片山恭一の文学ノート

片山恭一の文学ノート

小説のために(第十一話)

1 前から気になっている谷川俊太郎の詩に「ぱん」という作品がある。1988年に刊行された『いちねんせい』という詩集に入っている。このとき作者は56~57歳。50代半ばで「いちねんせい」。いいなあ。清々しい気持ちで読んでみよう。ふんわり ふく...
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小説のために(第八話)

5円空仏も木喰仏も、多くの人の手に触られ、つるつるになったり、すり減ったりしているものが多いという。距離を置いて眺めるのではなく、手で触って感触を楽しむ仏像。親しみがあって身近。村人が具合の悪いときに借り出し、枕元に置いてお祈りをしたとか、...
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小説のために(第七話)

4谷川俊太郎の詩はおかしい。なんかヘンだ。どうしてこんなものができちゃったんだろう、と思わせる詩がある。作ったというよりはできちゃった。うっかりこの世に誕生してしまった。まるで詩人と言葉が一夜の過ちを犯したかのような、その副産物としての詩。...
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小説のために(第六話)

3谷川俊太郎の詩を読んで感じるのは、ひとことで言うと「嘘くさくない」ということだ。賢しらさを感じさせないというか、殊更に作りましたという痕跡が希薄である。たしかに作ってはいるのだけれど作為を感じさせない。言葉が自然に生まれているような感じを...
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小説のために(第五話)

1 しばらく前から谷川俊太郎の詩集を、気が向いたときにぱらぱらとめくっている。このエッセーでは「眼差し」について書いてきたが、この詩人の作品にも「視線」や「眼差し」について触れたものが多い。集中的に読んでいるわけではないので、ごく散漫な印象...
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小説のために(第二十五話)

15宮沢賢治が詩や童話で使っている用語や比喩(隠喩)が独特であることは、吉本隆明をはじめとして多くの人が指摘している。水でも川でも石でも雲や風や森や木の芽でも、賢治の言葉を通過することで固いものは柔らかくふくらみ、液状のものや気体状のものに...
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小説のために(第二十四話)

142016年7月に相模原市の障害者施設で起こった殺傷事件をおぼえておられるだろうか。事件から一年が経って、被害者の父親の一人が新聞のインタビューに応じた。亡くなった娘さんは35歳で、残されたお父さんは取材当時62歳ということだった。その年...
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小説のために(第二十三話)

13かつての宗教や宗派の対立や争いは、いまの言葉でいうと科学的な信をめぐるものがたくさんあったように思う。地球は動いていると主張するのにも、命を懸けなければならない時代があった。現在では科学的な信の問題として決着がついている。仮に天動説を主...
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小説のために(第二十二話)

12葛飾北斎の有名な「冨嶽三十六景・神奈川沖浪裏」を見ていると、絵師がどこにいるのかわからなくなる。小舟に襲いかかる大波は、さながら水木しげるの描く妖怪のようだ。宙を舞う水飛沫は細かく砕かれた氷の塊といったところ。彼はどこにいるのだろう。ど...
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小説のために(第二十一話)

11北朝鮮の危機を煽って、いらない武器をたくさん購入させる。癌は怖い病気ですからと早期発見・早期治療を啓発し、癌が見つかれば抗癌剤を投与する。高血圧やピロリ菌のリスクを訴えて、降圧剤を処方したり除菌を勧めたりする。同じことだと思う。軍事費は...
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小説のために(第二十話)

10ぼくたちはなぜ犬を飼ったり、猫をかわいがったりするのだろう。シアトルのあるアマゾン本社では、従業員は犬を連れて出勤することができるらしい。家に置いてきた飼い犬が気になって仕事に集中できないようでは困るということだろうか。ペットがそばにい...
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小説のために(第十九話)

9この宮沢賢治論も終盤に近づき、いよいよラストスパートというところで奈良へ行くことになった。前から入っていた仕事なので仕方がない。ついでに福井まで足を伸ばして5日間ほど中断。頭は宮沢賢治でホットな状態にあるから、四天王を安置しているお堂に行...
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小説のために(第十八話)

