現代文学として『源氏物語』を読む……第5回 中の品の女

九産大講義
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 第二巻の「帚木」で光源氏は17歳になっています。4歳年上の葵の上と結婚して5年になりますが、二人のあいだには子どももなく、なんとなく疎遠な感じです。舅である左大臣家にはたまにしか顔を出さず、内裏の住まいで過ごすことの多い源氏です。

 梅雨の長雨の夜、源氏は宮中で宿直をしています。物忌みで外に出られないのです。「モノイミ」というのは、異変、凶兆、死穢、方角の禁忌など、いろいろな理由から外に出ない。身を清めて家に閉じこもり、魔物や不浄が通り過ぎるのを待っている。簾を下ろして「物忌」と記した札を付けておいたりもしたようです。こういうことを当時は、宮中でも個人の家でもよくやっていたらしいのです。

 光源氏の場合、物忌みを口実にして宮中に長逗留しているふしもあります。正妻(葵の上)のところへ帰りたくなかったのでしょうかね。そんなある夜、左大臣の息子で源氏とは義兄弟にあたる頭中将(とうのちゅうじょう)、恋の経験が豊富な左馬頭(さまのかみ)、藤式部丞(とうしきぶのじょう)が集まって、有名な「雨夜の品定め」がはじまります。各自が勝手な女談義をやっているうちに「中流の女性こそ魅力的」という結論に至ります。

 「品(しな)」とは身分や家柄のことです。「中の品になん、人の心々おのがじしの立てたるおもむきも見えて、分かるべきことかたがた多かるべき」と言っている頭中将は、左大臣家の長男だから上流階級の人間です。それを受けて中の位、受領階級の男である左馬頭が蘊蓄(うんちく)を垂れます。

 さて世にありと人に知られず、さびしくあばれたらむ葎の門に、思ひの外にらうたげならん人の閉ぢられたらんこそ限りなくめづらしくはおぼえめ、いかで、はたかかりけむと、思ふより違へることなん、あやしく心とまるわざなる。

 人が住んでいようとも思われない、雑草の生い茂るような寂しい荒れ果てた家に、思いもよらない可憐な人がひっそり引きこもっているような場合は、とても珍しく感じることでしょう。どうしてこんなところにこんな人がと、あまりにも意外なので、不思議と心が惹きつけられてしまいます。

 この左馬頭の一言が若い源氏の心を刺激します。「中流の女性って、そんなに素敵なのかなあ。」上流の世界しか知らない彼は、自分も「中の品」の女性と恋をしてみたいものだと思うのです。

 「帚木」の後半は、源氏がふとしたことから「中流の女性」である空蝉を見出し、彼女と一夜の契りを結ぶ場面へと進みます。暇を持て余した男四人が、女談義に夜を明かした翌日のことになります。物忌みが明けて、源氏は内裏から舅の左大臣の邸に帰ります。そこには正妻である葵の上がいるのですが、なんとなく取り澄ましていて打ち解けることができない。ことに「中流の女性」の話を聞いてきたばかりですからね。「もっとカジュアルな女がいいなあ」と源氏は思います。

 暗くなるころに左大臣家に仕える女房たちが、「今宵、中神、内裏よりは塞かりてはべりけり」と言っています。「方塞(かたふたがり)」といって、物忌と同じように一種の宗教風俗です。「中神」というのは陰陽道で吉凶禍福をつかさどる祭神だそうです。この神のいる方角は縁起が良くないということで「方違え」をする。あいにく源氏の自邸(二条院)も同じ方角にあたっていました。どこへ方違えしたらいいだろう、疲れていて気分も悪いのに、と本人はぼやいている。

 結局、左大臣家に仕えている紀伊守の家に行くことになります。紀伊守は受領階級だから例の「中の品」です。行ってみると、父・伊予介の家に物忌があって、女たちはみんな紀伊守のところへ来ている。「女が多いっていいじゃないか」とか、17歳の源氏は前向きなことを言っています。そのなかに伊予介の若い後妻として空蝉がいます。

