なお、この星の上に(25)

25
 久しぶりの帰郷には通夜か葬式の気分が伴った。故郷といっても、帰る家もなければ存命の者もいない。十年ほど前に父が亡くなったあと、一人になった母を呼び寄せて夫婦で面倒をみていた。その母も数年前に施設で亡くなっている。
 報せは四十九日を過ぎてから届いた。そのとき豊とは電話で少し話をした。いずれ墓参りに行くつもりだと告げて半年が経つ。仕事に手が塞がっていたわけではない。長年勤めた大学を六十五歳で定年となり、さらに請われて五年勤めた。七十になって、さすがに潮時と教職を退いた。以後は、専門と趣味の本を気の向くままに読み漁りながら、小さな研究グループが出している雑誌に短い論文を書いたりしている。
 年に一度は夫婦で海外へ行く。還暦を迎えたときに、社会主義経済を専門に研究してきた者として、旧社会主義国の現状をひととおり見ておきたいと思い立った。十日前後の旅行で数ヵ国ずつまわり、最後に残っていたチトーの国へも今年の三月に出かけた。帰国すると、懸案の仕事が片付いたような気持ちになった。安堵と虚脱ともつかない軽い放心状態のなかで、亡くなった友の墓参りが済んでいないことに思い至った。
 最寄りの駅まで豊が車で迎えに来てくれた。助手席から降りてきた武雄と三人、その場で再会の挨拶を交わした。後部座席に健太郎と荷物を乗せて車は動き出した。
「急なことやったのか」健太郎は亡くなるまでの経緯に話を向けた。
 事情に詳しい豊が、車を運転しながら説明した。予後が悪いことで知られる癌が見つかったときには、すでに末期で複数の転移があった。手術をする時期は過ぎていた。抗癌剤治療を勧められ、受けなければ余命六ヵ月と言われた。治療をはじめると手足に痺れや痛みが出た。思った以上に苦しい治療なので、最初の一クールで薬はやめて、以後は対症療法だけにしてもらった。結果的に余命宣告を受けてから一年ほど生き、最後はそれほど苦しまずに亡くなったという。
「若くもないのに進行が早くてな。まあ、それだけ肉体的に若かったのやろう。抗癌剤がきついとは言っていたが、辛そうな顔は見せんやった」
「ちっとも知らんかった」応じる声が虚ろになる。
「知らせようとも思うたのやが、遠いとこから来てもろうたところでなあ」豊は言葉を濁した。
 窓の外の景色は、すっかり馴染みのないものになっている。山が削られ立派な道路が造られていた。沿道には何軒かの蕎麦屋のほか、小洒落たイタリアンやベイカリーなども見えた。このあたりの美しい自然と里山のことがテレビなどで取り上げられ、県外からも観光客が訪れるようになっているという。
 村には民宿なども何軒かできているらしかったが、今夜は武雄の家に泊めてもらうことになっている。部屋も布団もいくらでもあるということなので、夜はゆっくり酒を飲み、そのまま豊と二人で泊まるという段取りだった。
「独り身のくせに大きな家を建ててなあ」豊が武雄の住まいのことを言った。「一人で住むにはもったいない。嫁さんぐらいもらえと、わしも新吾も言いよったのやが、こいつも強情やけんね」
 本人は反論もせずに豊の話を聞いている。健太郎のところからは顔の表情はわからないが、ゆったりと身体をシートに預けている様子からすると、これまでもさんざん言われてきたことなのだろう。
「しかし七十にもなったら、さすがに嫁さんの世話もできん。新吾も心残りやったろう」
「大きな世話じゃと昔から言うとる」当人は面倒くさそうに払った。
「武雄は最近ちょっとした有名人なんよ」豊は話題を変えてつないだ。「木工の玩具を作り、あちこちの小学校や幼稚園に寄贈しよるのが評判になってな」
 こんなに饒舌なやつだったろうか、と健太郎は豊にたいして新しい印象をもちながら、
「昔から手先が器用だったからな」と合わせた。「えらく凝ったゴム管を作ったこともあったな」
「そのわりには当たらんかった」と豊が言った。「とにかく今夜は昔話をしながら新吾を偲んでゆっくり飲もう」

 霊園は日当たりのいい山の斜面にあった。最近になって造成されたものらしく、広い駐車場があり、霊園の入口に建つ管理棟には法要室や会食室、冷暖房完備の休憩所などが設けられている。ゆるやかに上る遊歩道を歩いていくと、いかにも切り出されたばかりといったたたずまいの墓石が新興住宅地のように並んでいる。
「背中合わせの墓所がないというのが売り物らしい」豊が説明した。「みんな南の方角を向いとるやろう」
 そう言われると、なだらかに連なる山並みを背にして、墓は前方に開けた街を見下ろすようにして建っている。
「なんやら運動会で整列させられとるみたいやの」武雄が興ざめした声で言った。
 新吾の墓はなかなか見つからなかった。霊園は幾つかの区画に分かれており、それぞれの区画は樹木で仕切られている。
「村の墓はいまどうなっとるんかの」健太郎は土地の言葉でたずねた。
「藪になっとるんやないかの」豊が素っ気なく答えた。「村の者らはみんなこっちの新しい霊園に墓を移しとる。健太郎のとこは、墓はどうしとる」
「だいぶ前に近場の霊園に移した」
「そうやろうな」豊は納得したように頷いた。「歳をとったらなんでも便利なのがええよ」
