アフター・コロナ(1)

アフター・コロナ
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 一部の専門家たちにとっての「真理」が、ネットワークを通して世界中に拡散すると、現行のシステムを破壊しかねないほどのものになる。「正しいこと」が瞬時に世界中に拡散することで、ほとんど世界大戦並みの荒廃が引き起こされる。それがいまぼくたちの目にしていることではないだろうか。

 なぜ「真理」や「正しいこと」が破壊的な作用をするのか。それはどんな真理や正しさにも文脈があるからだ。たとえばがんを遺伝子の異常と考えることは、分子レベルで見れば「真理」であり、病気の発症を抑えるために早い段階で取り除くことは、一つの正しい選択ということになるかもしれない。しかしそれはあくまで、がん治療の専門家たちが分子レベルで「がん」という現象を見ることによる「真理」であり「正しさ」である。

 こうした「真理」や「正しさ」を、一切の文脈を抜きにして世界中の人々に推奨するとしよう。誰もがアンジェリーナ・ジョリーのように、がんにかかるリスクを減らすために遺伝子検査を受け、問題のある臓器は予防的に切除したいと言い出したなら、途端に世界はメルトダウンするだろう。現在、新型コロナ・ウイルス対策として行われているのは、これと同じようなことではないだろうか。

 感染症の専門家たちが言っていることは、たしかに一つの医学的な「合理」ではあるかもしれない。しかしどんな合理にも、それを「合理」として成り立たせている文脈がある。アインシュタインの相対性理論は世界中の物理学者が認める真理であるが、ぼくたちの日常の文脈にはそぐわない。車で移動したり、子どもとキャッチボールをしたりといった場面では、時間は変化する事物や動く事物と独立に流れていると考えてなんら支障はない。むしろ目の粗いニュートン物理学のほうが、日常という文脈では適切であるし、そのかぎりで「正しい」と言える。

 現在の新型コロナ・ウイルス対策は、ニュートン物理学で事足りる日常に、一般相対性理論や量子力学の厳密さを持ち込もうとしているようなものではないだろうか。その結果、いたずらに世界を疲弊させることになっている気がしてならない。(2020.5.9)

Photo©小平尚典