 さて、酒宴も終わり夜も更けました。みんな寝静まった屋敷のなかで、空蝉が「中将の君はどこにいるのかしら。人気がない気がして、なんだか怖いわ」と言っている。「中将の君」というのは空蝉に仕える女房の名前です。源氏は女のところへ忍んでいって襖の掛金を引き上げてみると、向こうからは鍵がかけてない。しめしめと思って入っていくと、暗がりのなかに小柄な女が一人で寝ています。源氏は女が被っている着物をそっと押しのけて、「中将をお呼びでしたからわたしが参りましたよ」と言う。源氏の官位も近衛の中将だから、空蝉の言葉を自分を呼んだものと曲解したのですね。若いのにやるなあ。

 女はとても小柄なので、抱き上げて部屋を出ようとする。そこへ湯を使っていたらしい中将の君が帰って来る。出会いがしらだったので源氏はつい声を上げてしまう。その声を怪しんで女房が手探りで寄って来る。それほど家のなかは暗いのですね。顔は見えないけれど、焚きしめた香の薫りから源氏であることを悟る。しかし相手が相手だけに声をかけることもできない。どうしようかと思っているうちに、源氏は空蝉を抱いたまま自分の寝所へ入っていってしまう。襖を閉め切ってから、「暁に御迎へにものせよ」とのたまう。くう~、たまらん。

 ちなみに各種現代語訳では以下のようになっています。「夜明けにお迎えに来るがいい」(与謝野晶子訳)、「明け方お迎えに参るがよい」(谷崎潤一郎訳)、「朝になってから、お迎えに参れ」(円地文子訳)、「明け方お迎えに来なさい」(瀬戸内寂聴訳)。まあ、短い台詞だからそんなに違わないんだけど、こういう緊迫した場面は、やっぱり切れのいい原文で読みたいですね。

 家の奥に設えられた寝所で源氏と空蝉は二人きりになりました。空蝉が言います。「こんなこと、とても現実とは思えません。人数ならぬ身とはいえ、このような扱いを受けるおぼえはありません。わたしのような身分の者にも、相応の生き方があるのです。」源氏。「あなたのおっしゃる身分というものを、わたしはまだよく知らない初心な者なんですよ。こんなことははじめての経験なのです。それを世間並みの浮気者のように言われるのはあんまりだ。」

 女は源氏のたぐいまれな美しい容姿を目にするにつけ、この人に身も心も許してしまうことがいっそうみじめに思われ、ここはなんとしても貞操を守り通そうと思う。源氏は「どうしてわたしをそんなにお嫌いになるのですか。この思いがけない逢瀬こそが、前世からの深い因縁によるものとお思いになりませんか」などと虫のいいことを言っています。つづく空蝉の台詞。

「いとかくうき身のほどの定まらぬ、ありしながらの身にて、かかる御心ばへを見ましかば、あるまじきわが頼みにて、見直したまふ後瀬をも思ひたまへ慰めましを、いとかう仮なるうき寝のほどを思ひはべるに、たぐひなく思うたまへまどはるるなり。よし、今は見きとなかけそ」とて、思へるさまげにいとことわりなり。

 原文は『古今和歌集』からの引用(「それをだに思ふ事とて 我が宿を見きとないひそ 人の聞かくに」恋歌五・よみ人しらず)などもあって難しいのですが、この台詞は生きています。つまり空蝉という女の置かれた境遇に、作者が共感しながら書いているのがわかるのです。

 空蝉の亡くなった父は衛門督(衛門府の長官)で、彼女自身も帝が「宮仕えに出ないか」と勧めたほどの女性でした。そのことをふまえて「ありしながらの身にて」と言っているのです。「未婚のころなら、あなたの御心にお応えしたかもしれません。たとえ身の程知らずのうぬぼれでも、いつかはわたしという女を本気で愛してもらえるかもしれない、そう思って慰めともしましょう。しかし年老いた受領の後妻となったいまは、一夜のはかない情事の相手でしかありません。せめてわたしとお会いになったことは口外なさらないでください」といったところでしょうか。

 「いとことわりなり」と語り手は最後に書いています。「なるほど無理もないことだ」と思っているのは作者自身でしょう。このあと一夜の契りを結んで夜が明けます。女の述懐が生々しいですね。「常はいとすくすくしく心づきなしと思ひあなづる伊予の方のみ思ひやられて、夢にや見ゆらむとそら恐ろしくつつまし。」いつもは野暮で嫌いだとさげすんでいる年老いた夫のことばかりが気になり、もしかしたら昨夜のことを夫が夢に見はしなかったかと、そら恐ろしく身がすくむ思いをしている。このあたりの紫式部の筆の運びは、読んでいて凄みさえ感じます。

