まぐまぐ日記・2011年……(7)

まぐまぐ日記
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10月18日(火)晴れ

 夜、大学時代の友人と呉服町のイタリアンで会食。福岡市役所に勤務の木村君は、ぼくの家から歩いて五分くらいのところに住んでいるにもかかわらず、普段はなかなか一緒に呑む機会がない。今日は佐賀の鹿島から、共通の友だちである井出君を迎えての宴会。ぼくたちは三人とも農学部農政経済学科の出身。実家が農家である井出君は、自分でも農業をしながら農協に務めている。そこの婦人部が、ぼくに話に来てほしいということで、その打ち合わせを兼ねて会うことになった。講演料のかわりに、新鮮な野菜をたくさんくれるというので引き受ける。

 帰りの地下鉄で、木村君と映画の話。彼はぼくのまわりでは珍しい映画好きだ。映画音楽のレコードやCDもかなり集めている。ぼくみたいにすぐに知ったかぶりをしないが、その知識はなかなかのものだ。いまでも新旧の映画を劇場で観つづけているところがえらい。最近はもっぱらDVDだよと言ったら、「映画は劇場で観るものです」と冷静に諭された。そうなんだけど……。

10月19日(水)晴れ

 午後は大学の講義。今日は森鷗外について喋る。鷗外の生涯は、軍医としての公の生活と、文学者としてのプライベートな生活から成っていた。この二つの生活を、彼は死ぬまで両立させた。文学の仕事は常に「余業」として、一歩引いたところで営まれた観があるが、それでも翻訳や評論にはじまり、小説、詩、史伝と、非常に多岐にわたる。そのどれもが一級品と言えるものばかりだからすごい。ぼくが好きなのは『ヰタ・セクスアリス』と『雁』だが、文学作品としてすぐれているのは『渋江抽斎』や『伊藤蘭軒』などの史伝かもしれない。「余は石見人森林太郎として死せんと欲す」という有名な遺書は、やはり読むたびに感銘を受ける。

 内山節の『戦争という仕事』(信濃毎日新聞社)はとても示唆的な良い本だ。メモをとりながら、ゆっくり読んでいる。近著のなかで内山さんは、「私は原発を必要なものだと考えるような生き方を、したくないのである」と述べている。まったく同感である。戦争についても同じことを言うべきだろう。戦争は必要悪かどうかといったレベルでの議論には加わりたくない。ぼくは戦争を必要なものだと考えるような生き方をしたくないのである。世界中の若者は、未確認飛行物体となって兵役を逃れるべきだ。

10月20日(木)晴れ

 午後からホンダに車を持っていく。半年に一度の定期検査。ぼくが免許をとったのは約6年前、46歳のときだ。友人の紹介でホンダの教習所に通い、はじめて買った車がアコードだった。いまもそれに乗っている。とても調子がいいし、車にはそれほど興味がないので、廃車にするまで乗りつづけようと思っている。オイルを交換してもらうと、走行が見違えて静かでスムースになるのがわかる。CCRのライブを聴きながら快適なドライブ。

 『戦争という仕事』を読んでしまったので、引きつづき『清浄なる精神』(信濃毎日新聞社)を読みはじめる。こちらも良い。内山さんの本は、ぼくたちが忘れかけている大切なことに気づかせてくれる。『森にかよう道』『怯えの時代』『自然の奥の神々』など、まだ読んでいないものをBK1に注文する。

10月21日(金)雨・曇り

 11月13日に予定されている、九州大学病院での講演原稿を書く。夏休みに一度書いたのだが、人前で喋るには難し過ぎると思い、書き直すことにした。講演のタイトルは「『出発』としての死」。だいたいテーマが難し過ぎるのだ。主催は九大の癌センターなので、聴衆は主に癌患者だろう。そんな人たちの胸に届くような話ができるだろうか?

 武満徹『音楽を呼びさますもの』、内山節『清浄なる精神』を読む。夜は剣道。

10月22日(土)曇り

 肌寒い。講演原稿を書く。午後、剣道。白石君の本の解説を講談社に送る。アマゾンに注文しておいたCDが、いまごろになって何枚か届く。ずいぶん前に予約しておいたので忘れていた。一枚はワーグナーの『パルシファル』でズヴェーデン指揮、オランダ放送フィル&合唱団。SACDなので素晴らしく音がいい。ワーグナーの歌劇はほとんど通して聴いたことがないけれど、これはBGMとしても心地よく聴ける。あと二枚、キング・クリムゾンの『暗黒の世界』と『ディシプリン』である。いずれもDVDオーディオ、5・1サラウンドのすさまじい音だ。これでクリムゾンは『宮殿』から『ディシプリン』まで、初期の8枚のうち7枚(『太陽と戦慄』は未発売)がDVDオーディオで揃ったことになる。さあ、気合いを入れて聴くぞ!

 それにしてもワーグナーはSACD4枚組にDVDが付いて1234円。安い! というより、どうなっているんだろう。クリムゾンも一枚1700円くらいで、こちらもかなり安い。国内盤は4725円。誰が買うんだろう。TPPには反対だけれど、自由化の恩恵を被っているのは事実なので、なんだか複雑な心境……。

10月23日(日)曇り

 昼、公民館のバザーにうどんを食べにいく。この公民館では家内がお花を習っているのだ。夜はヒッチコックの『三十九夜』を観る。イギリス時代の作品としては、やはり『バルカン特急』が最高だろう。でも、これもなかなかいい。1935年というから、ヒッチコックとしてはごく初期の作品であるが、すでに彼のスタイルが随所に見られる。

 いま読んでいる『旅する漱石先生』(牧村健一郎・小学館)は面白い。漱石の生涯の足跡をたどったエッセー。仕事というよりも、趣味や道楽のノリで楽しみながら書いていることが伝わってきて好感がもてる。著者は朝日新聞の記者というだけあって、取材は海外(中国、イタリア、イギリスなど)も含めて手慣れたものだ。

 漱石ファンを自認する人たちの書いた本には、漱石への敬愛がにじみ出ていて、読んでいるこちらの気持まで温かくなるような良書が多い。近年読んだものでは、秋山豊『漱石という生き方』(トランスビュー)と小山文雄『漱石先生からの手紙』(岩波書店)が印象に残っている。秋山さんは岩波で漱石全集の編集にあたった方、小山さんは高校の先生らしい。牧村さんも含めて、いずれも漱石を専門に研究している学者ではない。そんな人たちが、漱石について心のこもった本を書く。漱石が国民的作家でありつづけている所以だろう。