⑫ザ・スタイル・カウンシル『カフェ・ブリュ』

レコードのある風景
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 ぼくが福岡へやって来たのは一九七七年、大学へ入学した年だった。市街電車はまだ走っていた。地下鉄の工事中で、貝塚から天神へ向かう道は混雑がひどかった。

 学生時代を思い返し、いちばん愛着のある街は、やはり親不幸通りのあたりだ。当時の親不幸通りはまだ長閑なもので、舞鶴公園の周囲は本当に郊外といった感じだった。公園の近くに「ビッグ・ピンク」というレコード屋があり、高校生のころからザ・バンドが好きだったぼくは、すぐに馴染みになった。そのレコード屋ではカット・アウトの輸入盤などをたくさん買った。また通りには面白い喫茶店も何軒かあったので、そんな店でコーヒーを飲みながら、買ったばかりのレコードを眺めるのが最大の楽しみだった。

 八〇年代になると、西通りが主なテリトリーになった。そのころの西通りは、落ち着いた大人の街という雰囲気だった。大学院に籍を置いて小説を書きはじめたころだ。中洲の塾でアルバイトをしていたので、毎日のように天神に出かけては、紀伊国屋で本を買ったり、ビブレの地下で中古レコードを買ったりしていた。そして西通りのカフェでコーヒーを飲みながら本を読むのが日課だった。いつもノートを持ち歩いて、小説のアイデアなどを書きとめていた。結婚して子どもも生まれたのに、先の見通しはまったく立たない、なんとなく気の重い日々でもあった。

 いまのぼくには「街」という観念はなくなってしまった。福岡という都市が、ぼくが街歩きをしていたころとはかなり変わってしまったし、いまは本もCDも、ほとんどインターネットで買うことが多い。街はヴァーチャルなものになったと言えるかもしれない。でも大名あたりを歩いてみると、ぼくが学生のころ親しんだ街の雰囲気がかすかに残っていて、懐かしくなることもある。

 ザ・スタイル・カウンシルの『カフェ・ブリュ』は、まさに「街」を感じさせるアルバムだ。何よりジャケットが街そのものではないか。パリあたりのオープンカフェだろうか。青のモノトーンが洒落ている。右側、白いトレンチ・コートにジーンズのポール・ウェラーは、颯爽としていてかっこいい。フォーカスの甘い写真には躍動感がある。ジャムをやめたウェラーが、キーボードのミック・タルボットと結成したグループ。ジャズやソウルなど、自分たちの好きな音楽を自由に演奏する、というのがアルバムのコンセプト。聴いているうちに、カジュアルな服で街に出かけたくなる。(2012年6月)