なお、この星の上に(30)

 翌日、学校が終わったあと、健太郎は昭の母親が入院している病院へ行ってみることにした。新吾や武雄は誘わなかった。なんとなく自分一人で行ったほうがいいような気がした。怪我の程度もわからない相手を見舞うことへの遠慮もあった。二人にはあとで様子を知らせればいい。
 病院は町役場と郵便局の近くにあった。受付で「内藤」という名前を告げると、すぐに病室を教えてくれた。身内の者とでも思われたのか、素性をたずねられることもない。母親が深刻な容態ではないらしいことに健太郎は安堵した。
 教えられた病室には迷わずに行き着いた。開け放たれたドアから室内が見えた。昭の母親はベッドの上で雑誌を広げていた。足を踏み入れる前に声をかけると、彼女は手元から顔を上げ、健太郎の姿を認めて一瞬驚いた表情になった。
「最上くん、だったわね」
 母親は自信なさそうに姓を口にした。健太郎が頷くと、
「お見舞いに来てくれたの」たずねる声に意外さをにじませた。
 顔に何箇所か火傷の痕らしいものがあったが、いずれもひどいものではなかった。間遠に話をつなぎながら、母親は火事の様子に言葉を向けた。最初は何が起こったのかわからなかった。煙で目があけていられないほど痛んだ。息もできない。庭に出ると頭から火の粉が降りかかってきた。そのときに顔に火傷をしたらしい。幸い火傷は軽かった。割れた窓ガラスで頭を切った。大量に出血したが、こちらもたいしたことはない。ただ煙を吸って肺を傷めている可能性があるので、しばらく入院しておいたほうがいいということになった。
「退院したところで、ゆっくり身体を休めることのできる家もないしね」と母親は言った。
「昭は大丈夫ですか」
「あの子はしっかりしたものでね。安全なところまで避難したあと、わたしのほうが動揺して泣き出してしまって。お母さん大丈夫だからといたわってくれましたよ」
 いかにも昭らしい、と健太郎は思った。そんな級友のことを誇らしく思った。いまは町はずれの研究所に父親と一緒にいるという。研究所といっても仮設の小さな建物だが、寝泊りできる部屋が付いており、二人はそこで自炊生活をしているらしい。少し落ち着いたら、新しい家を借りることになるだろう、と母親は言った。
「東京には戻らんのですね」健太郎がたずねると、
「それも考えたんだけど」と思案顔になった。「こっちに来て半年ほどでしょう。引越しをするのも面倒だしね」
 それきり静まって、母親は長いあいだ窓の外を見ていた。部屋のなかが急に薄暗くなったように感じられた。帰りの時間のこともあるので、暇を告げるつもりで腰を上げた。
「とにかく無事でよかったです」
「ありがとう」母親はあどけないように笑った。
 外に出ると、山並みがオレンジ色に染まりはじめていた。足取りを早めた途端、止まっていた時間が流れだした。帰路につきながら、昭のことなら大丈夫だ、と健太郎は思った。自分たちが心配するほどのことはない。新吾や武雄にはそう告げよう。
(イラスト RIN)