 いつか村の墓地で清美と出会ったことがある。雑木林が色づきはじめる秋の日だった。ぼんやりしていると、不意に彼女は現れた。何を話したのかおぼえていない。ただ視線を交わしたことだけが、健太郎のなかに鮮明な記憶をとどめていた。長い時間、彼女の瞳を覗き込んでいた気もするが、中学生のことだからそれほど大胆なことはできなかったはずだ。
 しばらく探しまわって、ようやく墓は見つかった。他のものと同じように、新吾の家の墓石も新しかった。豊が用意してきた花と線香を供え、三人が順番にお参りした。さすがに歳を重ねると合掌の所作なども堂に入ってくるものだ、と健太郎は感心したように二人を眺めた。
「新吾のとこは息子が二人おって、どっちもよおできた子らでな」豊がたずられもしないことを話していた。「最期まで交代で父親の世話をしていたらしいよ。息子たちが髭を剃ってくれると嬉しそうに言っていた」
 その口ぶりが蘇るようで、健太郎は胸のあたりが息苦しくなった。いまの時代としてはいくらか若いとはいえ、不自然なほど早い享年ではない。この歳になれば何があってもおかしくはない、と頭ではわかっていても、やはり旧い友だちの死は気持ちの奥底に堪えるものだった。同期の友人の死もはじめての体験というわけではないのに、いかにも身近な者を亡くしたような喪失感をおぼえている。
「この墓も息子らが建てたのよ」豊は新吾の家の事情について話しつづけた。「しっかり者の息子らが跡を継いでくれて、新吾も安心してあの世へ行けたのやないかな」
「会社をやっとったのやろう。建築関係と聞いた気がするが」健太郎が話を向けると、
「小さいながら人を使ってな、一人で切り盛りしよった」そう言って、豊は開けた街のほうへ遠い眼差しを向けた。「難しい時期もあったみたいで、金策に駆けまわっているという噂は、わしらの耳にも入ってきたのやが、頼みに来たことは一度もなかったな」
「金がないことがわかっとんたんやろう」武雄が横から口を挟むと、
「そうかもしれん」と軽く受けて、豊はどこか神妙な顔でつづけた。「ときどき酒場で会うことがあった。あいつは暗い顔をして飲んどったよ。ところがこっちに気づくと、何事もなかったみたいな顔をして話しかけてきてな」
「新吾らしい」健太郎は思わずそう言った。
「銀行や商売相手には頭は下げても、友だちに頭を下げるのは嫌やったのやろうかな」豊は無難に受けた。「大きな借金ではなかったと思うよ。会社も大きくはなかったし」
 新吾とは最近まで年賀状のやり取りをしてきた。電話で話したことも何度かある。しかし最後に会ったときのことが思い出せなかった。
「いまはうまく行っとるのやろう」新吾の会社のことに話をつなぐと、
「結局、一人で乗り切ったみたいやった」豊は淡白な口ぶりで受けた。「子どもらにはあんな綱渡りみたいなことはさせとうないと、だいぶ落ち着いてからのことやろうけど、そんなことを言いよった。毎年の同窓会にもかならず顔を出してな、仕事の話はせんと、なに食わぬ顔で昔の話やらしよった。あとから思うと、大変なときやったはずなのやが」そこで言葉をおいて、「還暦のときは、おまえ帰ってきたんやったかな」とたずねた。
「いや、帰っとらん」健太郎は答えた。
「そうか」
 両親が健在だったころには、家族を連れての帰省の折などに、小学校や中学校の同窓会にも何度か出席したことがある。とくに二人の息子たちが小さいうちは、彼らの夏休みに合わせてよく帰省していた。すでに過疎化が顕著になっており、村は年を追って活気を失っていった。「箱物」と言われる立派な施設ばかりが目につくようになっていたころでもあった。村のあちこちに「国はただちにエラン廃土を撤去せよ」といった看板が立っていた。エラン鉱石の廃土が村のなかに山積みになっており、その処理をめぐって住民運動が起こっているらしかった。
 発見当初は騒がれた夢の鉱石も、精錬して採算がとれるほどの含有率はなく、海外のものに比べると質量ともにまったく問題にならないことが明らかになった。国の政策も、高品質の鉱石を外国から輸入するという方向へ定まったことから、村の鉱山は廃坑に追い込まれた。かつて昭の父親が研究所の開設を準備していたところには、環境技術センターのようなものができていた。一度、子どもたちと見学に行ったことがある。訪れる人もなく閑散としているセンターのなかには、着色剤に鉱石を使用したという蛍光を発するガラス工芸品などが展示されており、幼い子らはそれなりに面白がっていたものだった。
「そろそろ行くか」豊が帰り支度をしながら言った。
 あれは高校の同窓会だっただろうか、と健太郎は遠い記憶を手繰った。清美と再会して話をしたことがある。あのころは年末年始の帰省の時期に合わせて同窓会が開かれていた。彼女と会うのは、高校を卒業して以来だったはずだ。すでに結婚して姓が変わっていた。子どももいるということだった。村で暮らしている彼女は、その変貌の様子などを話したあとで、健太郎に東京での仕事のことなどをたずねていた。
「うちもしばらく東京に出とったことがあるんよ」と彼女は言った。「すぐに帰ってきてしもうたけどね。地面が息しよらん気がしたんよ。高いビルばっかりで、地面はコンクリートやろう。どうやって息するのやろう思うて、うちまで息ができんような気になってしもうた。あんなにコンクリートで塗り固めてしもうたら、死んだ人はどこへ行くんやろう。どこへも行かれんし、帰ってくることもできん。草葉の蔭とか草の露とか言うやろう。草も生えんような都会では、死んだ人はどうなるんかなと思うてね」
