レコードのある風景……⑥

レコードのある風景
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⑥『ワン・マン・ドッグ』

 デビュー当時のジェイムズ・テイラーのかっこよさは、現在の彼からはちょっと想像するのが難しい。音楽的にはブランクもなく、常にクオリティの高い作品を発表しつづけている人だが、どこか神経質そうで、孤独な影をまとった初期のたたずまいには、神秘的な雰囲気すら漂っていた。

 この『ワン・マン・ドッグ』はワーナーからの三枚目にあたる。その前に、ビートルズが設立したアップル・レコードからファースト・アルバムが出ている。それから数えると、四枚目ということになる。でも実質的なキャリアは、「ファイアー・アンド・レイン」や「きみの友だち」などのヒット曲が生まれたワーナー時代からと考えていいだろ。

 宣伝用のコピーでは「銀色の声」などと形容された、しっとりとして深みのある声。内省的な歌詞とデリケートなメロディ。独特のフィンガー・ピッキングを駆使したギターは、むちゃくちゃ巧い。ギターといえば、当時、ぼくのもう一人のヒーローだったニール・ヤングが、マーティンをトレードマークのように使っていたのにたいし、JT氏はギブソンを愛用していた。このアルバムに収録された「サムワン」では、ゲストのジョン・マクラフリンが弾くマーティンと、JT氏の奏でるギブソン、二つの代表的なアコースティック・ギターの響きの違いを楽しむことができる。かなりマニアックな聴き方ですが。

 もともとフォークやカントリーを主体とした音作りをしていた彼だが、このころからファンクやソウル、さらにはカリプソなどカリブ海の音楽までを視野に収めた、幅広いアプローチを聴かせるようになる。こうした路線は次作の『ウォーキング・マン』を経て、ジャズやフュージョン系のミュージシャンを起用しながら、徐々にコンテンポラリー化していく後年の作品まで進化継承される。

 ジャケットは愛犬とともにボートの後ろに立っているJT氏のポートレート。心なしか表情はうつろだ。無事に岸へ戻れたのだろうか。裏には自宅のレコーディング・ルームでのセッション風景が。ダニー・コーチマー、リー・スクラー、ラス・カンケル、クレイグ・ダージ。彼の音楽には欠かせないザ・セクションの面々が写っている。この写真にはしびれた。カセット・レコーダーの普及によって、「宅録」などという言葉が、ようやく身近に感じはじめられたころだ。

 プロデュースはアップル時代からのご縁で、ピーター・アッシャーが務める。そのせいだろうか、終盤のメドレーには『アビーロード』からの影響が顕著。(2011年12月)