⑪アート・ペッパー『ミート・ザ・リズム・セクション』

レコードのある風景
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 いまの若い人たちは、どんなふうにしてジャズを聴きはじめるのだろう。きっとぼくたちのころとくらべて、ずっと自由に、いろんな切り口から新旧のジャズを聴いているのだろうと想像される。

 ぼくがジャズを聴きはじめたのは七十年代半ば、そのころはもっとペダンチックというか、偉い評論家の先生たちが、いわゆる「ジャズの名盤」とされるものを選んで、「まずこれらを聴きなさい」と指南してくれたものである。仮に入門者用にモダン・ジャズのアルバムを五十枚なり百枚なり選ぶとすれば、このアルバムなどは必ず上位にランクされるはずだ。名盤中の名盤とされる作品だが、では、どこが名盤なのだろう?

 アート・ペッパーについては、白人最高のアルト奏者という評価が定着している。麻薬による長いブランクを経て七十年代半ばに復帰、八十二年に亡くなるまで、良質のアルバムを数多く残している。でも最盛期は、やはり五十年代だろう。とはいえ、このアルバムのレコーディング、アルトを吹くのは一年ぶりだったという。しかも当日は寝坊して、リハーサルの時間がなかったため、みんなが知っているスタンダード中心の演奏になった、という逸話が残っている。かなりいい加減な人だったのだ。それなのに、これだけ完璧な演奏をやってのけるのだから、やはり当時の彼は即興演奏家として傑出していたということだろう。

 タイトルにもなっている「リズム・セクション」とは、ドラムとベース、それにピアノのこと。ここではフィリー・ジョー・ジョーンズ、ポール・チェンバース、レッド・ガーランドの三人が受け持つ。このアルバムが録音された当時は、マイルス・デイヴィスのバンドのリズム・セクションだった。本来は一般名詞であるリズム・セクションに、「ザ」という定冠詞をつけて、彼らが当代きってのリズム・セクションであることをさりげなく示す。そこがカッコいい。

 一曲目から絶好調のペッパーが飛び出す。ロイ・デュナンによるナチュラルでクリアな録音は、彼が吹くアルトの明るくまろやかな音色に似合っている。以後、最後の曲まで快調な演奏がつづき、なるほど「名盤」であると納得させられる。ニューヨークを代表するリズム・セクションと、ウェスト・コーストを代表する即興演奏家、エンジニアとの出会い。東の音と西の音、はっきりした個性をもっていた、五十年代のジャズだからこそ成立した企画であると言える。(2012年5月)