ぼく自身のための広告(18)

18 バレンシア

 ポルトガルとスペインのあいだには一時間の時差がある。すなわち夜中のうちに時計を一時間進める。午前7時30分、ようやく夜が明けはじめる。実際は6時30分ということになる。何が「実際」なのかわからないけれど。船はジブラルタル海峡を通過している。デッキに出ると風が強くて吹き飛ばされそうだ。ぼくたちはアフリカ側を航行しているらしい。モロッコの灯が見える。違うかもしれないが、そういうことにしておこう。

 モロッコといえばタンジェ(タンジール)に暮らした作曲家にして作家、ポール・ボウルズ(『シェルダリング・スカイ』の作者として有名)についても触れたいが、ここではタハール・ベン・ジェルーンの心掻きむしられる小説『出てゆく』を紹介しよう。舞台はタンジェ。失業、貧困、麻薬密売、贈収賄が当たり前の国で将来を描けず、地中海に面したカフェに集まってキフ(大麻の一種?)を吸いながら、ひたすら対岸のスペインを見つめる若者たち。海を渡れば4キロ。このわずかの距離が、彼らには果てしなく遠い。

 国を出てゆく。それは強迫観念、昼も夜もアゼルの頭を離れない狂気のようなものだった。どうやって切り抜けよう、どうやってこの屈辱に決着をつけよう? 旅立つ、子どもたちをほしがらなくなったこの国を出てゆく、こんなにも美しい国に背を向け、そしていつか堂々と、たぶん金持ちになって戻ってくる、身を守るために旅立つ、たとえ危険にさらされようが生きてくために……そう思いながらも、どうしてこんなふうになってしまったのかわからないでいる。強迫観念はたちまち呪いとなった。(香川由利子訳)

 ところで諸悪の根源はマルコ・ポーロではないだろうか。彼が『東方見聞録』などという本を書いたものだから、エル・ドラド(黄金郷)を夢見る欲深いヨーロッパ人たちが大挙してチパングをめざすことになった。幸い連中は日本には来なかったが、アフリカや南米やカリブ海を荒らしまわり、金や銀、香辛料などを略奪した。コロンブスもその一人である。彼が『東方見聞録』を読んでいたのは、ほぼ確実とされており、セビーリャのコロンブス図書館が収蔵しているものには、彼のものと伝えられる書き込みがあるらしい。

 1492年、コロンブスが出航したパロス港は、ぼくたちの船の寄港地でもあるバレンシアから南へ数百キロのところに位置する。周知のようにコロンブスがめざしたのはインドであり、バハマ諸島あたりにたどり着いた彼は、そこをアジアだと思って西インド諸島と名付けた。おかげでアメリカの先住民はインディアンと呼ばれ、中南米の先住民はインディオと呼ばれるようになった。大きな迷惑である。さらにコロンブスの「発見」から半年も経たないうちに、一獲千金の夢に取り憑かれた男たちがスペインから大挙して押しかけてくる。彼らはキリスト教の布教を錦の御旗に悪逆の限りを尽くし、メキシコのアステカ文明やペルーのインカ文明を破壊し尽くす。みんなマルコ・ポーロのせいだ、ってことはないにせよ、罪作りなことをしたものだ。

 大航海時代は「発見」の幕開けであったが、同時に「征服」のはじまりでもあった。この時代のスペインについて司馬遼太郎は、「国家そのものが、新植民地に対する一大強盗団になった」と述べている(『街道をゆく 南蛮のみち』)。百年足らずのあいだに膨大な量の金、銀、エメラルドなどが持ち込まれ、おかげでスペインは一夜にして超富裕になった。これらの採掘に奴隷として使われたのがインディオとアフリカから連れてこられた黒人だった。「ポルトガルをふくむこのイベリア半島のひとびとによる大航海時代によって、世界史は一変したといっていい」と司馬も書いているように、現在のIT革命やグローバリゼーションに匹敵するほどの大変動だったはずである。それを彼らはコンピュータやインターネットではなく、船を使って成し遂げたわけだ。

 こうして見てくると、江戸幕府の鎖国政策はきわめて妥当な対処法だったと思える。ポルトガルとイエズス会は、あからさまに日本を植民地化するつもりだった。「日本がたまたま国内統治が堅牢で、六十余州に武士たちがいたから、現実に、新大陸やフィリピンのように征服されなかっただけで、先方(ローマ法王と、スペイン・ポルトガルの両国王)は、征服できるようならそうしたかったのにちがいない」(司馬・前掲書)。彼らは紛れもなく南からやって来た蛮族、「南蛮」だったのである。

 さて、その南蛮の地、バレンシアをぼくたちは見物している。数日後にはじまる「サアン・ホセの火祭り」(ファジェス)に向けての準備で街は活気に溢れていた。通りにはスペイン国旗よりもう少しおしゃれなバレンシア州旗が翻り、広場では巨大な張りぼて人形の設置が進められている。バルセロナもそうだけれど、スペインのカタルーニャ地方というのは民族意識が強いところで、しょっちゅう独立運動が起こっている。

 面白いのは、このグローバリゼーションの時代にあって、バレンシア州の自治州公用語をバレンシア語としていることである。(バレンシア市の公用語はスペイン語とバレンシア語の二言語。)70以上の州立学校がバレンシア語のみで教育を行っており、バレンシア大学ではバレンシア語であらゆる学問分野を学ぶことができるなど、なかなか気合が入っている。小学校から英語やプログラミングを学ばせるというアホな日本の文科省とは大違いだ。さすがは南蛮人の末裔だけのことはある、とちょっと見直した。


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