 清美は小さく笑ったようだった。やがて口調をあらため、
「そんなことを考えよったら、ここではよう暮らしていかんという気持ちになった」と言葉を収めた。
 二人で窓辺に立って外を見ていた。おそらく宴会が開かれている広間を出た廊下あたりだったのだろう。やがて雪が降りはじめた。
「積もるかな」彼が言うと、
「積もるやろうね」清美は当然のように答えた。
 雪はしだいに本格的な降り方になってくるようだった。帰りの道路の心配をしなければならないと思った。宴会はつづいていた。やけに静かだった。廊下には誰も出てこない。前にもこんなことがあった気がした。二人で並んで雪を眺めていた。それが本当の記憶だったのかどうか定かではなかった。雪の下に埋もれてしまえば、あったこともなかったことも同じだ、と彼は思った。このまま降りつづいて、何もかも覆い尽くしてもらいたかった。村を離れてこの方、変わったことすべてを。自分たちがそれぞれに結婚し、家庭をもち、いまは別の道を歩いていることを……。人間たちのたてる物音を消していくように、雪は降りつづいた。

 午後の遅くには武雄の家に着いた。広大な農地の隅にぽつんと家は建っている。北海道あたりの大規模農家みたいだった。村の高齢化が進み、人が少なくなっていくにつれて、耕作を放棄された土地は増えていった。そうした遊休農地の維持管理を引き受けているうちに、面倒を見なければならない土地は五ヘクタールを超えていた。ほとんどは水田だったが、手のかかる稲作を一人で五ヘクタールというのは無理なので、いまは一部分だけを畑にして、有機農法で主にブロッコリを作っているという。
「青汁用の粉にしてインターネットで販売しておってな、なかなか評判がええらしい」豊が説明した。
 武雄とインターネットという組み合わせがイメージとしてなんとなく合わない気がして、健太郎には面白かった。
「子どものころにはブロッコリという野菜の名前さえ知らなかったのにな」今浦島の気分で言うと、
「シカやイノシシの対策が面倒なんで手広くはしとらんが、わし一人が暮らしていくぶんにはこれで充分なのよ」武雄は現実的な話をした。
 そう言われてみると、野菜をつくっている畑は網で囲って獣が入れないようにしてある。
「わしはカネはいらんのよ」武雄は言った。「もともとカネのかからん暮らしをしとるけん。無理して儲けるよりも楽なのがええ」
「七十三にもなって、一人でよおやっとるよ」感心するというよりは呆れた口ぶりで豊が言った。
「できれば若い人を入れて水田を復活させたいと思うが、なかなかええ人が見つからん」まるで息子の嫁でも探すような口ぶりで言って、武雄は広い農地に目を向けた。
 その夜は武雄の手料理で懐かしい味が並んだ。ゼンマイの油炒めや筍の煮付けなどは、子どものころから馴染みの料理だった。山菜の天ぷらは街で食べるものよりも香りが強かった。
「あとで豚を喰わせる」
 武雄が飼っている自慢の豚らしかった。二十軒ほどの都会のレストランに卸しているという。
「土を踏んで育つから筋肉がつく。おまけにノンストレスで味がええ」酒の入った武雄は昼間に比べて饒舌だった。「普通の豚は高校生くらいで肉にされてしまう。豚舎の飼育環境は県が定めておって、一頭あたり○・八から一・二平方メートル。しかもコンクリートの上ばかりで草を食べたことがない。豚舎で育った豚で体重が百五十キロを超えたものは、ストレスで肉が不味くなって喰えたもんやない。それで半年ちょっとで出荷してしまうのやが、わしのとこは一年三ヵ月から一年半で出荷する。成人の豚やけん味もしっかりしとる」
 その自慢の豚は塩と胡椒で焼いただけのシンプルな料理として出てきた。たしかにこれまでに食べたどんな豚よりも味がいいと健太郎は思った。
「キロ三千円からの値段が付くらしいで」豊が言うと、
「東京あたりのレストランじゃあ、とんでもない値段になっとるぞ」武雄も上機嫌にかぶせた。
 さらに三人は酒を飲みつづけ、一升入りの焼酎が半分ほどになったころには、三人が三人ともいくらか感傷的な気分になっていた。
「どうも戒名というのは馴染まんな」豊がいくらか酔った口調で言った。「とくに昔の友だちが戒名になってしまうとヘンな気がする」
 墓に立ててあった卒塔婆を健太郎は思い浮かべた。享年七十二となっていた。
「あんなものは坊主の趣味じゃ」武雄が乱暴に言った。
「まあそうやろうけど、新吾がわしらの手の届かんとこへ行ってしまったみたいでな」
「そういえば武雄は、しばらく新吾の兄貴のところに世話になっていたな」健太郎はしんみりしかけた話を転調するように言った。「あの人はどうしとるんやろう」
「衛さんか? もうとっくに亡くなっとるが」武雄は呆れたように言った。「だいぶ若いころやった。事故でな」
「そうか」健太郎には初耳だった。「ブラジルへ行くとか言っていたな」
「結局、地元の建築会社に入って、ダムを造っているときに発破の事故に巻き込まれた」武雄はすっかり固まった過去のことを話す口ぶりで説明した。「ブルドーザーの扱いがうまかったらしい。人の二倍くらい仕事が早いので、重宝がられとるいう話を新吾から聞いたことがある」