8気功の先生によると、男の胸におっぱいがあるのは、男が女の身体を借りている証拠なんだって。言われてみればそうかも。無駄といえば無駄だし、過去も現在も未来も使い道はなさそうだ。ぼくたち男はお風呂に入るたびに自分の胸を見て、「どうも、お邪魔して...
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小説のために(第十七話)

7『聖書』のなかでイエスは、「我よりも父または母を愛する者は、我に相応しからず。我よりも息子または娘を愛する者は、我に相応しからず」(「マタイ伝」10.37)と言っている。困ったことを言う人だなあ。家族よりも信仰を優先させるというのは、どん...
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小説のために(第十六話)

6しばらく前にブレディみかこさんの『ヨーロッパ・コーリング』(岩波書店)という本を読んだ。この本、タイトルはクラッシュですよね。それからカバーの写真が、バンクシーのグラフィティ「花を投ずるテロリスト」なんだ。かっこいい! 岩波にもセンスのい...
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小説のために(第十五話)

5いかなる生けるものでも苦しんでいる限り、自分らは完全に幸福とはなりえないと感じる。修行者ほどの徹底性はないにしても、これは誰のなかにも多かれ少なかれある感覚だろう。状況にもよるけれど、いくらか気持ちに余裕のあるときは自然とそんなことを思う...
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小説のために(第十四話)

4宮沢賢治の「食」にかんするナイーブさについては、すでに語り尽くされた観がある。通常、それは「慈悲」のような仏教的な倫理観から解釈される。「性」にかんしても同じである。賢治には「生涯のうち、精液を体外に出したことがない者は、自分を含めて世界...
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小説のために(第十三話)

3解剖学者の三木成夫さんは、「原初の細胞ができてから後の、今日までの三十数億年の長い進化の過程を、なにか幻のごとく再現する、まことに不思議な世界」が「胎児の世界」であるとおっしゃっている(『生命とリズム』)。三十数億年! そんな長大な歴史を...
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小説のために(第十二話)

2少年は汽車に乗ってやってきた。ここは寂しい町の駅だ。客馬車が停まっている。少年は一人でとぼとぼと歩きはじめる。道のりは遠い。畑を通り、丘の裾を抜けて歩いていく。雲雀が鳴いている。ようやく農場の入口にたどり着く。看板が立っている。〔小岩井農...
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小説のために(第十話)

ブラインド・ウィリー・マクテルの「Statesboro Blues」を聴く。オールマン・ブラザーズ・バンドで有名な曲だけれど、同じ曲と言われても同じに聞こえない。ウィリー・マクテルの原石に磨きをかけてスリリングなロックにしてしまったオールマ...
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小説のために(第九話)

6ナチスの政権下、ヒトラーをはじめゲーリング、ヒムラーなどの閣僚が、フルトヴェングラーの指揮するベートーヴェンの第九交響曲を聴いて、全員が涙を流すほど感動したという。ゲッペルスが日記に記している。作り話ではないだろう。一方、アウシュヴィッツ...
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小説のために(第四話)

前回のアップが4月25日だから、4ヵ月以上のご無沙汰でした。その間に『なにもないことが多すぎる』(小学館)が刊行され、これについては長々と言い訳じみたことを書いた。この9月には早くも、つぎの作品『新しい鳥たち』(光文社)が出る。5ヵ月という...
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小説のために(第三話)

ぼくたちは自分の内在的な本質によって自分になっているわけではない。自分探しなどというのは、地中に果てしなく穴を掘りつづけるようなものだ。最初から無意味であることはわかりきっている。自分を探すのではなく、他者を探さなくてはならない。ぼくたちを...
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小説のために(第二話)

飼い猫の話をしよう。ぼくの家には、いま二匹の猫がいる。一匹はオスのヒースで12歳。もう一匹はメスのフクちゃんで、もうすぐ7歳になる。二匹とも病気を抱えているが、とくに今年に入ってからフクちゃんの容態がよくない。 一年ほど前に腎不全を起こして...
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小説のために(第一話)

1 「小説のために」というサイトの名称は、ウェブ・デザイナーの東裕二さんが、このホームページの試作段階でとりあえず付けてくれたもの。これからはじめようとしているサイトにぴったりだと思ったので、そのまま使わせてもらうことにした。出典はコリン・...