The Road To Singularity ~未知の世界を生きる(Ep.3)

3 犬を連れて働く人たち

 午前十一時半、シアトルは曇りだ。寝不足の頭と重いスーツケースを抱え、ぼくたちはシャトルバスでレンタカーセンターへ向かう。アメリカの空港はこんなふうにターミナルから少し離れたところにセンターがあって、エイヴィスやバジェットやヘルツなど大手メーカーの営業所が集まっているところが多いようだ。あらかじめ日本からエクスペディアなどで予約を入れておき、オフィスで手続きをして車を借りる。そういうことは全部、いつもボブがやってくれる。ぼくが彼を「師匠」と呼んでいる所以である。
「まず車で中心部をまわってみよう。とりあえずアマゾンを見て、それからセンターマーケットのほうへ行ってみようかな」
「おまかせします」
 長くロスに住んでいたボブは、シアトルにも数えきれないくらい来ていて、街のなかはほとんど目をつぶっていても運転できるということだ。
「たしかこっちでいいはずなんだけど」
「あそこがセーフコフィールドですよね」
「うん。それで遠くに小さく見えるのがスペースニードル、まっすぐ行くと中華街だから……」
 迷っている。いいぞ、ボブ。きみは自動運転車に搭載されたAIじゃないんだからね。迷ったり悩んだりするのが人間だ。ぼくたちが向かっているのはアマゾンの本社だ。シアトルは坂が多く、ちょっとサンフランシスコに似ている。小高い丘に街が広がっていて、目の前に海が見えるところも同じだ。2年前に訪れたサンフランシスコはかなりくたびれた街という印象だった。道なんかも傷んでいるところが多く、メインテナンスが充分じゃないって感じだった。ヒッピー文化発祥の地ということもあってか、ホームレスみたいな人も目についた。昼間から茶色の紙袋にウイスキーのボトルを入れて歩いているような人がたくさんいた。
 そこへいくとシアトルは開発の真っ最中。ちょっと中国みたいな感じだ。あちこちに新しいビルが建っていて、ほとんどが高層のオフィスビルのようだ。街を変貌させている原動力は言うまでもなくアマゾンだ。いまやシアトルという一つの街にとどまらず、人々の消費のスタイルを変えることで地球全体を変貌させつつある。ぼくの身近なところでいうと、まずレコード屋さんが消えた。個人商店がめっきり少なくなり、商店街を歩くとシャッターを下ろしっぱなしの店が目立つようになった。大手の書店も閉店するところが増え、やっているところも一様に元気がなくて、某有名書店などは脳死状態という感じだ。みんなアマゾンのせい……ってことはないにせよ、主犯格であることは間違いない。

アマゾン1

 創業者のジェフ・ベゾスについては、その経営戦略なども含めてすでに半ば伝説になっている。ちょっと伝記的に整理しておこう。1964年、東京オリンピックの年に彼はニューメキシコ州アルバカーキに生まれた。ベゾスが生まれたとき、母親はまだ十代だったという。ちなみにアルバカーキという地名、ぼくはニール・ヤングの名盤『今宵その夜』に収録された曲名としておぼえました。

 サンタ・フェへまでは90マイルたらず
 一本きめる時間はあるよな
 それから車を借りてアルバカーキへ

 ずっとすっ飛ばしてきたけれど
 孤独に飢えていたんだ
 大騒ぎから抜け出して 懐かしいアルバカーキへ

 このレコードをよく聴いていたのは高校二年生のとき。「roll a number」の意味がわかんなくてね。いまは「マリファナを巻く」って感じじゃないかと思っている。盟友ダニー・ウィットンのヘロインによる死に深い傷を受けたニールは、レコーディングのあいだずっとテキーラでへべれけの状態だったらしい。そんなこともあって、ぼくのなかでアルバカーキはドラッグとアルコールで死の瀬戸際まで追い詰められた人間が退避するつかのまのオアシスみたいなイメージだ。全然見当はずれかもしれないけれど、そういう町でベゾスは生を受けたんだな。
 ほどなく両親は離婚。幼いベゾスは母親に引き取られ、彼女の再婚にともないテキサス州ヒューストンに移住した。マイアミの高校を卒業後、プリンストン大学へ進む。このころからコンピュータに興味をもちはじめ、大学卒業後はウォール・ストリートのIT企業に就職し、トレーディング・システムの構築に従事する。ここで「マーケットの魔術師」ことデビッド・ショーと出会い、彼のヘッジファンドの上級副社長に抜擢される。1990年のことだ。しかし嘱望された会社をあっさり辞めて、1994年、ベゾスは妻のマッケンジーと二人で落ち着き先もきめないままニューヨークを後にする。家財道具をまとめ、「とりあえず西に向かってくれ」と引っ越し業者に依頼したという。かっこいい! シアトルに落ち着いたベゾスは、西海岸のIT企業家たちの伝統に則りガレージで起業、1995年にはアマゾンのサイトをオープンする。