「そういう人にかぎって早死にするな」豊の口調はすっかり哀愁に染まっている。
「四人で泊めてもらったことがあったな」健太郎が記憶を手繰ると、
「吉右衛門爺さんの捜索に行ったときやろ」豊は口調をあらためて喰いついた。「あのとき健太郎は爺さんに会うた言いよったな」
「うん、会うた」
「本当に会うたのか」
「さあ、どうやったかな」
「なんじゃ、それは」
 健太郎はいくらか酔いのまわった頭で吉右衛門爺さんのことを考えた。あのとき出会ったのは、たしかに吉右衛門爺さんだった。他の者ではありえない。その一方で、自分の体験したことが夢のようにも思えた。子どものころに聞かされた民話かおとぎばなしのような気もした。いまでもありありと浮かぶ情景は、いかにも非現実的で幻想的な色合いを帯びていた。
「実際に吉右衛門爺さんがおるかどうかは、重要ではなかったのかもしれんな」健太郎は折り合いをつけるように言った。「夢であれ幻であれ、どこかに爺さんが棲んどる。永遠に生きつづけて、山の奥深くで猟をつづけとる。吉右衛門爺さんという名前の、強い力を備えた者がおる。そのことにわしらは励まされとったんやないかな」
「なるほどなあ」豊が調子のいい合いの手を入れた。
「ときどき爺さんのことを思い出すことがあったよ」独語めいた口調でつづけた。「山のどこかに吉右衛門爺さんが棲んどると思うと、なんとなく元気が出てくる気がした」
「まあ、そういうことかもしれんね」豊は切り上げるように言った。「もう六十年も昔のことになるのやな。ついこないだのことみたいやが。ゴム管を持って山へ行っとったのが昨日のことみたいに思える」
 健太郎は亡くなった父と母のことを考えた。二人とも死んでいるが、いなくなったという気はしない。森に暮らしているのではないかと思うことがある。おかしなものだ。その森に怯えていたころがある。心の奥に広がる暗い森に得体の知れないものが棲んでいると思った。何か邪悪なものが棲んでいる気がした。強迫観念めいたものにとらわれていた。いまでは遠い昔のことになっている。思い起こしても迫ってくるものはない。
「そういえば昭が来とったよ」失念していたことを思い出したように豊が言った。
「内藤か」健太郎は思いがけない名前を聞いた気がした。
「新吾の葬式のとき」豊は呂律の怪しくなった口調でつづけた。「誰かが知らせたのやろうな。なんやら颯爽と焼香して、遺族に一礼すると慌ただしく帰っていった。足取りも若々しくてなあ」
「話はしなかったのか」
「わしとはせんかった」そのことを心外とも思っていない口ぶりで言った。「長いこと外国におったらしい。大手の商社に入ってな、退職したときはかなり上の役職に就いとったのやないかな」
「住まいは東京か」
「さあな。たぶんそうやろう」
 話はそれきりになった。旧い友だちの話になると生死の境目が曖昧になる。そのことを健太郎は不思議に思った。生も死も淡い生のうちにあるように思える。
「今日行った墓地にも、冬になったら雪が降るんやな」豊が文脈のわからないことを口にした。
「なんの話か」武雄が怪訝そうに言った。
「雪が降ったら、墓は雪の下になるのやな」豊は構わずに間延びした声でつづけた。「雨が降ったら濡れるのやな。そのあいだ新吾はずっと土の下におるのやな」
「何を言いよるんかの、こいつは」言葉のわりには親身に武雄は言った。「酔うたんか」
「そうかもしれん」豊かは素直に認めた。「死んだ新吾には悪いが、わしらはおまえを肴にしてええ気分で酔っ払っとるよ」

 翌朝、健太郎が目を覚ましたとき、同じ部屋に豊は寝ていたが、すでに武雄の姿はなかった。探すともなく外に出てみると、広々とした耕地のなかにいた。どうやら豚の世話をしているらしい。
「これが終わったら朝飯にするからな」近づいてくる健太郎に気づいて武雄は言った。
 七十を過ぎても武雄はアスリートのような体つきをしている。年相応の豊に比べると十歳ほどは若く見える。
「昨日はよく飲んだな」と彼は言った。「二日酔いはせんかったか」
「ちょっと残っとる」
「豊はまだ寝とるんか」
 頷いて武雄の横に立った。
「一日に何回ぐらいやるんか」餌をもらうために柵のところに集まってきている数頭の豚を見ながらたずねた。
「きまっとらん」武雄は素っ気なく答えた。「暇なときにやる」
「そんないい加減な飼い方で高級な肉になるのか」健太郎が笑いながら言うと、
「自然のなかで生きとる動物は、餌を食べる時間も回数もいい加減なもんよ」武雄はもっともなことを言った。「人間みたいに朝昼晩ときまった時間に食べとる動物などおらん。台風でも来れば二日も三日も食べられんこともある。それが普通だ」
「なるほど」
「豚を飼いはじめたのも自分が楽をするためだ」そう言って、武雄はちょっと曰くありげな顔つきをした。「七十にもなって草刈りなどしたくないからな。それで豚を放し飼いにして草を食べてもらうことにした。楽をするために飼っとる豚やけん、餌もこっちの都合でやりよるわけよ」
 一つの囲いに三頭ほど入れて、草を食べ終えたころに隣へ移す。すると休ませておいた地面の草がいい具合に伸びている。そうやって三つの囲いのなかを順繰りに移していくのだという。
「贅沢な飼い方をしているわけだな」
「臭いがせんやろう」
 そう言われれば、たしかに豚の糞尿などの臭いがしない。
