藤井茜がハンバーガーを睨んでいるあいだに、高椋魁はスマートフォンを取り出して素早く操作した。
「いまネットで調べてみたけど、この店のビーフパティにはちゃんとニュージーランド産とオーストラリア産の牛肉が使ってある。ちなみにポークはアメリカ産」
彼は満足げな手つきでスマートフォンをしまった。テーブルの向こうからは藤井茜が怖い顔で見ている。
「なぜそういうデリカシーのかけらもないようなことを言うのかな」
「なんだっけ?」
「きみって、かなり話がかみ合わないところがあるよね」
「よく言われる」と高椋魁は言った。
「だろうね。ところでさっきからなにやってんの?」
「ハンバーガーを食べる」
「それはわかるけど、やり方、間違ってない?」
彼の皿の上では、バンズと肉と玉ねぎやトマトなどの野菜がきれいに分解されて、ハンバーガーは組み立て前の状態になっている。
「ひとつ提案していいかしら。きみの場合、最初からハンバーグ・ランチを頼むべきかも」
「LGBTQって知ってる?」
「知ってるけど、関係ある?」
「たぶんない」
高椋魁はおもむろにナイフとフォークを使って分解されたハンバーガーを食べはじめた。
「いつもそうするの?」
「ルーチンだから」
「面倒じゃない?」
「かなり面倒」
「でもルーチンなのね」
藤井茜は珍しい動物の生態でも観察するように慎重に様子をうかがっている。やがて高椋魁は分解されたハンバーガーをきれいに食べ終えた。ピクルスは嫌いなのか、皿の端に寄せられている。
「チャーハンとかどうするの」
「たぶん問題ない」
「ギョーザは?」
「分解」
藤井茜は小さなため息をついてグラスの水を飲んだ。
「それ、食べないの?」今度は高椋魁がたずねた。
藤井茜は食べかけのハンバーガーを皿ごと押しやり、「食べていいよ」と言った。高椋魁はフランス料理のコースで最後のデセールにでもとりかかるように、再びナイフとフォークを手にしてハンバーガーの解体をはじめた。
「きみってちょっと定型的じゃないとこがあるよね」藤井茜は遠慮のない目で相手を見て言った。「何か生きる上での困難とか抱えてないわけ?」
「いろいろとある」
「たとえば?」
「一言では説明できない」と彼は言った。「藤井さん、これからどうするの」
「うちに帰る」彼女は当然のように言った。
「うちって自宅? どこに住んでるの」
「どういう意味?」ちょっと警戒するようにたずねた。
「ぼくのアパートはここから五分ほどだけど」
「だから?」
「遊びに来ない?」
「なによ、それ」藤井茜は油断ならないという目で相手を見た。
高椋魁は氷が解けて薄くなったコーラを悠然と飲んだ。
「大丈夫。ヘンなこととかしないから」
「誰もそんな心配してないし」
「ぼくは二次元女子にしか興味がない人だから」
「ますますわけがわかんない」
「アニメキャラとか」彼はわかりにくい説明をはじめた。「エロ画像もあるでよ。でも三次元になると興味が失せちゃう」
「病気だね、それは」
「自分でもそう思う」
二人は店に入ったときよりもひときわ疎遠な関係となって店を出た。
「ひとつ忠告しとくけど」別れ際、藤井茜は冷ややかに言った。「これから女子を誘うときには、あまり自分をあからさまにしはいほうがいいよ」
「ぼくが誘ったわけじゃない」高椋魁は下を向いて呟いた。
「家は南区の大橋ってとこ。大学前駅からJRで竹下まで行って、那珂川を渡って帰る。乗り継ぎがうまくいけば一時間くらい。じゃあね」
蒼い狼と薄紅色の鹿(6)
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