なお、この星の上に(47)

19
 山狩りの計画は綿密に立てられた。どの区域を狩るか。そこに本当に野犬が潜伏しているのか。何人かの猟師たちが山に入り、野犬たちの残した痕跡を調べることになった。足跡や糞、野犬たちが襲ったと思われる動物の死骸、さらには近隣の村々の被害状況などから、おおよその行動範囲が割り出された。燃料公社の人間や鉱山で働く人夫たちも交えて、何度か打ち合わせのための会合がもたれた。会合には野犬の習性に詳しい専門家たちも参加しているということだった。
 大掛かりなものになりそうだった。これほどの山狩りが行われたことはかつてなかった。大勢の男たちが集められた。ほとんどは近隣の農家の男たちだが、都会からやって来たハンターたちも混じっている。方法はイノシシ猟のときと同じだった。数名の猟師が犬を連れて山に入る。彼らの役目は勢子として野犬たちを追い立てることである。現れた犬を下で待ち構えた猟師たちが仕留めるという寸法だ。
 通常のイノシシ猟は獲物が潜んでいそうな山を一つに絞込み、それを取り囲むようにして行われる。参加するのは十数名の男たちと七、八頭の犬である。今回は幾つかの山を同時に攻めるため、集められた猟師たちは百人近くにのぼり、猟犬の数もそれに応じたものになっていた。山ごとに狩り組が編成され、リーダーが置かれた。それぞれの集合場所に猟師たちが集まったところで、狩りは一斉にはじめられることになっている。互いに連絡が取り合えるよう、リーダーたちは無線機を持たされていた。
 日曜日だったので、健太郎も父と一緒に様子を見に行くことにした。焚き火がたかれている集合場所には、すでに十人ほどの男たちが集まっていた。それぞれが単発や二連式の銃を持っている。大半は仕事着に地下足袋、脚絆に軍手という出で立ちだ。リュックのなかには弁当や鉈などが入っている。
 父が編入された狩り組には、仁多さんや岩男さんのほか、何人かの見知った顔があった。
「あんな派手な格好をしとっては、獲物はみんな逃げてしまうが」都会からやって来たらしいハンターの服装を見て、岩男さんが苦々しく言った。
 参加した者には日当が出ることになっている。さらに一頭仕留めるごとに報奨金が出るらしい。源さんは参加していなかった。源さんに鉄砲は似合わない、と健太郎は思った。意外だったのは新吾の次兄が加わっていることだった。簡単に挨拶をすると、
「武雄が一緒に行く言うて大変やった」次兄はいかにも困惑した声で打ち明けた。
「ずっとおるんですか」
「居着いてしもうてな。こっちも追い出すわけにはいかんし、いまでは自分の家みたいにして暮らしとる。まあ、いろんなことを手伝うてくれるけん、助かってもおるのやけどな」
 男たちの話していることが、健太郎の耳にも入ってきた。道すがら仕入れた情報を交換し合っているらしい。今日は山が静かだ、と誰かが言っていた。まるで山が死んでしまったようだ。耳を澄ましてみても、動いている気配が何も聞こえてこない。
「これは不吉やぞ。前にもこんなことがあった。中津川の五郎が流れ弾に当たったのも、やっぱりこんな日やった。みんな山が静かじゃと言い合いよった」
「あんときは熊と間違えられて撃たれたんやなかったかの」
「そんなことやったろう」
「なんが不吉なもんか」別の者が滅相もないという口ぶりで打ち消した。「風が通り過ぎて、お山の向こうへ走り去ったのよ。そういうときには山は静まるもんだ」
「そうかの」
「他になんかあるんか」
「口ではうまいこと言えん」
 健太郎の父は仁多さんや岩男さんと少し離れた場所で煙草を吸っていた。
「山の事故で誰かが怪我をしたり死んだりすれば、お山は静かなと感じられるもんよ」仁多さんが男たちの話していることにからめて言った。「それはお山が静かなんやのうて、わしらの気持ちのほうが静かになっとる」
 思い当たるところがあるのか、三人はしばらく黙って煙草を吸っていた。
「うまい具合に野犬を追うてくれるかの」岩男さんがふと思いついたように、勢子として放される犬たちのことに言葉を向けた。「なんぼ野犬いうても犬には違いない。連中にしてみれば身内みたいなもんやろう」
「わしもそのことは気にかかっとる」健太郎の父が引き取った。「両方が出てきたとき間違わんように野犬のほうを撃てるか、あんまり自信がないの」
「散弾ではどっちに当たるかわからん」岩男さんは自分が持っている銃に目をやった。
「かといってライフルですばしこい犬を撃てるかの」父がつなぐと、
「まあ、そのときはそのときよな」仁多さんが鷹揚に収めた。
 猟師たちが揃い、出発の時間が近づいていた。リーダーの男が無線で連絡をとっている。集まった男たちも、いまは口数が少なく、いくらか緊張している様子だった。その緊張が健太郎にも伝わってきた。にわかに軍隊が招集されたみたいだった。彼らは隊列を整えて出撃を待っている。戦がはじまるのだ、と健太郎は思った。誰もが残忍なような、それでいて少し怯えた目をしている。やがて出発の時間になった。流れ弾に当たったりして危険なので、ここから先は狩りの関係者以外は立ち入れないことになっている。
「じゃあ行ってくる」
 父は言葉を残して歩きはじめた。その後ろ姿を見送るかたちになった。十数人の男たちが鉄砲を担いで歩いていく。数日前に目にした光景が甦ってきた。隊列をなした兵士たちが草原を歩いていく。肩に鉄砲を担ぎ、鉄帽をかぶりゲートルを巻き、誰もが無言のまま歩いていく。「雲が平」とアツシは言った。どこにもない幻の草原が、いま男たちが向かっている先に広がっている気がした。平和で静かな死者たちの草原に、銃を担いだ男たちが足を踏み入れようとしている。
(イラスト RIN)