「臭いがせん、ハエが出んというのを飼育基準にしとる。飼育環境を良くれば病気も防げる。養豚の先進モデルといったところやな」まんざら冗談でもない口ぶりだった。
「何頭ぐらい飼ってるの」
「何頭おるかな」武雄は頭のなかで計算するような素振りをして、「月に平均して一・五頭ほど出荷しよる」と別の答え方をした。「出荷した頭数だけ、また新しい豚を入れる。生後二、三ヵ月の子豚を買うてきてな、最初の三日間はかならず絶食させる」
 健太郎は興味深そうに耳を傾ける構えをとった。
「子豚は生まれたときからコンクリートの上で、与えられる餌を与えられるだけ食べて、草などは食べたことがないわけよ」武雄は説明をはじめた。「三日も絶食させとったら、連中は腹を空かせて食べ物を探しまわる。配合飼料しか食べたことのなかった子豚が、地面に生えとる草も食べるし、土を掘り返して木の根っこみたいなものも食べる。こんなもんも食べられるのか、と学習していくわけやな。土のなかにおるバクテリアも自然と腸のなかに取り込んで便が良くなる。そのころから通常の餌を三分の一、二分の一というふうに少しずつ与えていくわけよ」
「たしかに先進モデルかもしれんな」健太郎は感心して言った。
「豚も人間も自然なのがいちばんええ」と武雄は言った。
 少しあたりを歩いてみることにした。朝の農場は長閑で清浄な空気に包まれている。実家で牛を飼っていたころのことを思い出した。毎朝の乳搾りが日課だった。あの勤勉は少年が、いまの自分と結びつかない。新緑が芽吹く季節になっていた。背の高い落葉樹が白っぽい花をつけており、その匂いが薫ってくる。ほんのひと月ほど前には、すさまじい民族紛争の舞台にいた。もう何年も前のことに思える。現実ではなかったような気がしてくる。
 添乗員の付いた通常の旅行会社のツアーで、参加者は男女合わせて十人ほどだった。世界のあちこちに出かけて、もう行くところがなくなったという人が多かった。男も女ともほとんどが一人で参加していた。ターキッシュ・エアラインでアンカラから現地入りし、最初に訪れたサラエボは表面的には美しく平穏な街だったが、ベオグラードあたりへ行くと戦乱のあとが色濃く残っていた。美術館や博物館は閉鎖されたままで、街のあちこちで国連の兵士が警備に当たっていた。コソボのスナイパー・ストリートは、こんな至近距離から双方が撃ち合ったのかと思わせるような幅四、五メートルの小さな通りだった。建物の壁には、いまも無数の銃弾の痕が残っていた。
 心が身に添わないような足取りで歩いていくうちに、遠い日の情景が蘇ってきた。四人で山へ行ったときのことだ。武雄は特性のゴム管を作ってきていた。その日は結局、一匹の獲物も捕れないまま、歩き疲れた四人は日当たりのいい暖かな草原に寝転がった。空にはやわらかな光が溢れていた。風が顔の上を吹き渡っていった。健太郎は自分が大人になったときのことを想像してみた。何十年も経ってから再び草原にやって来る。同じ場所に寝転ぶと、何もかもが同じ姿で甦ってくる。目を閉じれば、いまの自分たちの姿を見ることができる。太陽の日差しの暖かさや、鼻先をかすめていく風の匂いを感じることができる。そんなことを思った。
 いまから振り返ると、生涯にただ一度の至福の時だった気がする。半世紀以上にもわたって降り積もった記憶の多くは、前後関係がおかしくなっていたり、遠近のほうも怪しくなって、どれも先年のことに思えたりする。幾つもの記憶が折り重なったり、同じ距離感で並んでいたりする。本当にあったことなのか、ありもしないことをあったと思い込んでいるのかもわからなくなる。だが六十年近く前の浅い春の日に、たしかにそんなことを思った。
 新吾、あれから長い年月が流れた。村は変わった。すっかり馴染みのないところになってしまった。こっちが歳をとったせいだろうか。目にするものが、どれもどぎつく軽薄で安っぽくなったように感じられる。旧社会主義国の落ちぶれ方も尋常ではないが、この国の荒廃の仕方もまともではない。多くのものがなくなった。おまえも含めて、大切な人たちが世を去った。世界も変わった。若いころに憧れた国は、ほとんどが地球上から消え去った。国がなくなっても人は生きつづけている。生き延びるために殺し合いもする。本当に際限もないくらいに殺し合うものなのだな。その痕跡をこの目で見てきた。至近距離で同じ人間同士が銃を撃ち合った通りが、自分のなかにあるのを感じる。狙撃通りと呼ばれる道の隣には、だが新吾、おまえとともにいた野山がある。ともに駆けた草原があり、ともに泳いだ川がある。いまもありつづけている。何も失われていない。
 亡くなった祖母がよく言っていた。魂が美しい人間になりなさい。魂の戻るところが必要だとも言っていた。現世とあの世のあいだにあるもの、そういう場所を見つけなさいということだったのだろう。おばあちゃんにはあるの、とたずねると、ある、と答えた。それはどこかと重ねてたずねると、教えられないと言った。一人ひとりの秘密の場所だから、誰かに教えてはいけないということだったのだろう。だが教えられなくても、探さなくとも、知っていたような気がする。魂が戻る場所を。そこにずっといた気がする。その場所は、ここにある。おれのなかに、小さな日溜まりのようにしてありつづけている。そこには新吾、おまえもいるのだろう?
