なお、この星の上に(25)

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 長い時間、男たちは難しい顔をして黙り込んでいた。家のなかはひっそりと静まり返っている。庭の動物たちまで息を潜めているみたいだった。卓を囲んでいるのは、仁多さん、岩男さん、源さん、健太郎の父という山参りのメンバーである。健太郎も父の横に坐っている。人たちの談義にあって気後れを感じないのは、やはり一緒に山に登ったせいかもしれない、と彼は思った。それぞれの前に揃いの湯呑が置かれていた。ときどき健太郎の母親が、湯呑の茶を差し替えに部屋に入ってきた。
「何年ぶりになるかの」口を開いたのは岩男さんだった。
「戦争が終わってからは、はじめてやないかの」仁多さんがおぼつかなげにつないだ。
「わしらが結婚したころに一度出たことがある」と健太郎の父が言った。「それ以来やないかの」
「するとかれこれ十五年になるか」
「こんなご時世に雨乞いを出すなど、町の連中が聞いたら嗤うやろうな」岩男さんが憂鬱そうな顔で言った。
「なんぼ嗤われても、雨には降ってもらわねばの」仁多さんが控えめに返した。「こう日照りがつづいては、作物がみんないけんなってしまう」
 男たちは再び押し黙った。岩男さんが町の人々を嫌うのには理由があった。彼のところは代々が農家で、祖父も父も隣町に下肥を汲みに行っていた。汲ませてもらう家には、大根やネギなどの野菜を置いてくる。肥樽の載せたリヤカーを牛に牽かせて、父親が朝早く家を出る姿を岩男さんはおぼえているという。週に何度も出かけていた。町の中学に通うようになってから、肥引きの子ということでからかわれたことがあったらしい。そんな体験から、いまでも岩男さんは町の人たちを快く思っていない。父親たちの世代までは、村に暮らす人たちの多くが似たような体験をもっていた。
 静まり返った部屋のなか、源さんが大きな屁をした。
「こら」岩男さんが顔の前を手で払いながら、「外でせんか」と言った。
「そんなことしよったら、屁が引っ込んでしまう」源さんは空とぼけたように言った。
「そんならする前に、するぞと言え」
 おかげで場の雰囲気が少し和んだ。
「とにかく若い衆を集めて、お水をいただいてくる者を決めねばならんな」と仁多さんが言った。
「雨乞い場の作り方やら、もう誰も知らんのやないかの」岩男さんが心もとなげにつないだ。
「そう言えば、わしも子どものころに見たきりだわ」仁多さんが引き取った。「川原に竹を立てて、しめ縄を張りよったのはおぼえとるが」
「うちのおやじさんに聞いてみよう」健太郎の父が言った。「お水をいただいてきた若い衆らにも、雨乞いのやり方を伝授せねばならん」
「わしは知っとるで」源さんが得意げに言葉を挟んだ。「褌一張で川に入って六根清浄を唱えながら水を掛け合うのよ」
「もっと細かなきまりもあるでな」と父が言った。
 こうした寄り合いに源さんが加えられるのはなぜだろう、と健太郎は不思議に思うことがあった。何か建設的な意見を述べるわけではない。むしろ議論を先に進める上では、ほとんど役に立たないと言ったほうがいいくらいだ。しかし大人たちが源さんを寄り合いの席から外すことはなかった。役に立たないことは承知で仲間に加えられている。からかったり悪意のない冗談を言ったりしながらも、みんな彼が同席することを望んでいるように見える。その源さんがさりげない口調で、
「雨乞いを出しても、わしは雨が降らんと思うな」と言った。
「めったなことを言うもんやない」岩男さんが真顔で咎めた。「山の神さんが聞いとったら気を悪うされるが」
「源さんよ、雨乞いを出すことがきまった以上は、縁起の悪いことを言うてもろうては困るぞ」仁多さんが穏やかに釘を刺した。
「わしはなんも言わんよ」源さんは澄まして答えた。
 近いうちに雨乞いを出すことで、大人たちの話はまとまりつつあった。できるだけ早いほうがいい。一日も早く雨に降ってもらわなければならない。雨乞いの儀式を復活させるのは悪いことではない。町の者たちが言うことは気にかけずにおこう。村には村の事情がある。いまは時代錯誤と見られても、後々振り返れば、あのとき雨乞いを出して良かったということになるだろう。少なくとも、村の人々の気持ちを結束させる契機にはなるはずだ。そんなことを男たちは言い合った。
 雨乞いに出るのは二十歳そこそこの若者だった。自分たちもいずれ雨乞いのためにお山へ登るかもしれない、と健太郎は思った。いつもの四人が頭に浮かんだ。権現滝で汲んだ水を一滴もこぼさず、夕暮れまでに村へ持ち帰る。今回、雨乞いに出る若い衆は、古来のしきたりに則って滝の上から石を投げ入れるのだろうか。滝壺に棲んでいる龍を怒らせて雨を降らせるなどという言い伝えを、健太郎は信じる気になれない。そんなことに思いをめぐらせていると、この場に自分のいることがちぐはぐにも感じられた。
(イラスト RIN)