レコードのある風景……④

レコードのある風景
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④『フリーホイーリン』

 中学二年生からロックを聴きはじめたぼくは、一年後の秋には、いっぱしのロック少年になっていた。ビートルズのアルバムは五枚くらい手に入れたし、ローリング・ストーンズは二枚組のベスト盤を買ったので、ヒット曲はだいたい頭に入っている。当時流行っていたハードロックやプログレッシブロックなどは、友だちから借りたレコードをテープに録音したり、ラジオで放送されたのをエアチェックしたりして、ほぼ押さえていた。つぎは誰を集めるか。

 そのころガロというグループの「学生街の喫茶店」という曲がヒットしていた。何度も耳にするうちに、「片隅で聴いていたボブ・ディラン」という歌詞の一節が気になりはじめた。「ボブ・ディラン」という名前は知っていたが、曲は聴いたことがなかった。ビートルズの連中が尊敬しているらしい、という噂は耳にしていた。しかし「フォーク」だということで敬遠していた。筋金入りのロック少年(自称)にとって、「フォーク」はなんとなく軟弱に感じられた。

 一方で、音量を上げるたびに親に叱られるハードロックや、だらだら長いプログレッシブロックに、いささか食傷しつつあったのも事実だ。ここはひとつ、フォークの神様とやらを聴いてみるか。

 というわけで、買いました。『フリーホイーリン』。唯一知っている曲として、「風に吹かれて」が入っていた。その他、全十四曲。一度聴いて後悔した。なんて地味なんだ。「コリーナ・コリーナ」という呑気な一曲を除き、ディランが一人でギターを弾きながらうたっている。間奏はハーモニカだけ。なんか損をした感じ。ビートルズは四人の演奏に、オーケストラまで入っていたのに……。

 そのころ一ヵ月のこずかいは二千円で、レコード一枚が二千円。来月までは、この禅画みたいなレコードでがまんするしかない。仕方なく何度も聴くうちに、少しずつ良さがわかるようになった。いちばん好きな曲は「くよくよするなよ」。アレンジとうたい方によっては、いくらでも甘くできる作品を、あのしわがれ声で、ぶっきらぼうにうたっているのがいい。他にも「北国の少女」や「はげしい雨が降る」など、初期の代表曲がたくさん入っている。

 雪のグリニッチ・ヴィレッジをディランと腕を組んで歩くのは、当時恋人であったスージー・ロトロ。このジャケットには憧れましたねえ。寒そうに肩をすくめているディランは照れ臭かったのだろうか。それともたんに薄着だっただけなのか。(2011年10月号)