2017-12

片山恭一の文学ノート

小説のために(第十五話)

5いかなる生けるものでも苦しんでいる限り、自分らは完全に幸福とはなりえないと感じる。修行者ほどの徹底性はないにしても、これは誰のなかにも多かれ少なかれある感覚だろう。状況にもよるけれど、いくらか気持ちに余裕のあるときは自然とそんなことを思う...
片山恭一の文学ノート

小説のために(第十四話)

4宮沢賢治の「食」にかんするナイーブさについては、すでに語り尽くされた観がある。通常、それは「慈悲」のような仏教的な倫理観から解釈される。「性」にかんしても同じである。賢治には「生涯のうち、精液を体外に出したことがない者は、自分を含めて世界...
片山恭一の文学ノート

小説のために(第十三話)

3解剖学者の三木成夫さんは、「原初の細胞ができてから後の、今日までの三十数億年の長い進化の過程を、なにか幻のごとく再現する、まことに不思議な世界」が「胎児の世界」であるとおっしゃっている(『生命とリズム』)。三十数億年! そんな長大な歴史を...
片山恭一の文学ノート

小説のために(第十二話)

2少年は汽車に乗ってやってきた。ここは寂しい町の駅だ。客馬車が停まっている。少年は一人でとぼとぼと歩きはじめる。道のりは遠い。畑を通り、丘の裾を抜けて歩いていく。雲雀が鳴いている。ようやく農場の入口にたどり着く。看板が立っている。〔小岩井農...
未分類

AIと恋・アイ

1 人間vs人工知能。この対立の構図自体は新しいものではありません。スタンリー・キューブリック監督の映画『2001年宇宙の旅』(1968年公開)では、宇宙船に搭載されたコンピュータ(HAL9000)が異常をきたし、自分を停止させようとする乗...
往復書簡

往復書簡『歩く浄土』(14)

第十四信・片山恭一様(2017年12月6日) 戦後の総敗北ということを、サイトの記事でも片山さんとの往復書簡でも取りあげ、しばらく考えてきました。その総仕上げとも言える柄谷行人の「憲法9条の存在意義 ルーツは『徳川の平和』」(毎日新聞201...
ネコふんじゃった

26 あのころは毎日のように、ビリーの歌が聞こえていた

あのころというのは、一九七七年から七八年ごろのこと。たとえば友だちの下宿やアパートを訪れる。するとFMラジオか何かから、『はぐれ刑事純情派』みたいな口笛が流れてくる。そしてはじまる「ストレンジャー」。もういい加減にしてくれ! と思うころには...