あの日のジョブズは(3)

あの日のジョブズは
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3.ジョブズの写真

 手元に50枚ほどの写真がある。写真家の友人が送ってくれたデータをプリントしたものだ。1990年前後のものだそうだ。当時のジョブズはアップルを追放され、新しく立ち上げたネクストで苦戦していた。自らが創業した会社は、いまや敵とは言わないまでも追い越すべきライバルになっていた。彼は新しい自分の会社をアピールしようとPR活動に精を出し、インタビューなども積極的に受けていた。そのころの写真である。
 どのカットも魅惑的である。撮影した写真家の力量はとりあえず脇に置こう。ここでは被写体に絞って話を進めていく。若くて溌剌としたジョブズが写っている。けっして激昂しているわけではないのだが、何か内に秘めた熱いもの、強い意志を感じる。とくに目に力がある。力がありながら深く澄んで美しい。こうした印象は彼のどの写真にも感じられるものだ。何か繊細なものが写っている。激しさと同時に静けさが、強さとともに寂しさや悲しみが……がんを患ってやせ衰えた晩年の写真などはことにそうだ。
 いずれの写真も雄弁で、さまざまなことを語りかけてくる。この雄弁さはジョブズに特有なものだと思う。おそらくビル・ゲイツやジェフ・ベゾスの写真には決定的に欠けている。少なくともぼくは、彼らの写真から何かを感じることはない。報道写真と同じで、ただビル・ゲイツをビル・ゲイツとして、ベゾスをベゾスとして認識するだけである。認証としての写真。「これが誰それか」の先に関心は向かわない。

 ジョブズの写真は、その先にあるものを語りかけてくる。ジョブズという人間のなかに内包されている物語を。現に彼をめぐる物語は、すでに何人もの書き手によって数多く書かれている。それでもなお書かれていない物語がある気がするのだ。自分だけが言葉にすることのできる物語。思い上がりではなくて、おそらくジョブズの写真がもっている力、強い説得力によるものだろう。世界でもっとも広く知られている人間の一人でありながら、個人的にも知っている気がする。ぼくだけのジョブズが存在する。
 経験的な事実として会ったことはないし、これからも会うことはないけれど、彼のことを知っている気がする。この「知っている」という感覚は、過去からやって来るようでもあるし、未来へと運ばれるようでもある。かつて彼のことを知っていたし、いつか知ることになるだろう。写真が語りかけてくるものを自分の言葉にすることが、ぼくにとってジョブズという一人の人間を知ることなのかもしれない。

 写真と同様に、彼が中心となって世に送り出した製品も美しい。たんに外側のデザインやプロポーションが美しいというだけではなく、目に見えない部分、一つひとつのプロダクトのなかを流れているアイデア、ヴィジョン、感性や思想を含めて美しいのだ。そこにジョブズの文体を感じる。ここで「文体」という言葉を使うのは適切ではないかもしれないが、他の言葉を思いつかない。
 ためしに彼が手掛けた主な製品を並べてみよう。

  Apple Ⅱ(1977)
  Lisa (1983)
  Macintosh (1984)
  iMac (1998)
  iPod (2001)
  iPhone (2007)
  iPad (2010)

 これらのプロダクトから否応なしに感受されるのは、ジョブズという一人の表現者である。紛れもなく彼は存在している。しかも大量生産される工業製品のなかに。きわめて稀なことだ。奇蹟的なことと言ってもいい。2000年前のパレスチナでは新約聖書に記されたイエスの所業が奇蹟だった。魔術とみなされることもあった。現代の奇蹟はスティーブ・ジョブズという一人の人間がPCやスマートフォンに作家性を持ち込んだことかもしれない。いったい彼はどんな魔術を使ったのだろう?

 ジョブズだけが特別なのだ。彼のかかわった製品が特殊なのだ。考えてみよう。デル・コンピュータにマイケル・デルの作家性を感じるだろうか? HPのコンピュータに表現者としてのデイブ・パッカードやビル・ヒューレットの存在を感じるだろうか? Windowsをはじめとするマイクロソフトの製品に、ビル・ゲイツの作家性を感じることはないし、アマゾンにジェフ・ベゾスの思想性は感じない。アマゾンに感じるのは徹底した無思想性だ。それはそれで個性的だが。
 たしかにテスラという高級車には、イーロン・マスクの作家性が感じられないことないない。しかし1000万円以上する電気自動車は、いまのところ一部の人たちの贅沢な嗜好品に近い。一方、PCやスマートフォンは何十億もの人たちが使っているコモディティである。そのなかにあってジョブズのかかわった製品は、どれも彼の際立った作家性を感じさせる。
 この現代の奇蹟を、どうやってジョブズは引き起こしたのか。大量生産される工業製品のなかに、いかにして作家性を持ち込んだのか。誰もが手にするガジェットに感じられる文体はどこからやって来るのか。文体……ジョブズの文体は美しい。ぼくがいちばん魅せられるのはその点かもしれない。ジョブズの文体の美しさは、彼の写真に感じられる繊細さや雄弁さと結びついている気がする。それが何かを言葉にすることができれば、ぼくはジョブズという人間に少し近づいたことになるだろう。

Photo©小平尚典