なお、この星の上に(22)

22
 濃い霧のようなものが流れていた。その霧を手で払いながら進んだ。目の前の景色がはっきりしない。森のなかを進んでいるみたいだった。ときどき近くに黒い樹影がぼんやり現れる。太陽は出ていないらしい。夜とも昼ともつかない森を歩きつづけていた。
 霧は森のなかを渦巻くように流れていた。近くに動くものの気配はない。動いているのは霧と、そのなかを歩いていく自分だけだった。音は完全に失われている。木々のざわめきも、森に潜む動物や鳥や虫の鳴き声も、沢の水音も、何も聞こえない。湿った落ち葉を踏む足音と、いくらか苦しげな呼吸音が聞こえているばかりだった。ここには匂いも色も音も何もない。まるで死後の世界だ、と健太郎は思った。
 背中に冷気を感じた。足を止めて振り返ると、灰色の雲が背後から近づいてきている。足を早めた。呑み込まれれば、さらに状況は悪くなる。
「コロス、コロセ」
 霧が喋っている。それとも喋っているのは森の木々だろうか。
「コロサレタ、コロサレタ」
 声は霧のなかで響き合い、森のなかを木霊のように駆け巡った。
「どうして憎しみを撒き散らす」
 言葉は暗い闇のなかに吸い込まれて消えていった。健太郎は自分が長い沈黙に晒されている気がした。森は静まり返り、霧よりも深い闇に覆われている。突然、別の方角から一つの声が答えた。
「森のものたちはみんな悲しんでいる。おまえにはわからないのか」
 声は遠い闇の奥からやって来るようだった。人間以外のものが喋っている。何ものだろう、いま喋っているのは。
「無用な詮索はやめて立ち去れ」声は彼の心のうちを読むように言った。「ここはおまえの来るところではない。ここに棲むものたちはおまえを必要としていない」
 霧の向こうがうごめいている。何ものかの気配がする。山に棲むものたちが集まってきているのかもしれない。みんなで自分を処罰する相談をしている気がして、健太郎は全身の毛が逆立つような恐怖をおぼえた。
「なぜ、安らかに暮らすものたちの領分を侵す」声の主は詰問する口調で言った。
「なんのことだ」
 それには答えずに、
「恐ろしい人間」と声はつづけた。「本当に恐ろしいのは人間だ。人間だけだ。おまえたちの狂気はいつまでつづくのか。気違いどもが一人残らず死に絶えるまでか。おまえたち人間が種として死に絶えるまでか」
 あたりが深い闇に覆われていくのとは反対に、闇からの声はしだいに明瞭さを増していくようだった。
「知っているか。人間が幸福だと思っているのは、人間だけだということを。他の動物たちは人間を恐れながら憐れんでいる。わかっているのだ。人間が悪辣きわまりない生き物であることが。いかに冷酷に振舞う動物であるかということが。他の生き物にたいしてだけではなく自分たちにたいしても」
 闇のなかから彼を見ている目を感じた。無数の視線が自分に向けられている。
「何ものだ」闇に向けて言葉を投げた。
「もちろん動物たちも争う」声の主は無視してつづけた。「だが二匹の犬が争うとき、負けそうな犬が喉を見せれば相手は容赦する。そこで攻撃をやめる。ところが人間はどうだ。命乞いをしているものを平然と殺す。残虐にいたぶり殺す。だから掟が必要なのだろう。正義感などというものを必要とするのだろう。他の動物たちは、そんなものがなくても節度をわきまえている。人間だけが悪意や謀略をもって相手を攻撃する。理不尽に、情け容赦なく自分の仲間を攻撃する。この目で否というほど見てきたぞ。何ものかとたずねたな。おまえたちはなんにでも名前をつけたがる。名前のなかにそのものを閉じ込めてしまう。閉じ込められたもの同士はどうなるか。引き裂かれ、隔てられ、もはやともにあることができない。喰うか喰われるか、殺すか殺されるか……。愚かな人間たち。おまえたちの歴史を隈なく見てきたぞ」
 神のようなものだろうか、自分がいま対峙しているのは。
「正体の知れないものは、なんでも神にしてしまう。神にしたり悪魔にしたり、おまえたちの気まぐれには驚かされる」
 どうしてこっちが考えていることがわかるのだろう。
「言っただろう、隈なく見てきたと」嘲るような声が返ってくる。「おまえたちのやることなすこと、心のなかまで見たきたぞ。見たくないものもたくさん見てきた。見たくないものばかり見てきた」
 相手は息を継ぐように間を置いてから、
「知っているか」と再び言った。「人間だけが発狂することを。発狂するのは人間だけだ。他の動物はそんな無様なことはしない。なぜ人間は発狂するのか。恐ろしいからだ。人間は人間が恐ろしいのだ。自分の仲間や隣人が恐ろしくてたまらないのだ。恐怖から逃れるために発狂する。酒を飲み、崖から飛び降りる。憐れな人間たち。なんのために自分は死ぬのか、それさえもわからずにおまえたちは死んでいく」