 一夜の契りはあったものの、以後、空蝉は源氏の誘いに応じません。かつて帝から宮仕えを勧められたほどの女性です。それを自ら断ったという経緯がある。小柄で弱々しくも見える空蝉ですが芯は強いのです。女性としての矜持をもって生きている。そんな空蝉に源氏は心惹かれます。せっせと和歌などを送るが返事がない。

 懲りない源氏は「方塞り」の日が来るのを待ち、またも方違えを口実に紀伊の守の家を訪れます。しかし女はどうしても会おうとしない。何度か振られつづけた源氏は、なんとかもう一度だけ逢瀬の機会を得る。館のなかで女たちは碁を打っています。一人は空蝉、もう一人は夫・伊予の介の先妻が残した娘、空蝉にとっては継子にあたる軒端の萩(西の対の娘)です。寝静まったところで源氏が忍んでいきます。

 かかるけはひのいとかうばしくうち匂ふに、顔をもたげたるに、ひとへうちかけたる几帳の隙間に、暗けれど、うちみじろき寄るけはひいとしるし。あさましくおぼえて、ともかくも思ひ分かれず、やをら起き出でて、生絹なる単衣をひとつ着て、すべり出でにけり。

 源氏の気配に気づいた空蝉は、小袿(夜着)を脱ぎ捨て、単衣一枚の姿で部屋から滑り出たのです。源氏は軒端の萩に言い寄ってから人違いと気づきますが、「間違いでした」と言うわけにもいかず、「まあ、いいか」と彼女と契る。臨機応変というか許容範囲が広いというか。彼の手に残されたのは、脱ぎ置かれた薄衣ただ一枚だけでした。

 空蝉の身をかへてける木のもとに なほ人がらのなつかしきかな

 この歌はいいなあ。蝉が脱皮するように、この薄衣ひとつを残してわたしのもとを去ったあの人、まだ恋しい、その人柄が。「人柄」に「殻」をかけているわけですね。

 忘れがたい印象を残す空蝉ですが、彼女は物語のなかであと二回登場します。まず第16章の「関屋」で、空蝉は年老いた夫・伊予の介(常陸の介)と死別します。そして継子にあたる伊予の守(河内の守)に言い寄られたことに嫌気がさして、空蝉は出家を決意します。さらに尼になった空蝉を源氏が訪ねる場面が第23章の「初音」に出てきます。二人のあいだを20年の歳月が流れ、源氏は36歳になっています。空蝉は勤行にいそしみながらひっそりと暮らしている。

 源氏の台詞。「常に、をりをり重ねて心まどはしたまひし世の報などを、仏にかしこまりきこゆるこそ苦しけれ。」このように原文には主語がまったくないのですね。「かしこまる(謝罪する)」の主語が誰なのか。源氏なのか空蝉なのか。訳者によって異同があります。本居宣長の『玉の小櫛』には「むくひは、空蝉に、心をまどはさしめしむくひ也」とあって、「報」はいまの源氏の悩みと解釈しています。したがって仏に詫びているのは源氏ということになります。谷崎はこの解釈を採って、「たびたびあなたに御迷惑をおかけした、あの時分の罪障などを、今更仏に懺悔するのも苦しいことです」と訳しています。

 ところが円地文子訳では、「あの頃、幾度となく私を迷わせ辛い思いをおさせになった罪の報いを、今、仏に懺悔しておいでになるのを見るのもお気の毒に思います」となっている。つまり報いを受けて懺悔しているのは空蝉ということで、まったく逆の解釈をしているわけです。瀬戸内訳も「昔たびたびわたしにずいぶん冷たくして、心をかき乱させ辛い思いをさせた罪の報いを、今、仏に懺悔していらっしゃるのを見ているのこそ辛いことです」と、円地と同じ解釈をとっています。

 訳者、註釈者の性別によって解釈が分かれるところが面白いですね。ぼくは宣長の解釈に沿った谷崎訳のほうが断然いいと思うのですがどうでしょう? 円地や瀬戸内の訳では、源氏はずいぶん嫌な男になってしまう気がします。(2020.11.11)