まぐまぐ日記・2012年……(5)

まぐまぐ日記
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1月30日(月)晴れ

 今日は暖かくていい天気。午前中、気功。風邪はほぼ回復したようだ。気功の考え方では、風邪は季節の変わり目に身体の調律をするために引くものとされる。だから上手に風邪を引いて、短期間に経過させることが好ましい。間違っても風邪薬などは飲むべきではない。

 ぼくは肝臓が悪いこともあり、もう20年以上、風邪を引いても薬を飲んだことがない。普段は一日一グラム摂っているヴィタミンCの原沫を、いつもより多めに服用するくらいである。とにかく無理をしない。できるだけ早く寝て身体を休める。この方針で、今回も首尾よく経過させることができた。

 小説とヴェイユのノートを少しずつ進める。夜は剣道。病み上がりなので、激しい稽古はせずに、新入部員たちの指導をする。

1月31日(火)晴れ

 午前中、小説を進める。主人公たちの会話を、時間をかけて書いている。ヴェイユが取り上げていた、ソフォクレスの『アンティゴネ』が参考になった。

 午後から北九州の「かんぽの宿」へ。今月はぼくも家内も誕生月なので、宿泊料を割引してくれるらしい。それにつられて出かけたのだ。幹線道路は避けて、車の少ない海沿いの道を行く。途中で海岸に下りてみると、波打ち際できらめく太陽の光が、すっかり春めいている。天気に恵まれて気持ちのいいドライブだった。午後5時過ぎに宿へ到着。さっそく温泉に入る。海に近いせいか、ここのお湯は舐めるとわずかに塩辛い。玄界灘に沈んでいく夕陽を眺めながらゆっくり温まる。夕食はふぐのコースだ!

2月1日(水)曇り

 朝起きると、昨日までとは打って変わって海が荒れている。眼下の岩で波が砕けている。遠くつづく砂浜にも、白波が打ち寄せている。ここは本当にロケーションが素晴らしい。

 朝食を済ませてから、若戸大橋を渡って小倉へ入り北九州美術館へ。念願の熊谷守一展を見る。地方都市の小さな美術館で開催された個展だが、内容は非常に充実していた。画集で見覚えのある代表作は、ほとんど見ることができた。

 彼の作品で、まず目を引きつけられるのは輪郭線の美しさだ。細い筆を使って引かれた赤い線には、どこにも滞りがない。一筆書きに近い息の長いタッチだ。形を探るような線は見られない。とらえた対象を単純な線で一息に描いている。このあたりは画集ではなかなかわからないところだ。晩年になると、赤鉛筆で引いた輪郭線をわざと塗り残している。これも画集では、金色で輪郭線を引いているように見える。

 形態は極限にまで単純化されている。色彩は平面的に処理されている。たとえば花の形は同心円で表現される。その上に、一方向に塗られた絵具が、濃淡のない色面を作り出している。それだけなのだ。にもかかわらず、花は花に見える。立体的な花の柔らかさが感じられる。有名な猫の絵にしても、毛の柔らかさや、毛の下の筋肉まで感じさせる。デッサンが的確なのだろうが、それにしても不思議だ。

 守一に関連した文献としては、晩年のインタビューをまとめた『へたも絵のうち』(平凡社ライブラリー)が面白い。画集は幾つか出ているが、守一自身の言葉を添えた『ひとりたのしむ』(求龍堂)がお勧め。大川公一『無欲越え』(求龍堂)も守一の評伝として面白い。

 道の駅で買い物などしながら三時過ぎに帰宅。一休みして、夜は剣道へ。

2月2日(木)雪

 とても寒い。小説を書きながら、こんなことを考える。『ものすごくうるさくて、ありえないほど近い』のジョナサン・サフラン・フォアもそうだけれど、アメリカからは、かなり力のある若手の作家がコンスタントに出てくる。これは彼らが英語で書いていること、英語圏というマーケットを意識していることが大きいのではないか。このマーケットには、アジア系をはじめとする、英語を母国語としない作家たちもどんどん参入して、マーケットを活性化させている。国内で自足しがちなぼくたちは、よほど高い志をもっていないと、ガラパゴス化というか、どんどん退化してしまうだろう。

 今日は一日、家から出ずに、午後はシモーヌ・ヴェイユ『前キリスト教的直観』の覚書を完成させる。ぼくにとっては久々にビビッと来た本だった。自分と同じようなことを、ヴェイユは信仰の文脈で考えているという気がする。非常に刺激を受けたし、多くのアイデアをもらった。

2月3日(金)くもり

 今日も寒い。第10章、「洪水」と名づけた章は少し前に進む。午後も小説の仕事をつづける。寒いので散歩は控えて、夜は剣道へ。

 帰ってからご飯を食べていると、ベッドに入って本を読んでいた家内が起きてきて、「忘れていた」と言って豆撒きをはじめた。節分になると、なぜかアグレッシブになる。「鬼は外、鬼は外!」と、豆をひっつかんでは戸外へ放擲。そんなに大声を出さなくてもいいのに。放擲されているのが自分のような気がしてきて、「出て行くのはおれ?」とたずねたくなる。

2月4日(土)曇り

 午前中は小説を書く。午後は父を施設へ迎えに行って、そのまま剣道へ。

 夜はダニー・ボイルの『トレイン・スポッティング』を観る。これは次男のリクエスト。このあいだ観た『普通じゃない』が、よほど面白かったらしい。ぼくは5回くらい観ているが、何度観ても面白い。観るたびに、かっこいい映画だなと思う。音楽の使い方もかっこいい。イギー・ポップ、ルー・リード、ブライアン・イーノ、ニュー・オーダー、ブラー……アンダーワールドを知ったのも、この映画だった。『パルプ・フィクション』のサントラとともに、一時期は死ぬほど聴いた。

 アーヴィン・ウェルシュの原作(青山出版社→角川文庫)も面白い。彼はなかなかいい作家で、何冊か翻訳が出ているが、『エクスタシー』(青山出版社)は傑作だ。『トレイン・スポッティング』もそうだが、池田真紀子さんの訳が無茶苦茶に上手い。

2月5日(日)曇り

 午前中、小説を進める。どうして小説では作中人物を設定するのか。たぶん作者を超える力の働きを期待するからだ。登場人物は作者と等価ではない。等価であってはならない。毎日こつこつ書いて、向こうから何かやって来るのを待つのだ。

 昼は三人でうどんを食べに行く。帰りに和白の海岸を散歩。このあたりは子どもたちが小さいころには畑ばかりだった。夏には水遊びに子どもたちを連れてきたものだ。いまはマンションが立ち並んでいて、かつての面影はほとんどない。畑はまだいくらか残っているけれど。最近、海岸が整備されて遊歩道ができている。そこをしばらく歩いた。

 午後、親のマンションへ。父に30分ほどマッサージをする。ベッドにあおむけにして、首、手、足などを、揉むというよりはさする感じ。痛くすると、かえって緊張してしまい逆効果。気持ちよくさすって、リラックスさせるのがポイント。そのあと施設へ送っていく。また一週間後に。

 夜はウッディ・アレンの『重罪と軽罪』を観る。この人の映画ははずれがない。どれを観ても面白い。大したものだ。テレビのディレクター役でミア・ファロウが出ている。中年になっても、あいかわらず美しく、魅力的だ。