ぼく自身のための広告(13)

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13 オーディオの話……②

 高校時代からの友人Y君が、そのころオーディオ雑誌の編集部にいて相談に乗ってくれていた。家を建てると言ったら、いろいろとアドバイスをしてくれた。総じて適切なものであったと思いたい。
Y君:リビングの床の下にコンクリートを打つといいよ。
施工者:そんなことをしたら足が痛くて、とてもいられたもんじゃありませんよ。
Y君:スピーカーの下だけでもいい。グッと音がしまって全然違うから。
施工者:わかりました。壁から150センチほど打ちましょう。それ以上はお勧めしません。
Y君:あとマルチチャンネル導入を見越して空配線だけでもしといたほうがいいね。
 当初はマルチチャンネル導入は念頭になかった。ぼくたちが中学生のころ4チャンネルが一時的にブームになった。4つのスピーカーを部屋の四隅に並べて、前からも後ろからも音が出るというものだ。ソニーがSQ方式というのを発売していて、友だちの家でサンタナやマイルス・デイヴィスを聴かせてもらったことがある。正直言って、『キャラバンサライ』も『ビッチス・ブルー』もステレオで充分だと思った。出ている音に感銘を受けなかったのである。
「昔の4チャンネルといまのマルチは全然違うんだから」

 どう違うのか? かつてぼくたちが聴いた4チャンネルというのは、2チャンネルの焼き直しというものが多かった。しかし現行のマルチはサラウンド用にミックスされていて、きちんとした装置で聴けば素晴らしい音がするらしいのだ。
「ピンク・フロイドの『狂気』とかロキシー・ミュージックの『アヴァロン』とかマルチのいいSACDが出ているから、機会があったら聴いてみるといいよ。それにホームシアターを作るのなら絶対にマルチだね。後ろからミサイルがバーンと飛んできて前方の標的をボーンと破壊するとか、映画館並みのサラウンドが体験できるから」
 ぼくが大きなスクリーンで観たいと思っているのはタルコフスキーやフェリーニなので、あまりミサイルが飛んできてバーンとかボーンとかいうことにはならないと思うが、まあ『ハリー・ポッター』で箒が空中を飛ぶシーンなんかは臨場感があるかもね。

 それにしてもマルチを導入するとなると装置が大変だ。手元にあるプリメインアンプとCDプレイヤーの他にユニヴァーサル・プレイヤーとAVアンプ、さらにセンターとリア(左・右)で計3つのスピーカーが必要になる。ひそかに進められているオーディオルーム計画の舞台はあくまで「居間」なので、無粋な機械が何台も並ぶというのは困る。奥さんを中心に強い反対運動が起こることが予想されるし、ぼくもラボみたいなオーディオルームは望まない。オーディオはシンプルに、見た目も美しくありたい。
 昔から行っているロック・スポットがあり、店のマスターとは音楽の好みが合って懇意にしてもらっていた。店の装置は、ぼくが学生のころからJBLとマッキントッシュがメインだった。このシステムでイアン・デューリーの『ニュー・ブーツ・アンド・パンティーズ』などを聴くと、「ロンドンのパブでもこんないい音はするまい」といい気分になって、「マスター、ギネスおかわり」てなことになるのである。
 ぼくのオーディオルーム計画が持ち上がる前から、マスターはLinnの製品を使いはじめていた。アナログプレーヤーを皮切りに、CDプレーヤー、アンプなど着々と導入が進み、いつのまにかスピーカー以外はLinnが主体になっている。
「何かあったんですか? やけに上品な音になっちゃって」
「ぼくはもともと上品な人間だよ。見損なってもらっちゃ困る」
 店にはLinnのサブウーファーも入っている。これでずいぶん音の雰囲気が変わった気がする。迫力は損なわれずに聴き疲れしない。ぼくの好みの音である。これならロックだけでなく、クラシックやジャズも充分いけそうだ。さっそくマスターに紹介してもらってLinnのお店を訪れることにした。そこでオーナーのDさんと出会ったことが、ぼくのオーディオルーム計画を新しい展開へと導くことになる。