まぐまぐ日記・2011年……(13)

まぐまぐ日記
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11月23日(水)雨・曇り

 ホテルの部屋でクラッカーとチーズとフルーツの朝食。スコールのような雨が降っているので、午前中はベッドの上で読書。電子辞書を引きながらChatwinの書簡集を読む。この書簡集には8歳のときに両親に宛てたものから、亡くなる直前のものまで、妻や友人や編集者たちに出した手紙が収められている。よくこれだけ保存されていたものだ。また、それを集めたものだ。いろんな人たちの想いが、この本にはこめられている。Chatwinがエイズで亡くなったのは1989年、48歳のとき。まだまだ書きたいことがたくさんあっただろう。

 昼にホテルを出て、市内のCairns Regional Galleryへ。地元のアーティストたちの作品を展示している。アボリニアル・アートはなく、普通の油絵と写真。たいていはカルチャー・センター・レベルのもので、ちょっと期待外れ。フード・コートでタイ料理を食べる。残念ながら、焼きそばも焼き飯も、あまり美味しくない。やっぱりバンコクで食べるようなわけにはいかない。このケアンズという街には、地理的に近いせいか、ベトナムやタイなど、東南アジアの料理を食べさせる店が目につく。

 午後2時半に、バスでパロネラ・ツアーに出発。Paronella Parkはケアンズから南へ約二時間、スペイン人のホゼ・パロネラが生涯を捧げて一人で造り上げた城と庭園だ。完成は1935年。その後、廃墟化していたものを、20年ほど前に、たまたま通りかかったマークとジュディのエヴァンス夫妻が復興した。新たに手を加えることはしていないので、石とセメントの建物は苔生して、熱帯雨林のなかに取り残された遺跡という感じ。木々や草花だけが、いまも新たな生命をつないでいる。

 さらにアサートン高原を走って、つぎの目的地へ向かう。このあたりは酪農地帯で、いたるところで放し飼いにされた牛たちが草を食べている。あちこちでマクドナルドの看板を見かける。手軽にオージービーフが味わえます、ということだろうか。こんなところで育てられた牛の肉を使ったハンバーガーは、日本などで食べるのと違って美味しいかもしれない。

 夕食のあとは、夜の熱帯雨林ツアー。このあたりには白亜紀からの密林が広がっている。まず、青い神秘的な光を放つ土蛍を観に行く。午前中に雨が降ったせいか、土の壁があちこちでボ~ッと光っている。ガイドさんも、今日はたくさん見えると言っていた。この光の正体は、虫の出す発光性の唾液みたいなものらしい。こいつで餌になる虫をおびき寄せて食べてしまうのだ。暗いので、そうした殺戮の現場は見えず何よりである。さすがはオーストラリア、カモノハシをはじめとしてヘンな生き物がたくさんいるものだと感心する。

 さらにCathedral Fig Treeと呼ばれる巨木を求めて密林の奥へ。これは一般的に「締め殺しのイチジク」(Strangler Fig Tree)という物騒な名前で呼ばれている。鳥や小動物の糞に交ざったイチジクの種子が、他の木の上で発芽し、根を伸ばして地面に達したあと、成長しながらその木を締め付けて、最終的に枯らしてしまうことに由来した名前らしい。張り巡らされた根の内側、かつて寄生された木のあった部分が空洞になっていて、それが聖堂のように見えるところから、「聖堂の木」とも呼ばれている。

 夜の熱帯雨林は真っ暗で、頭上の空だけがかすかに明るい。あたりはカエルや虫の鳴き声に覆われ、ときおり遠くから動物たちの声が聞こえてくる。こんなところでアボリジニたちは暮していたのだろうか。枯れた木に発光性のバクテリアがついて、ぼんやりと白く光っている。密林を抜けると満天の星。南半球で星を観るのははじめてだ。北半球では「W」のカシオペアが、見事にひっくり返って「M」になっている。10時半、ホテル着。

11月24日(木)曇り・雨

 今日も朝は雨が降っている。午前9時にホテルからバスでキュランダ・ツアーに出発。「キュランダ」とはアボリジニの言葉で「熱帯雨林にある町」という意味らしい。その名の通り、世界遺産に指定された太古の森のなかにある。それにしても海にはグレート・バリア・リーフ、陸には熱帯雨林と、ケアンズには二つの世界遺産があるのだなあ。

 まず「スカイレール」と呼ばれるケーブルウェイを使って、45分ほどかけてキュランダ村へ。足元に広がる熱帯雨林の美しいこと。いつまで見ていていても飽きない。キュランダでは、まずRainforestation Nature Parkというテーマパークでワラビーやカンガルー、コアラなどの動物を観察。みんなやる気のない顔をしてのんびりしている。やはり猛獣がいないせいだろうか。戦火にさらされた国から見ると、日本人もコアラみたいに見えるかもしれない、などと考える。

 つづいて「アーミーダック」という水陸両用車で熱帯雨林を駆け抜ける。さながら『地獄の黙示録』の世界だ。昼食はオージービーフを中心としたビュッフェ。そのあとキュランダ村を散策。雑貨やペンダント、革製品などを売っている店がたくさんある。アボリジナル・アートのギャラリーも何軒かあるが、値段が高いわりにいいものは少ない。帰りはキュランダ観光鉄道で、2時間くらいかけてのんびりケアンズへ。途中にバロンの滝などの見どころあり。

 夕食はジャックさんをまじえて、ホテル内のM Yogo。ゴールドコーストで数々の賞を受賞した日本人シェフ、余語さんが開いたレストランである。カキ、タスマニア・サーモンなどのシーフードを中心に、どの料理も美味しい。ジャックさんは車なのでビールだけ。いくら飲酒運転はOKといっても、酔っぱらってしまうとまずいらしい。ぼくは白と赤を、それぞれグラスで一杯ずつ。ケアンズ最後の夜、これで思い残すことはない。