きのうのさけび

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 今回のコロナ騒ぎを見ていて思うのですが、お医者さんたちの病気や死にたいする考え方って、小学生や幼稚園児とあまり変わらない気がします。専門用語を使って精密に語ることはできるけれど、根本的な考え方は同じで、要するに「ばい菌が入ると病気になる」ってことでしょう? これ以外のことを言っている感染症の専門家って、ぼくは見たことがないです。

 そもそも感染症の専門家って、普段は比叡山でお経を読んだり念仏を唱えたりしているような人たちだと思うんです。それがコロナ騒ぎでにわかにお呼びがかかって山を下りることになった。いまは政治の中枢でいろいろ言っているわけですが、本来はお経や念仏の専門家で、政治や経済や人間のことについては素人だと思います。だからぼくたちも彼らの言うことは、お坊さんのありがたい説法くらいに聞いておけばいいはずです。

 ところがコロナ恐怖に煽られて、世界中が一夜にして彼らの加持祈祷を恃みにするようになった。スマホ片手に世界は一瞬にして1000年、2000年前に先祖返りしてしまった。三密回避とかマスク着用とか真剣に唱えているのを見ると、死穢を恐れていた古代や中世と変わらないと思います。かつてモノノケや怨霊と呼ばれていたものが、いまはウイルスと呼ばれている。名前が変わっただけで、考え方は何も変わらない。

 森崎さんも書かれているように、進歩したのはテクノロジーや工学技術だけです。検査の範囲や精度は飛躍的に上がり、救命救急の技術などもめざましく発展した。それは医学の進歩とは違うと思うんです。石槍や弓矢で戦争していたのがミサイルや原子爆弾になったとか、狼煙や伝書鳩で交信していたのがスマホになったという類のことでしょう。医学思想そのものは数千年変わっていない、ほとんど進歩していないと思います。

 近代医学とは、要するに物理学の人体への応用ですが、物理学のモデルが変わってないのだから、医学のほうも変わりようがないわけです。今日の物理学モデルの発祥は、いまから2500年ほど前のミレトスに遡ると思います。タレスとかアナクシマンドロスとかレウキッポスとか、とりわけマルクスが博士論文のテーマにしたデモクリトスとか。彼らは現実を形作るのは粒状のものであると直感しました。そして万物を構成する基本的な粒子として、それ以上分割されない「原子」なるものを考案した。

 これが非常に画期的なアイデアだったので、現在まで生き延びてきたわけです。素粒子論からゲノム編集まで、最先端の自然科学やテクノロジーは、みんなこの紀元前モデルの上を走っています。医学思想が決定的に間違っているのは、2500年間現役でありつづけている物理学モデルを、そのまま人間に応用できると考えていることです。

 医学はどれだけ自然科学が精緻になっても科学にはなりません。はやぶさはニュートン力学の計算で小惑星まで行って地球に帰ってくることができますが、人間は機械ではなく、心と身体が相関する領域に病があるのです。(「歩く浄土」278)

 医学が科学になりえないのは、人間が物理現象ではないからです。風邪をひいて熱が出たということさえ、物質の因果関係だけでは説明できません。森崎さんが「心と身体が相関する領域」と述べられているところは、医学では解けないし、まだ誰もうまく解いていないと思います。ひょっとすると永遠に解けないかもしれない。解こうとする人間の心と身体が関与してきますからね。つまり自己言及の問題が入ってくるわけです。一方で、解けなくてもいいのかもしれない、とぼくなどは思います。そこが人間の奥深さであり可能性ですからね。(2021.9.14)