 それから遠い星の光が届くようにして、「アツシ」という名前がやって来た。青白く光る草原を二匹の野犬として、ともに駆けた日のことを思い出した。本当にあったことなのか、ありもしないことをあったと思い込んでいるのかわからない。現にあったかどうかは、どうでもいいことのような気がした。いま真実と感じられる。その真実のなかに自分はいる。はるばるとした時間のなかで、野犬は二つで一つのものだった。足は休みなく地面を蹴り、二つで一つのものは草原を駆けつづける。途切れることのないメロディのように。柔らかな爪で音符を刻みつづけている。日差しが弾ける。草花が匂い立つ。空が草原にばらまかれている。その草原が、いまも自分のなかに広がっている。そんな世界から、自分はやって来たものである気がした。

 武雄の家を出たのは昼前だった。途中で昼飯を食べていくことにした。「美味い蕎麦屋がある」と言って、豊は意向も聞かずに車を向けた。
「なんもわからんようになっとるけん、びっくりしたらいけんぞ」車のなかで彼は言った。
 健太郎はただ頷くだけで言葉は返さなかった。そういえば、こいつも気があったのだなあ、と遠い日の面影を手繰った。新吾が亡くなったという電話をもらったときに、清美の病気についても知らされていた。「認知症」という言葉を豊は使った。あの清美が、という言葉を呑み込んで、それ以上はたずねなかった。理不尽な気持ちに傾きかけるが、若年の患者も多くいる病気らしいからと自らを宥めた。新吾の死にしても、身内の不幸はおしなべて時期尚早と感じられるものなのかもしれない。
 新吾の墓参りを先送りにしてきたのは、清美という現実に直面することを避けるためでもあった。ある意味、新吾の死以上に堪えることだったし、うまく受け止める自信もない。帰るからには、ひと目でも会いたいという気持ちはあった。どちらともきめかねたまま来てしまった、というのが本当のところだった。しかし昨日、新吾の墓参りを済ませ、残された者たちで酒を飲み、今朝、武雄の農場を散歩しているうちに気持ちは定まった。
「会えるかな」朝飯のときに口数少なくたずねると、
「連れて行ってやる」豊も最小限の言葉を返した。
 武雄は農場の仕事があるので残り、二人で出かけることになった。息子夫婦と親交のあるらしい豊が、道すがらこれまでの経緯をかいつまんで説明した。五年ほど前に連れ合いを亡くしたころから症状は現れはじめたという。最初に息子の嫁が義母の物忘れの多さを指摘するようになった。とくに同じことの繰り返しが目立った。さっき言ったことをまた言っている。息子もそのことには気づいていたので、折節に専門医を受診してみることを勧めた。母親は診察を拒んでいたが、ようやく説得して隣町の総合病院へ連れて行った。最新の検査技術をもってしても容易に診断はつかなかった。その間も物忘れはひどくなる一方だった。息子たちを困らせたのは、母親が金品の紛失をしきりに訴えることだった。盗まれていると思い込んでいたらしく、混乱が極まると身近で世話をしてくれている息子夫婦に嫌疑をかけるような言い方をする。
「どこに何を置いたかを忘れてしまうのやな」店員に二人前の蕎麦を注文したあと、豊は陶器の湯呑に入ったほうじ茶を啜りながら言った。「記憶が怪しくなっとるけん、誰かが持っていったと思い込んでしまう。息子らは火事の心配をいちばんにしよった。鍋ややかんを火にかけたまま、近所に買い物に行ったりすることもあったらしい」
 そのうちに徘徊がはじまった。家を出たものの道がわからなくなる。記憶が保てないこの病気でしばしば見られる症状らしい。そんな調子で数年が過ぎるうちに、身のまわりのことに介助が必要な状態になった。しばらくは息子夫婦が世話をしていたが、さすがに手に負えなくなって、いまは全介護の体制が整った施設に入っている。
「美味いやろう、ここの蕎麦」話のあいまに豊は言った。
 健太郎は機械的に頷いたが、実際のところ味などはわからない。自分のほうこそ行方知れずになった気分で、何を食べているのかもあやふやに、ただぼそぼそと喰っている。蕎麦には山菜の天ぷらと、きな粉をまぶしたわらび餅のようなものが付いていた。
「かえって昔のことは覚えとるらしい」豊は皿に盛られた天ぷらを汁に浸して美味そうに口に運びながら言った。「新しく記憶することができんのやな。脳のなかの記憶をつかさどる細胞がダメになっとる」
 豊の使った「司る」という言葉に、健太郎は軽い嫌悪感をおぼえた。
「おまえのことはわかるのか」詰問するような口調でたずねると、
「いや、わからんみたいやな」豊はちょっと悲しそうに言った。「もともと印象が薄かったのかもしれん。知っとる人とは思うらしいのやが名前が出てこん。誰かいうことがわからんのよ」
 いまのところ身体的には元気だという。ただ発達年齢としては四、五歳くらい、というのが豊の見立てだった。
「カネの管理ができんというから、もうちょっと下かもしれんな」
