農学部の学生だったぼくたちは、三年生の夏に北海道研修旅行があった。帯広で乳牛に蹴飛ばされたり、中標津あたりで道産子に追いかけられたり、札幌でラーメンまみれの食生活を送ったりして、ぼくはすっかりスケールの大きな人間となり、髪も髭も伸び放題、ワイルドな風貌で東京の友だちのアパートに転がり込んだ。
二人ともお金がなかったので、毎晩ホットプレートでキャベツともやしだけの焼きそばを作ってビールを飲んだ。そして昼は下北沢あたりの喫茶店で、アメリカン・コーヒー(流行っていた)を飲みながら時間をつぶすのだった。その店で、このレコードがよくかかっていた。
ウェイン・ショーター。名前はかっこいいが、ぼくにとってはいまひとつピンとこない人である。何をやりたいのかわからない。当時在籍していたウェザー・リポートにしても、とりあえず誘われたからメンバーになりました、という感じだった。このアルバム、発案者は奥さんだとか。主体性が希薄というか、ほとんど則天去私の人である。そんなアナタが好きでした。
一応、彼のリーダー作ということになっているけれど、半分くらいの曲でヴォーカルをとるミルトン・ナシメントの声の印象があまりにも強烈で、なんとなくショーターの影は薄い。主役のはずなのに脇役っぽい。それでいいのだ。でしゃばらない、無用なブロウはしない。でも、彼にしか吹けないフレーズ。これが本当のクールビズ。かっこいい。(2006年9月)
9 地球にやさしいショーターのサックス
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