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片山恭一の毎日更新、いろんなはなしをします
今日のさけび

 近代以前の人たちのなかに、「未来」という観念はなかったかもしれない。経済は成長せずに単純再生産をつづける。人口もあまり増えず、世界は平衡状態のなかで永続していく。近代の幕開けとともに、生産は「増えるもの」と考えられるようになった。生産が増えれば当然消費も増える。消費が増えれば人々の生活は豊かになる。生活が豊かになれば人口が増える。増えた人口を維持するために、さらなる経済成長が必要になる。こうして成長をつづけてきた「近代」が行き詰まりを見せている。その一つの象徴がサブプライム・ローン問題だったと思う。サブプライム・ローンとは簡単に言えば、いま手元にないお金を未来から回収するシステムである。そのために住宅価格は上昇をつづけ、値上がりしたぶんを借金の返済にまわることができる、というふうに未来が偽装される。偽装の手段が証券化だった。

 だが、もともと未来とは偽装されたものではなかっただろうか。少なくとも近代の人たちが考えた無限に成長をつづける未来なるものは、危うい虚構の上に成り立っていたと言える。近代は「未来」という虚構が信じられた時代だった。信じるに足るものであるためには、経済が成長しつづけなければならない。ほんの数十年前まで、ぼくたちは「成長」という夢を見つづけてきた。その限界が、いまや誰の目にもはっきり見えはじめている。多くの人はもう経済成長を信じていない。かわりにテクノロジーやデータを信奉している。これが新しい世界宗教になろうとしている。データへの帰依を教義の中核とするこの宗教は、コンピュータ・アルゴリズムと遺伝子工学という二つのメイン・テクノロジーによって、人間そのものに、ぼくたちの心と身体に的を絞っている。

 最新の生命科学によれば、人間を含むすべての生き物はアルゴリズムである。人間の心と身体がアルゴリズムなら、これを外部のアルゴリズムによって操作させることになんの支障もない。効果的にモニターできる外部のアルゴリズムによって、ぼくたちは心と身体の健康を管理してもらうようになる。自己はそっくり数値化される。これがシンギュラリティによって人類がたどり着く未来だ。この未来をいかに迎え撃つか。迎え撃つほうにもシンギュラリティを起こす必要があるだろう。(2019.4.22)

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