まぐまぐ日記・2011年……(16)

まぐまぐ日記
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12月7日(水)曇り・雨

 午前中は小説を書き、午後は九産大にて講義。今日は小林多喜二を中心にプロレタリア文学について話す。いまの学生たちは、マルクス主義についてどのくらい理解があるのだろう? 昭和の初期、日本の文学者たちにとってマルクス主義は一大信仰であった。この信仰の洗礼を受けなかった者はいないと言っていいくらいだ。それだけに一過性で、ほとんど後世に影響を残さなかったとも言える。いい作品も少ない。現在でも読むに耐えるのは、小林多喜二の『蟹工船』の他には、中野重治の幾つかの作品くらいではないか。

12月8日(木)雨・曇り

 『愛についてなお語るべきこと』、第八章の改稿に苦労している。ここは「戦場」という章で、人間はなぜ戦争をするのか、というテーマをめぐって議論がかわされる。こうした大きなテーマを小説のなかで扱うのはとても難しい。下手に書くと、読み物としての感興を殺ぐことになってしまう。ドストエフスキーのようにはいかない。作品のサイズも違う。たんに長さいというだけでなく、向こうは作品の構えが巨大なのだ。ああいうものは現代ではなかなか書けない。まあ、自分なりにやるしかないだろう。全体の一つの山場なので、じっくり時間をかけて書こうと思っている。

12月9日(金)曇り

 冬型の天気で寒くなった。「戦場」をつづける。あいかわらず苦戦している。夜は剣道。『エドガー・ソーテル』を読み進むが、これはちょっと期待外れか?

12月10日(土)曇り

 寒い。「戦場」を書き進む。というか、あまり進まない。戦争と平和をめぐる陳腐な議論にはしたくない。作者の力量と思想性が問われるところだ。こういうところで小説家は危険をおかして、もっと勝負しなければだめだと思う。さかしらなものを書いても、メッキは最初から剥げているのだ。地金を鍛えるしかないだろう。

 午後は外泊する父を施設に迎えに行き、そのまま剣道へ。夜はジョン・フォードの『わが谷は緑なりき』を観る。公開は1941年。このころのアメリカ映画は、どれを観ても面白い。キャプラの全盛期も1930年代だ。映画にとって、ハリウッドにとって、いちばん幸せな時代だろう。

12月12日(月)曇り

 午前中、気功。終わってから、近くのお鮨屋さんで恒例の忘年会。ぼくがこの気功教室に通いはじめて丸7年が過ぎた。そのあいだずっと男子はぼく一人だった。この秋、おじさんが三人入り、男性会員はぼくを入れて一挙に四人になった。お鮨を食べ、ビールもちょっと飲みながら、十五人ほどの会員が一人ずつ一年を振り返る。

 ぼくにとって、この一年は福島の原発事故に尽きる。日本がこれだけでたらめな国で、日本人が国民として自己保身しか考えられないことは、薄々感じてはいたけれどやっぱりショックだった。一人ひとりはそれなりにまともなのだろうが、組織を代表すると「人間失格」と言いたくなるような常識はずれの言動を繰り返し、醜悪の極みである。文学の力なんて微々たるものだけれど、来年はだらしない日本と日本人にたいして、一矢報いたいものだと思う。

12月13日(火)晴れ

 ぼくが解説を書かせてもらった、白石一文さんの『この胸に深々と突き刺さる矢を抜け』(講談社文庫)の見本を送ってくる。かなり気合のはいった作品なので、ぼくの解説も力が入っている。読んで楽しむ本というよりは、「ともに考える本」と言うべきだろう。本来、文学とはそのようなものではないだろうか。ドストエフスキーの『罪と罰』を読むことは、ラスコーリニコフと「ともに考える」ことでもあるだろう。そこに文学作品を読むことの真の感興がある。ただ面白可笑しいというだけでは、面白くも可笑しくもない。

 その点で、期待して読んだ『エドガー・ソーテル物語』は物足りなかった。スティーブン・キングが絶賛しているらしいが、ぼくはキングの作品を面白いと思ったことがない。どれも幼稚に感じてしまうのだ。『エドガー・ソーテル』も同様である。作者の思想性はどこにあるのか。いったい誰に向かって、何を伝えようとしているのか。

 夜はDVDで『ザッツ・エンタテインメント』を観る。素晴らしい! MGMミュージカルの名場面を集め、あいだにシナトラなどのコメントを挟みながら編集しただけだが、素材がいいから充分に面白いのだ。30年代から50年代までのMGMミュージカルがいかに楽しく、ゴージャスで、才能のある芸人に恵まれていたかがわかる。お客も入ったのだろう、製作費もたっぷりかけている。アステアのエレガンス、ジーン・ケリーの躍動感……洗練された名人芸の連続にお腹がいっぱいである。なかでもいちばん感動したのは、クラーク・ゲーブルがタップを踊るシーンだ。こんなにタップが上手いとは! びっくり仰天。ほんの数分の短いシーンだけれど、絶品である。

 ぼくはとくにミュージカル映画のファンというわけではない。普段は積極的に観ようという気は起こらない。そんな不届き者には、これで充分だ。『パート3』まであるそうだから、いずれ全部揃えよう。