シアトル

 それにしても、どうしてシアトルだったのだろう? いまぼくの手元にリチャード・フロリダという人が書いた『クリエイティブ資本論』(The Rise of the Creative Class)という本がある。このなかにクリエイティビティ・インデックスというのが出てくる。技術、才能、寛容性の三つの構成要素の点数に基づいて著者が指標化したものだ。2004年版だからやや古いデータだけれど、トップ10にはサンフランシスコ、シアトル、ポートランド、サクラメントといった西海岸のIT都市が入っている。面白いのは「寛容性」という項目で、これはゲイ指数、ボヘミアン指数、メルティングボット指数(外国出身住民の集中度)、人種統合指数に基づいて算出された「寛容性指数」がベースになっている。こちらのインデックスにはシアトル、ポートランド、サンフランシスコ、ロサンゼルスなどが上位10都市に入っている。
 つまり寛容性が高くて多様性に富むところにクリエイティブな人たちが集まり、いろんなアイデアや技術が集積されて、ITを中心としたハイテク産業の拠点として発展しているということなのだろう。一方で寛容性の低い都市、メンフィス、バッファロー、クリーブランド、ミルウォーキー、ニューオリンズなどは、クリエイティビティ・インデックスの低さときれいにリンクするかたちで、なんとなく停滞感が漂っている。
 あらゆる種類の人々を受け入れ、彼らに多種多様な生活環境を提供している。文化の多様性にたいして包容力がある。そうした国や地域でないと今後の発展は望めない。日本はどうだろう? 日本人が特別不寛容ってことはないと思うけど、外国出身住民の集中度や人種統合指数から見ると寛容性のインデックスはかなり低いだろう。するとクリエイティビティのほうでも苦戦を強いられることは間違いない。このままでは日本の将来は厳しい。極端な富の偏在を是正するためにも、そろそろ国をひらいて難民や移民を受け入れる必要があるんじゃないかな。

 そうこう言っているうちに着きました、アマゾン。といっても、どれが本社なのかわからない。現在もシアトル中心部に幾つものビルやタワーを建設中で、それらをまとめて「アマゾン村」などと言ったりもするようだ。さっそく探検してみよう。駐車スペースがないので、ボブは車で待っているという。
「サンクス・ボブ! じゃあ、ちょっと行ってきます」
 まずは「Amazon Go」へGo。なるほど、これがそれか。すばやく店内の写真を撮る。

アマゾン2

 さらにアマゾンの奥地へ潜入。おお、これがバイオスフィアか。温室のようなオフィスのような会議室のような。ベゾス氏はなかなか遊び心に溢れた人のようだ。ビジネスのやり方に余裕を感じる。最先端のビジネスを展開している会社の拠点なのに、とても風通しがいい。アップルの本社だって、もう少しかしこまっていた。オフィスビルは大学のキャンパスみたいに整然と建ち並び、セキュリティはかなり厳しかった。そこへいくとアマゾンはぐっとカジュアルだ。アップルを山の手とすると、アマゾンは下町。ベゾスって下町情緒の人なのかもしれないなあ。

アマゾン3

 スフィアの近くに噂のドッグランがある。犬を連れているのはおそらくアマゾンの社員だろう。「Amazon Go」で買い物をしていた人たちもそうだけれど、みんな服装がカジュアルだ。ネクタイにスーツ姿の人なんか一人も見かけない。ジーンズにTシャツみたいな感じの人が多い。靴にしてもスニーカーやサンダルが主流だ。ゆるいドレスコード、というより最初からコードがないのだろう。首からぶら下げているIDカードに目をとめなければ、アマゾンの社員かそうでないのかわからない。
 ぼくみたいな物見遊山の観光客がうろうろしても違和感がない。なんだか居心地がいい。なるほど、これが寛容性か。どんな人間でも、ここにいてOKなのだ。排除されることも疎外されることもない。トランプのアメリカなのに。こうやってクリエイティブな人たちが集まって来るんだなあ、犬を連れて。彼らは自分たちのことを労働者とは思っていないのかもしれない。そんなふうに見えない。むしろ芸術家か科学者か大学の先生か、そういう感じだ。

アマゾン4

 労働者というよりは表現者。ぼくたちは「労働」から「表現」への時代の変わり目を生きているのかもしれない。それは人々の暮らしのベクトルが「more」から「better」へ変わりつつあることとリンクしているはずだ。ぼくたちの多くはすでに何かにたいして「もっと」という欲求はもっていない。量的により多くのものを望むことはなくなっているのだ。むしろより良いもの、より質の高いものを望むようになっている。できれば自分たちの生そのものを、より良質なものにしたいと思っている。そのキーワードが、おそらく「労働」から「表現」へということになるだろう。
 う~ん、シアトル。まだ入り口なのに面白い。コンビニと温室とドッグランを見ただけなのに、こんなにカルチャーショックを受けてしまっていいのだろうか? あっ、師匠のことを忘れていた。師匠を忘れるなんて、とんでもない弟子だ。うっかり忘れられてしまう師匠はとってもカジュアル。そんな師弟の旅は、まだまだつづきます。