なお、この星の上に(50)

20
 濃い霧のようなものが流れていた。その霧を手で払いながら進んだ。霧に覆われているため、目の前の景色ははっきりしない。森のなかを進んでいるみたいだった。ときどき近くに黒い樹影がぼんやり見えた。太陽は出ていないらしい。夜とも昼ともつかない森を歩きつづけていた。どこへ向かうともなく、ただ無心に歩きつづけた。
 霧は森のなかを渦巻くように流れている。近くに動くものの気配はない。動いているのは霧と、そのなかを歩いていく自分だけだった。音は完全に失われている。木々のざわめきも、森に潜む動物や鳥や虫の鳴き声も、沢の水音も、何も聞こえない。湿った落ち葉を踏む足音と、いくらか苦しげな呼吸音が聞こえているばかりだ。ここには匂いも色も音も何もない。まるで死後の世界だ、と健太郎は思った。
 不意に背中に冷気を感じた。足を止めて振り返ると、灰色の雲が背後から近づいてきている。彼は足を早めた。呑み込まれれば、さらに状況は悪くなる。
「コロサレタ、コロサレタ」
 霧が喋っている。それとも喋っているのは森の木々だろうか。
「コロセ、コロセ」
 声は霧のなかで響き合い、森のなかを木霊のように駆け巡った。
「どうして憎しみを撒き散らす」
 言葉は暗い闇のなかに吸い込まれて消えていった。健太郎は自分が長い沈黙に晒されている気がした。森は静まり返り、霧よりも深い闇に覆われている。すると突然、別の方角から一つの声が答えた。
「みんな悲しんでいるのが、おまえにはわからないのか」
 声は遠い闇の奥からやって来るようだった。人間以外のものが人間の言葉を喋っている。人間以外のもので人間の言葉を喋るのは神だ。いま自分は山の神と出会っているのかもしれない、と健太郎は思った。
「無用な詮索はやめて立ち去れ」声は彼の心のうちを読むように言った。「ここはおまえの来るところではない。ここに棲むものたちはおまえを必要としていない」
 霧の向こうで何ものかの気配がする。山に棲むものたちが集まってきている。みんなで自分を処罰する相談をしている気がして、全身の毛が逆立つような恐怖をおぼえた。
「なぜ、安らかに暮らすものたちの領分を侵す」声の主は詰問する口調で言った。
「なんのことだ」
 それには答えずに、
「恐ろしい人間」と声は言い放った。「本当に恐ろしいのは人間だ。人間だけだ。おまえたちの狂気はいつまでつづくのか。気違いどもが一人残らず死に絶えるまで、おまえたち人間が種として死に絶えるまで。その日は遠くない。だから森のなかに姿を潜めて待つことにしたのだ」
 あたりが深い闇に覆われていくのとは反対に、闇からの声はしだいに明瞭さを増していくようだった。
「知っているか」と声はつづけた。「人間が幸福だと思っているのは、人間だけだということを。他の動物たちは人間を恐れながら憐れんでいる。みんなわかっているのだ。人間が悪辣きわまりない生き物であることが。いかに冷酷に振舞う動物であるかということが。他の生き物にたいしてだけではなく自分たちにたいしても」
 闇のなかから彼を見ている目を感じた。無数の視線が自分に向けられている。
「おまえたちは何ものだ」闇に向けて言葉を投げた。
「もちろん動物たちも争う」声の主は無視してつづけた。「だが二匹の犬が争うとき、負けそうな犬が喉を見せれば相手は容赦する。そこで攻撃をやめる。ところが人間はどうだ。命乞いをしているものを平然と殺す。残虐にいたぶり殺す。だから掟が必要なのだろう。正義感などという愚劣な観念を必要とするのだろう。他の動物たちは、そんなものがなくても節度をわきまえている。人間だけが悪意や謀略をもって相手を攻撃する。あまりにも理不尽に、情け容赦なく自分の仲間を攻撃する。だから理由や証拠や正当化や権限といった小賢しい概念が必要なのだ。無闇に相手を攻撃しないように。この目で否というほど見てきたぞ。何ものかとたずねたな。おまえたちはなんにでも名前をつけたがる。名前のなかにそのものを閉じ込めてしまう。閉じ込められたもの同士がどうなるかわかるかわかっているのか。引き裂かれ、隔てられ、もはやともにあることができない。喰うか喰われるか、殺すか殺されるかのつながりに入り込んでしまう。愚かな人間たち。そうした人間たちの歴史を、隈なく見てきたものとでも言っておこうか」
 神のようなものだろうか、自分がいま対峙しているのは。
「正体の知れないものは、なんでも神にしてしまうのだな。神にしたり悪魔にしたり、おまえたちの気まぐれには驚かされる」
 どうしてこっちが考えていることがわかるのだろう。
「言っただろう、隈なく見てきたと」嘲るような声が返ってくる。「見たくないものもたくさん見てきた。見たくないものばかり見てきたと言ったほうがいいくらいだ。ずっと見てきたぞ、おまえたちのやることを」
 相手は息を継ぐように間を置いてから、
「知っているか」と再び言った。「人間だけが発狂することを。発狂するのは人間だけだ。他の動物はそんな無様なことはしない。なぜ人間は発狂するのか。恐ろしいからだ。人間は人間が恐ろしいのだ。自分の仲間や隣人が恐ろしくてたまらないのだ。恐怖から逃れるために発狂する。酒を飲み、崖から飛び降りる。憐れな人間たち。なんのために自分は死ぬのか、それさえもわからずにおまえたちは死んでいく。みんな知っているぞ、人間が日ごろしていることを。嘘をつくこと、交尾すること、死ぬこと、おまえたちにできるのはそれくらいだ」