 そのうち幼児以下になる。排泄のコントロールができなくなり、言葉を話したり、歩いたり、立ち上がったり、微笑んだりすることもできなくなる。最終的には身体の機能を維持することができなくなる。ものを飲み込むことなどができなくなり、昏睡に陥って死ぬ。何年先のことになるかわからないが、ほぼ確実に清美の身に起こることだった。頭では理解できても、健太郎の気持ちはなお受け入れることを拒んでいる。懐かしい声が甦りかける。声はまだ遠かった。かつて自分よりも近くにあった声が、脳細胞の消失とともに永久に失われてしまう。そのことをどう受け止めていいのかわからなかった。
「奥さんは元気か」豊がたずねた。
「ああ、元気だ」
「夫婦仲はうまいこといっとるか」
「なんだよ、藪から棒に」思わず憮然とした声になった。
「いや、ちょっと訊いてみただけ」
「とくに仲がいいということもないが、危機的な状況にはないと認識しているよ」健太郎はいくらか冗談めかして答えた。「そう言うおまえのとこはどうなんだ」
「夫婦でお四国まわりをしとる」
「それはまた仲がいいことだな」
「かみさんのお供よ」
「どのくらいまわった」
 旅行会社のツアーに参加しているのという。月に一度、一泊か二泊で少しずつまわり、約一年をかけてもうすぐ結願だという。
「最後は高野山にお礼参りに行こうと話しとる」
 しばらく会話が途切れた。豊は出されたものをきれいに食べ終えている。健太郎のほうは天ぷらを半分ほど残し、餅には手をつけなかった。
「たまには戻ってきて、わしらと一緒に酒を飲めよ」豊は唐突な提案を押し付けてきた。「武雄はいつまでも独りみたいやし」
 健太郎が答えずにいると、
「あれで本人は寂しくはないんかの」痛ましげな声で重ねた。
「豚とは仲良くしているみたいだな」当たり障りのない言葉を返すと、
「その豚を食べてしまうのはどういうことやろう」豊は真面目な口ぶりで受けて、「まあ、食べたくなるくらい仲がええいうことかな」と眼差しを遠くした。
 昨夜の酒がまだ残っているような物言いがおかしかった。
「あいつには孤独いうもんがないのやろう」と健太郎は言った。
 楊枝を遣っていた豊はちょっと当惑した顔になり、「そうかもしれんな」と収めた。

 施設は二階建てになっており、一階は受付や診察室など主にスタッフのためのスペースだった。入所者は一日の大半を二階で過ごすという。薄いクリーム色の建物を目にしたところで、いまさらながら逡巡するような気持ちになった。一人なら足取りが鈍りかねないところだが、幸か不幸か連れがいる。その豊は、
「おれはここで待っているよ」と玄関を入ったところで言った。
「一緒にいかんのか」健太郎は意外そうに言葉を返した。
「おまえ一人で行ってこいよ」
「気を遣わんでもええのに」
「そういうわけやない」なぜか豊は怒ったように言った。
 エレベーターを使って二階に上がった。若い女性のスタッフに来意を告げると、すぐに心得て案内してくれる。ちょうど昼食後の自由時間らしかった。ほとんどの入所者はテレビの前に集まって、ぼんやりと画面を眺めている。テーブルに居残って何か食べている女性もいる。あまり高齢の者は目につかなかった。自分と同じくらいか、せいぜい四、五歳上と見受けられる人たちが多かった。八割がたが女性で、数少ない男の入所者は数人が固まって手持ち無沙汰にしている。大半の人が車椅子に乗せられている。
「柴野さん、お客さんですよ」案内してくれたスタッフが声をかけた。
 車椅子の老女が振り向いた。一瞬、人違いではないかと心もとない気持ちになった。女性は大きく見開いた目で健太郎を見つめている。どこかで見たような顔だと詮索を働かせる表情になりかけたところで、
「お花を摘んできてくれませんか」見知らぬ者に道をたずねるように言った。
「誰にでも同じことを頼むんですよ」スタッフの女性が小声で耳打ちした。
 ただ頷くしかなかった。そうか、ここでは「柴野さん」と呼ばれているのか。柴野さんは初対面の相手に、挨拶がわりみたいにして「お花を摘んできてくれませんか」と頼むわけだ。努めて気持ちを和ませながら、心のなかは荒涼と吹きさらされたようになっている。とりあえず車椅子の前にかがみ、目線の位置を相手に合わせた。彼女は目を逸らさずに、ただ瞳にこもる光を遠く、近くした。
「おぼえているか」健太郎は言った。
「おぼえとるよ」虚ろな目をした老女はさらりと答えた。「ショウイチさん」
 間違われている、と思う一方で間違われたままでいいではないかと思った。誰もが人違いのようにして出会い、一緒になったり別れたりするのだ。
「亡くなったご主人の名前なんです」
「少し車椅子を動かしてもいいですか」
 二人だけになりたかった。
「お散歩ですか」
「庭に花が咲いていたから」
「二階だけなら」
「一階はダメですか」
「ご家族以外の方は二階で面会していただく規則になっています」
 無理を言っても仕方ない。健太郎は了承して車椅子の解除レバーを外した。建物は一階の中庭を取り囲むかたちになっている。その庭に植えてある低木が、白や黄色の花をつけているのを目にとめていた。コデマリとかヤマブキとか、うろ覚えの植物の名前を呼び水にして話をつないでいこうと思った。この人は少女のころから草花が好きだった。
「今度は花を持ってくるよ」椅子を押しながら言った。
「明日か」老女は一心に言葉を繰り出してくる。
