55 こんなぼくですけど

ネコふんじゃった
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 ジャケットを思い浮かべるだけで、幸せな気分になれるレコードがある。このアルバムなどは、さしずめその最たるもの。ちょっと太目のお兄さんが、タキシードにけったいな蝶ネクタイをしめて、そろそろ床屋へ行った方がよさそうな髪には軽い寝癖が。いったい誰なんだ。

 本作の主人公はニック・デカロ。名前がヘンだ。アルバムのタイトルは『イタリアン・グラフィティ』。真面目なのかふざけているのかわからない。リリースが一九七四年ということで、いまではAORの先駆となった名盤、という評価が定着しているようだ。その評価を裏切らない内容である。

 まず選曲が素晴しい。「二人でお茶を」といったスタンダードから、スティーヴィー・ワンダーやトッド・ラングレンのかなり地味な曲を、センスよく取り上げている。つぎにアレンジ。腕の確かなスタジオ・ミュージシャンと高度な音楽性に支えられたサウンドは、洗練されていて心地よい。軽いボサ・ノヴァにアレンジされたジョニ・ミッチェルの「オール・アイ・ウォント」などは、オリジナルを凌ぐ出来である。最後に忘れちゃいけない、デカロくんのヴォーカル。ちょっと頼りないところに味がある。とりわけ多重録音で聞かせるコーラスは見事だ。

 アレンジャーとしての仕事が中心だったため、ソロ・アルバムは数枚しか残さずに、一九九二年に心臓発作のため急逝。享年五十三歳。若いなあ。あらためてジャケットの写真に目をやると、ちょっと悲しげで、寂しそうな表情にも見える。(2010年5月)