってる方も馬鹿だが、言わせておく方も馬鹿だ。ぼくもときどき言われるので気をつけよう。

 午後は父を施設に迎えに行ってから、そのまま剣道へ。夕方、吉本さんの本を年代順に整理する。二百冊くらいあった。1977年くらいから買っている。もう35年、吉本さんの本を読みつづけているんだな。ぼくがいちばん影響を受けた思想家であることは間違いない。そんな人は、きっと日本中に数知れずいることだろう。

 夜はワインを飲みながら、BSで熊井啓の『黒部の太陽』を観る。とてもよかった。寡黙な男たちの意地と悲しみ。戦争に負けた日本人が、ダムを造ることに託した思いが伝わってくる。そういう日本人が、たくさんいたのだと思う。ソニーの創業者たちも、そういう人たちだったんじゃないかな。

 吉本隆明の仕事も、戦争に打ちのめされた世代の敗者復活戦という面をもっている。再び敗者になってしまったぼくたちも、それぞれの持ち場で意地を見せたいものだ。「ここに日本人がいるぞ」と声を上げたい。

3月18日(日)雨・曇り

 「永遠」。一応、最後まで書く。数日前より奥さんの調子が悪く、今日は一日寝ている。午後、両親のマンションで父にマッサージをしてから、帰りにスーパーで買い物をする。久しぶりに食事の支度をする。奥さんが働いていたときは、日常的に家事をしていたので、普通の主婦並みのことはなんでもできる。でも料理って、しばらくしないと勘が鈍るみたいで、同じものを作っても段取りが悪い。これからは心がけて作ることにしよう。