いちばん好きな楽器はピアノ。だからクラシックとジャズを問わず、ピアニストたちのCDはたくさん持っている。なかでもグレン・グールドのバッハは特別だ。どんなふうに特別かというと……。
本を出版するまでの行程の一つに、校正という作業がある。ぼくの場合、これにずいぶん時間をかける。何度もゲラを出してもらって、その都度手を入れながら、一年近くかかってしまうこともある。初稿の完成度が低い、ということでもある。
すでに書き上げた原稿を直していくわけだから、あまり新鮮味はない。うまく書けていないところは、難しい場面でもある。なんとかクリアするには、集中力と粘り強さが必要だ。時間をかけて、毎日少しずつ進める。
ちょっと億劫でもある作業のあいだ、グールドのバッハを小さな音で流していることが多い。不思議と気持ちが落ち着き、仕事に没入できる。彼の演奏は有機的で、とこを切っても血が流れている感じがする。さらに粒の揃ったタッチと、切れのよいリズムによって、清潔で心地よい躍動感が生まれる。
ぼく自身は『平均律』にいちばん愛着をおぼえるけれど、はじめての方はこの一枚から。バッハの組曲、曲集のなかから、比較的易しい曲を集めてある。題してリトル・バッハ。うまい企画とタイトルだ。ゼンオンの楽譜だと、星二つくらいで弾ける曲がほとんど。ガボットやジークなどの小品も、下手なりに充分バッハしている気分になれる。挑戦してみられるのも一興かと。(2006年5月)
5 グールドの演奏する小さなバッハ
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