 謂れのない非難を受けている気がした。なぜ自分だけが、こんな話を聞かされなければならないのか。健太郎は人間のために弁明したい気持ちになった。この得体の知れないやつから言われるままになっていることはない。
「人間は助け合い、分かち合うことを知っている」祖母のことを思い浮かべながら彼は言った。「困っている人を助けもする。求められなくても、たとえ相手が遠慮しても、そっと手を差し伸べる。見ず知らずの人に施しをする。それが人間だ」
「見ず知らずの相手を憎しみもなく殺すことができるのも人間くらいだろうな」声は冷ややかに答えた。「しかもおまえたちの世界では、そのことが公認され、奨励すらされている。いったいどうなっているのだ。人間がしでかす殺戮は、動物たちが生きるために他の動物を殺すのとは明らかに異なる。善も悪もわきまえたものたちが、そうした観念のもとに同じ種のものたちを殺す。言葉をもっていることが自慢のようだが、自分たちだけが善で他はみんな悪と思い込んでいるものたちにとって言葉がなんの役に立つ。正義や信が動物たちの糞ほどにも役に立つかどうか、真剣に考えてみるがいい。自分勝手な正義や信を掲げて殺し合うおまえたちにとっての正義や信とはなんなのか。憎しみもなくおまえを殺そうとしている相手に、いったいおまえはどんな言葉をかけるつもりなのか。言葉が通じないから鉄砲を撃ち合っているのだろう。いかなる言葉も役に立たず、無力なものと知っているから、爆弾を投げ合っているのだろう」
「違う。そうではない」健太郎はむきになって言った。「言葉が役に立たないとき、人間は笑顔を見せる。笑顔には言葉を超えて通じる意味がある。暴力や、混乱や、不安や、怒りがあっても、笑顔を見せれば争いは収まり、話し合いがはじまる」
「なるほど、おまえが暮らす小さな村のなかではそうかもしれぬ。だが村と村が争うときはどうか。山一つ超えただけで笑顔はただのおかしな顔に過ぎなくなる。そういうときに役に立つのは鍬や鎌だ。これが国同士になると鉄砲や爆弾になる。人間にとって人間とは、要するに自分たちのことなのだ。そして善も自分たちのなかにしかない。自分たち以外のものは悪であり、敵であり、せいぜいのところ石ころや土くれに過ぎない。食べ物や家畜と同様に扱ってしかるべきものだ」
 相手の言うことは理にかなっている気がしたけれど、言い負かされたとは思わなかった。非難したいなら非難すればいい、裁きたいなら裁けばいい。自分は人間の代表としてここにいるわけではない。もはや一言も言葉を発するつもりはなかった。
「戦で殺した同じ人間の顔さえおぼえていないおまえたちのことだ」暗い声はつづけた。「まして殺した動物のことなどおぼえてはいまい。人間は自分が殺した動物のことなどおぼえていない。だが人間に殺された動物は、その人間の顔を永遠に忘れることがない。いったいおまえたち人間は、一生のうちにどのくらいの動物を殺しているのか。毎日食べている牛や豚や鶏たちも含めれば大変な数になる。そうしたおびただしい動物たちによって、一人ひとりの人間が記憶されているのだ。おまえたちが殺したものたちの記憶に永遠にとどめられるのだ。恐ろしいことだと思わないか」
「動物だって動物を殺すじゃないか」思わず答えた。
「生きるために喰うのは自然の理だ」声は即座に返ってきた。「動物たちは、みんなこの理のなかにいる。善悪などという愚かな観念をつくり上げてしまった人間も、かつては自然の理を生きようとしていた。地上に生を受けた以上は、何ものたりとも潔白でも無垢でもありえない。そこに生きることの苦悩と悲哀を汲み取ろうとしていた。そのかぎりで人間たちは大きく自然の輪を外れることはなかった。本当に殺さねばならないときにだけ、生きていくために必要なときにだけ動物たちを狩り、祈った。なぜ祈るのか? 兄弟だからだ。家族だからだ。生きるために兄弟や家族を殺す。そんなふうに人間は、動物たちとの関係を考えていた。いまはどうだ? 正直なところ、昔はおまえたちの心が読めたが近ごろはわからなくなった。
 生きていくためにやむをえず動物を殺す、それは仕方のないことだ。ならば、せめてどのくらい必要としているのか、なんのために必要とするのか、動物たちの生命を奪う以上、そうした問いかけを自らに向かってなすべきではないか。それは本当に奪わなくてはならない生命なのか、どうしても必要なのか。違う! 断じて否だ。知っているか、手当たり次第に鹿を撃ち殺し、ほとんどは捨ててしまう連中がいることを。なぜそんなことをするのか。誰がいちばん大きな鹿を仕留めるかという競争をやっているからだ。人間の楽しみのために多くの動物が殺されている。酒を飲んで動物たちに銃を向けて撃つものまでいる。そのうち人を動物と間違えて撃つ者も出てくるだろう。馬鹿げている。まるで理解できぬことだ。鹿にも親がいて子どもがいることに思い至らないのか。動物たちにも家族があり、夫婦や親子や兄弟姉妹のつながりがある。おまえたちがそういうことをつづけているから、いまでは人間たち同士が狩り合うようになっているではないか。互いが兄弟であり、家族であることを忘れているのだ。それは人間と動物とが兄弟であり家族であることを忘れてしまったからだ。
 目をあけてよく見るがいい。この地球上で、いまや人間だけが除け者ではないか。おまえたちだけが輪の外にいる。たんに除け者で輪の外にいることを、自分たちがすぐれていることと思い違いしている。あまりにも無思慮で浅はかだ。もう少し成長して心を開き、われわれの輪のなかに入ってくるべきではないか」(イラスト RIN)