第3話 「小岩井農場」①
少年は汽車に乗ってやってきた。ここは寂しい町の駅だ。客馬車が停まっているけれど、彼に「お乗り」と声をかけてくれる大人はいない。少年は一人でとぼとぼと歩きはじめる。道のりは遠い。畑を通り、丘の裾を抜けて歩いていく。雲雀が鳴いている。ようやく農場の入口にたどり着く。看板が立っている。〔小岩井農場〕さらに歩いていく。
(いつものとほりだ)
どうやらはじめてではないらしい。前にも来たことがあるのかな? 鳥がたくさん鳴いている。ほら、聞こえるだろう。
ぎゅつくぎゅつくぎゅつくぎゅつく
ずいぶん歩いた。やがて白樺の木があらわれる。ここは北の大地だ。寂しくないのかい? こんなところまで一人で来てしまって。寂しいときは口笛を吹けばいい。力いっぱい吹いてごらん。悲しい顔をした農夫と出会う。くろい外套の男が、雨雲に銃を構えて立っている。いったい何を撃とうというのだろう。明るい雨が降っている。雨のなかで風景が透きとおってくる。
すきとほつてゆれてゐるのは
さつきの剽悍な四本のさくら
わたくしはそれを知ってゐるけれども
眼にははつきり見てゐない
たしかにわたくしの感官の外で
つめたい雨がそそいでゐる
(天の微光にさだめなく
うかべる石をわがふめば
おゝユリア しづくはいとど降りまさり
カシオペーアはめぐり行く)
ユリアがわたくしの左を行く
大きな紺いろの瞳をりんと張って
ユリアがわたくしの左を行く
ペムペルがわたくしの右にゐる
(中略)
ユリア ペムペル わたくしの遠いともだちよ
わたくしはずゐぶんしばらくぶりで
きみたちの巨きなまつ白はすあしを見た
どんなにわたくしはきみたちの昔の足あとを
白堊系の頁岩の古い海岸にもとめただらう
(中略)
きみたちとけふあふことができたので
わたくしはこの巨きな旅のなかの一つづりから
血みどろになって遁げなくてもいいのです
(「小岩井農場」パート九)
透きとおっていく風景のなかから「遠いともだち」がやって来る。透きとおった風景のなかで、詩人は遠いともだちと出会う。どのくらい遠いのか。一万年? 十万年? ここで宮沢賢治という詩人が、永遠の「いちねんせい」であることを思い出そう。「いちねんせい」にとって男女の違いなんて、あってないようなもの。ヒトと動物、人間と自然といった差異も易々と乗り越えられる。だから犬とだって猫とだって虫とだって蟻とだって、ウンコとだって仲良くなれる! それが「いちねんせい」ってものさ。