 謂れのない非難を受けている気がした。なぜ自分だけが、こんな話を聞かされなければならないのか。健太郎は人間のために弁明したい気持ちになった。この得体の知れないやつから言われるままになっていることはない。
「助け合い、分かち合うことを知っている。困っている人を助けもする。求められなくても、たとえ相手が遠慮しても、そっと手を差し伸べる。見ず知らずの人に施しをする。それが人間だ」
「見ず知らずの相手を憎しみもなく殺すことができるのも人間くらいだろうな」声は冷ややかに答えた。「しかもおまえたちの世界では、そのことが公認され、奨励すらされている。いったいどうなっているのだ。人間がしでかす殺戮は、動物たちが生きるために他の動物を殺すのとはまったく異なる。おまえたちは本当の善性に目覚めていない。勝手に善悪を決めて同類を殺す。そんな馬鹿げたことをやっているのは人間だけだ。言葉をもっていることが自慢のようだが、おまえを殺そうとしている相手に、いったいどんな言葉をかけるつもりなのか。言葉が通じないから鉄砲を撃ち合っているのだろう。いかなる言葉も役に立たず、無力なものと知っているから、爆弾を投げ合っているのだろう」
「違う。そうではない」健太郎はむきになって言った。「言葉が役に立たないとき、人間は笑顔を見せる。笑顔には言葉を超えた力がある。たとえ暴力や混乱や不安や怒りがあっても、笑顔を見せれば争いは収まり、話し合いがはじまる」
「なるほど、おまえが暮らす村のなかではそうかもしれぬ。だが村と村が争うときはどうか。山一つ超えただけで、笑顔はただのおかしな顔に過ぎなくなる。そういうときには鍬や鎌だ。これが国同士になると鉄砲や爆弾になる。見てきたぞ、おまえたちの歴史とやらを。人間にとって人間とは所詮、自分たちのことなのだ。自分たちだけが善なる人間で、それ以外のものは悪であり、敵であり、せいぜいのところ石ころや土くれに過ぎない。だからおまえたちは同じ人間を食べ物や家畜と同様に扱うのだ」
 言い負かされたとは思わなかった。自分は人間の代表としてここにいるわけではない。もはや一言も言葉を発するつもりはなかった。
「戦で殺した同じ人間の顔さえおぼえていないおまえたちのことだ」高くも低くもならない声はつづけた。「まして殺した動物のことなどおぼえてはいまい。人間は自分が殺した動物のことなどおぼえていない。だが人間に殺された動物は、その人間の顔を永久に忘れることがない。いったいおまえたちは、一生のうちにどのくらいの動物を殺しているのか。毎日のように食べている牛や豚や鶏たちも含めれば大変な数になる。おびただしい動物たちによって、一人ひとりが記憶されている。おまえが殺したものたちの記憶のなかに、おまえの顔は永遠にとどめられるのだ。恐ろしいことだと思わないか」
「動物だって動物を殺すじゃないか」思わず答えた。
「生きるために喰うのは自然の理だ」声は即座に返ってきた。「動物たちは、みんなこの理のなかを生きている。善悪などという愚かな観念をつくり上げてしまった人間も、かつては自然の理を生きようとしていた。地上に生を受けた以上は、何ものたりとも潔白や無垢ではありえない。そこに生きることの苦悩や悲哀を汲み取ろうとしていた。そのかぎりで人間たちも大きく自然の輪を外れることはなかった。本当に殺さねばならないときにだけ、生きていくのに必要なときにだけ動物たちを狩り、祈った。なぜ祈るのか? 兄弟だからだ。家族だからだ。生きるために兄弟や家族を殺す。自分が殺した家族のために祈るのだ。そんなふうに人間は、動物たちとの関係を考えていた。いまはどうだ? 昔はおまえたちの心が読めたが近ごろはわからなくなった。
 生きていくためにやむをえず動物を殺す、それは仕方のないことだ。ならば、せめてどのくらい必要としているのか、なんのために必要とするのか。動物たちの生命を奪う以上、そうした問いかけを自らに向かってなすべきではないか。本当に奪わなくてはならない生命なのか、どうしても必要なのか。知っているか、手当たり次第に鹿を撃ち殺し、ほとんどは捨ててしまう連中がいることを。競争をやっているのだ。誰がいちばん大きな鹿を仕留めるかという。人間の楽しみのために多くの動物が殺されている。酒を飲んで動物たちに銃を向けて撃つものまでいる。馬鹿げている。まるで理解できぬことだ。鹿にも親がいて子どもがいることに思い至らないのか。動物たちにも家族があり、夫婦や親子や兄弟姉妹のつながりがある。おまえたちがそういうことをつづけているから、いまでは人間たち同士が狩り合うようになっているではないか。誰もが互いが兄弟であり、家族であることを忘れているのだ。
 目をあけてよく見るがいい。この地球上で、いまや人間だけが除け者ではないか。おまえたちだけが輪の外にいる。それを自分たちがすぐれていることと思い違いしている。あまりにも無思慮で浅はかだ。もう少し成長して心を開き、われわれの輪のなかに入ってくるべきではないか」