「明日は帰らなくちゃいけない」
 黙って前を見ている。何を思っているのだろう。明日より先の未来はわからなくなっているのかもしれない、と現実的なところへ思案をめぐらせながら、自分のほうこそ何をどう思えばいいのかわからない気分になっている。
「豊の車で送ってもらったんだ」ひとりごとに傾いていく口調を厭いながら言った。「昨夜は二人で武雄のところに泊めてもらったよ。武雄は豚を飼っている」
 長い廊下をゆっくりと進んだ。立ち上がれば、窓から下の庭を見下ろすこともできるが、転倒のおそれがあるので車椅子から動かさないように言われている。庭と反対側に入手者の部屋が並んでいた。個室か四人部屋のようだった。部屋のドアは開け放たれたままになっており、個室のベッドに横たわる高齢の入所者の姿があった。
「清美」誰にも聞かれないところで椅子を止めて、その名前を口にした。「おぼえているか。山狩りの日にわしが撃たれて、入院している病院へ見舞いに来てくれたことがあっただろう。あのときおまえは花を持ってきてくれたな」
 言葉が戻ってこようとしていた。声のことを話したかった。生死のあいだをさまようようであったとき、いろいろな者たちが自分に声をかけていった。それらの声が、どれも最後には清美の声になった。意識を閉ざして眠っているあいだ、ずっと寄り添っていてくれた。温めてくれた。うたってくれた。泣いてくれた。みんな清美、おまえだと感じた。手の届かないところで、自分が抱きしめられていると感じた。
「遠い春の日、おまえもわしもともに若かったころ、昼寝をしているわしを、おまえが覗き込んだことがあっただろう」別の場面へ言葉を向けた。「草の匂いがしていた。風が梢を揺らしていた。木の葉のあいだで光が輝き、小鳥たちがやけに囀っていた。そんな春の日があった。おまえは女ではなく、わしは男ではなく、だが二人とも子どもではない。二匹の奇妙な動物みたいに、わしらは出会って眼差しを交わした。見つけたと思った。自分を見つけた。はじめて自分に触れた。自分が自分に届いた。あのときから、この自分を生きるようになった気がする。いまもあのときの自分を生きつづけている。ずっとおまえと一緒に、おまえの眼差しのなかで生きてきたような気がする」
 大袈裟な物言いを怪しんで言葉をおくと、清美はぼんやり前を見ている。車椅子に坐ったまま眠っていることも多いという。はたして自分の言葉は届いているのだろうか、とおぼつかない気持ちになりかけた。一方で、届いているという確信があった。あのときおまえがおれを届けてくれたように、おれの言葉はいま、おまえに届いているのだろう?
「あの春の野原からはじまったんだ」健太郎はもう一度語り直しはじめた。「遠い春の日の、ほんの一瞬の出会い。あれが最初だった。最初の不思議な出来事だった。あれからいろいろなことがあった。幾つもの野原を通ってきた。そのたびに自分というものがはじまった。誰かと眼差しを交わして、眼差しのなかに新しい自分を見つけた。いつも誰かが見てくれていて、その眼差しに包まれて生きてきた。だが、あれが最初だった。多くのことが変わっても、いろいろなものが消えてなくなっても、何も変わらない、何も消え去りはしないと思える。変われば変わるほど変わらない。わしもおまえも。だから清美、安心していいんだよ。おまえが少しずつ消えていき、他の誰になっていこうと、おまえはおまえだ。清美のままだ」
 食堂や談話室のあるエリアを離れてしまうと建物のなかは静かだった。他の入所者にも施設のスタッフにも会わなかった。健太郎は静かに車椅子を押しつづけた。ひとまわりするあいだに魂が抜けて、地の果てまで広がり出ていった心が再び戻ってくると、いろいろなことが甦りはじめた。外にあったものが内に吸い込まれていく。これまでに通ってきた場所が、生きてきた時間が、いまここにある。消えた自然は手つかずのままに、いなくなった人たちは損なわれぬまま、何も変わらずにありつづけている。
「不運なことや悲しいこともあったが、自分を不幸せと感じることはなかった」漂白されたような気持ちで彼は言った。「不幸ではありえなくなった。夢を見たから。夢のなかに、不幸は入り込めない。不幸をもたらすものは何一つ入り込めない。そんな夢を清美、わしはおまえと一緒に見た。束の間の夢だったが、夢の余韻は残りつづけた。いまも残りつづけている。これまでも、これからも大丈夫だと感じる。どんなことが起こっても、あのときの温もりが、あのときに触れたものが包んでくれているから」
 もとの場所まで戻って来ていた。そろそろ暇を告げる頃合いだった。スタッフが近づいてきて「おかえりなさい」と言った。
「おやつにしましょうね」
 長居をするつもりはなかった。
「また来るよ。今度は花を持って」
 手を取ると細い指が冷たかった。元のように膝の上に置いて離れた。しばらく行ったところで背中に風を感じた。日差しの温もりが蘇ってくる。
「健太郎」と声が追いかけてきた。
 彼は振り向いた。
「お花を摘んできてくれるか」
 無邪気にたずねている人は、おれよりも近くにいる。軽く頷いて、あとはもう振り向かなかった。〈了〉
(イラスト RIN)