まぐまぐ日記・2012年……(3)

まぐまぐ日記
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1月16日(月)曇り

 午前中、気功。午後は次男を迎えに空港へ。夕方まで仕事をして夜は剣道。いくら日記とはいえ、こんなことを書いても面白くないなあ。

 昨日のセンター試験で問題の配布ミス。今朝の『朝日新聞』の見出しは「人生がかかっているのに」となっていた。馬鹿じゃないのか。新聞がそんなことを書くから、親も子どもも「そんなものか」と思ってしまうじゃないか。心ある大人なら、「そんなものに人生はかかっていない」としっかりアナウンスすべきだ。

 カート・ヴォネガットの『スローターハウス5』を再読しているが、やっぱり面白くない。どうもぼくには合わないみたいだ。彼の作品で面白いと思ったのは、『母なる夜』だけである。白石一文さんの『幻影の星』(文藝春秋)が送られてきたので、さっそく読みはじめた。彼の震災後の第一作なので、どんなものを書いているか、とても楽しみだ。

1月17日(火)晴れ

 今日は小説の仕事は休んで、『幻影の星』を読み終える。やっぱり彼の小説は気になるのだ。さっそく感想を書いてブログで公開した。いつも白石さんの小説には刺激を与えられる。読みながら、いろんなことを考えさせてくれる。

 クライムミュージックから大石昌良さんのCDが送られてくる。インディーズからの発売だが、内容がいいのできっと売れるだろう。メジャーが偉いなら、AKB48がいちばんエライということになる。そんな馬鹿なことはありえない。AKBファンに目に物見せるためにも、できるかぎり大石さんを応援しようと思う。

1月18日(水)曇り

 午後から『ものすごくうるさくてありえないほど近い』の試写を観に中洲大洋へ。ちょっと作り過ぎているところもあるが、訴求力のあるいい映画だと思う。母親役のサンドラ・ブロックが好演。『スピード』のイメージが強いが、なかなかの演技派なのだ。父親役のトム・ハンクスも、あいかわらず臭い演技で存在感を示す?

 こういう映画を観ると、映画と小説の違いについてあらためて考えさせられる。2時間という時間のなかで表現を尽くすところが、映画の魅力でもあり、また限界でもある。どうしても小説のような複雑な構成がとれない。この映画も小説にくらべるとずいぶん単純化されており、そこが物足りなくもあった。小説は一つの作品を一週間とか一ヵ月とか、その人のペースで、様々な場所と気分で読める。「一気に読める」というのは、かならずしも小説にとって褒め言葉ではない。

1月19日(木)雨

 午前中は小説を進めて、第九章の「木霊」を書き終える。本当に苦労した。その成果が、少しはあらわれているといいのだが。この小説は、終盤に近づくほど難しくなってくる。普通は逆なのだが。まだ作品の全体像が見えていないということなのだろう。

 午後はホンダに車を修理にもっていく。電子キーが作動しなくなったため。今年の5月で7年目になるアコード。やっぱり5年を超えると、小さな不具合が出てくるようだ。

 修理が終わるまでのあいだ、長谷川宏『初期マルクスを読む』(岩波書店)を読む。こうした解説本は、たいてい面白くないので、あまり期待していなかったが、いい方に予想が外れた。『経済学・哲学草稿』を中心に、マルクスの「疎外」や「類的存在」といった概念について的確に説かれていて、とても参考になる。長谷川訳の『経済学・哲学草稿』も読んでみよう。

 夕方、九産大で受け持っている学生たちのレポートを採点。ほとんどがウィキペディアから引っ張ってきたようなものばかりで、まともに読む気がしない。来年度は、レポートのテーマから自分たちで考えさせるつもり。そうすればテーマを見ただけで、おおまかな判定ができるだろう。

1月21日(土)曇り・晴れ

 今日は大寒。そのわりには暖かい。小説を新しい章へ進めなければならないのだが、例によってなかなか調子が出ない。仕方がないので、これまでのところを読み返す。

 『初期マルクスを読む』を読み終えたので、ノートを取りはじめる。BK1に注文しておいた長谷川訳の『経済学・哲学草稿』(光文社文庫)も届いた。さっそく読んでみる。訳語がこなれていて、驚くほど読みやすい。

 ぼくは卒論でマルクスの疎外論をやったので、城塚登・田中吉六訳『経済学・哲学草稿』(岩波文庫)にはずいぶんお世話になった。圧倒的に読みやすいのは長谷川訳だが、岩波版も捨てがたい。おそらくドイツ語の構文を忠実に反映しているし、こなれの悪い訳語も、これはこれでマルクスの文体にはふさわしい気もする。岩波版も手元に置いて参照することにしよう。

 夜はウッディ・アレンの『世界中がアイ・ラヴ・ユー』を観る。いや~、ミュージカルもお上手ですねえ。ぼくはこの人の映画は、たいてい楽しめる。何を撮っても洗練されていて、臭みがないからだ。ニューヨークの街を、これだけ魅力的に撮る人もいないのではないか。それにしてもジュリア・ローバーツがアレンに惚れるという、現実にはありえないようなことを映画のなかでしゃあしゃあとやってしまうのだから、図々しいというかなんというか。この世に映画監督以上の権力者はいないだろう。

1月22日(日)雨

 シモーヌ・ヴェイユの『前キリスト教的直観』(法政大学出版局)を読みはじめる。ものすごく面白い。現在、ぼくたちがいちばん必要とすることが書いてある。本邦初訳らしい。今後は『重力と恩寵』とともに、彼女の中心的な文献になるだろう。

 夜はゴダールの『小さな兵隊』を観る。『勝手にしやがれ』につづく長編第二作。アンナ・カリーナが初登場。監督の熱烈なラヴコールにこたえての出演。この後、二人は結婚し、そして離婚する。内容的には、『勝手にしやがれ』を模倣しようとしているところに、作品としての弱さを感じる。面白い場面もたくさんあるのだけど。