「おれにも言わせてくれ」闇のなかから別の声がした。その声は、先ほどまでの声よりもずっと近くから聞こえてくるみたいだった。
「誰だ」
「おまえから誰何されるいわれはない」声の主は腹立たしげに答えた。
「人間ではないのだな」
「見損なってもらっては困る」吐き捨てるように言った。「おれは高尚な話をするつもりはない。人間に高尚な話をしてなんになる。おれはおまえたちに殺され、死んでいった仲間の話をしたいのだ」
 好きにしろ、と健太郎は思った。
「善だの悪だのいう話には興味がない」前置きして声は語りはじめた。「そんなことを言い出せばきりがなくなるからな。おれは事実だけを述べる。あるときのこと、おれは仲間と一緒に牛を襲った。物音を聞きつけて銃を持った人間が出てきた。銃声がした。鋭い悲鳴が上がった。仲間が撃たれたんだ……どうだ、おれの話は簡潔だろう? その瞬間をおれは見ていた。胸のあたりの毛が飛び散り、血が吹き出した。弾は肉をえぐった。仲間は身体を横向きに捻るようにして倒れた。牙を剥き、低い唸り声をたてた。必死に脚を動かして逃れようとしていた。死は時間の問題だ。少しずつ動きが鈍くなり、しだいに消えていく。遠くから仲間の死を見送るつもりだった。いつもそうしてきたように、粛然として……ところがそうはいかなかった。男が銃を構えたまま近づいてきた。死にかけているおれの仲間は、恨みのこもったような悲しい目で自分を撃った人間を見た。まだ生きていたのだ。腹で荒い呼吸をしている。男は憎しみのこもった言葉を吐いた。何が起こったと思う? 突然、そいつはおれの仲間を激しく打ち据えはじめたのだ。手にしていた銃を逆さに持って。最初の一撃で首の骨が折れた。身の凍るような音だった。その音は、おれたちのいるところまで音が聞こえてきた。男は殴打をやめなかった。狂ったように銃を振りかぶっては、何度も激しく打ちつづけた。血に染まった眼球が飛び出し、やつは口と鼻から血塊を吐いた。尻からも血と糞が流れている。やめてくれ、と心のなかで叫んだ。もうたくさんだろう。みんなが声にならない叫びを上げていた。殴打は長くつづいた。男のほうが消尽してしまうまで、果てしなくつづいた。仲間の脚はピクピクと痙攣し、やがて動かなくなった。生々しい血の匂いと異臭が漂ってきた。やつは血みどろの肉塊となって無残に横たわっていた。流れ出た血が地面に染みて広がりはじめていた。おれたちは声もなく森へ引き返した」
 声が語り終えたとき、健太郎の心のなかは冷え冷えと静まり返っていた。突然、森のなかから異様な喚声が沸き起こった。森に集っているものたちが賛同とも憎悪とも苛立ちともつかぬ声を上げたらしかった。この場に綾子を連れてきたかった。おい、綾子。おまえの好きな民主主義によって兄ちゃんはいじめられているぞ。
「わたくしにもひとこと言わせてください」
 先ほどの発言を引き継いで別の声が語りはじめたとき、健太郎はやれやれと思った。とにかく早く終わってほしかった。もうどうでもよかった。眠りたいのに眠りに就けないような気分だった。
「たしかにあなたがたの理想は地に墜ちています」新たな発言者は穏やかな声で教え諭すように言った。「そもそも動物を家畜化しはじめたときから、人間の堕落ははじまったとわたくしは言いたいのです。牛さんの寿命がどのくらいのものか、ご存知ですか」
 これは質問だろうか?
「まあ二十年を下ることはないでしょうね」声は構わずにつづけた。「野生で自然な寿命を全うすることは難しいにしても、まずまずの年月を生きる見込みはあるわけです。ところであなたが飼っておられる牛さんの場合はどうでしょう。オスの子牛は数ヵ月で肉にされます。メスにしてもせいぜい四年か五年でしょう。しかもそのあいだお乳を出すため、ずっと人工的に妊娠させられっぱなしです。生まれた子牛はただちにお母さんから引き離され、あっさり殺されます。それもこれもただ、あなたがた人間が柔らかくて美味いお肉を食べるためなのです。教えてください、いったいどこに善きものや美しいものはあるのですか? いくら目を凝らしても、わたくしには何も見えません。
 人間は動物を家畜化し、家畜として扱っているうちに、彼らが痛みや苦しみを感じる生き物であることを忘れてしまったのではないでしょうか。生まれてすぐに母親から引き離された子牛の苦痛を想像なさったことがおありですか。考えてもみてください。母親と結びつきたいという強い欲望がなければ、子牛は母親に守ってもらえず、お乳ももらえず死んでしまいます。母親と一緒にいたいという衝動は、感情よりももっと深い本能に根ざしたものであるはずです。当然のことながら、この衝動が満たされなければ子牛はひどく苦しみます。あなたがたがやっていることを見ていると、むしろ子牛は牡として生まれ、数ヵ月であっさり殺されたほうが幸せかもしれないと思えることがあります。多くの乳牛は定められた生涯のほとんどすべてを、狭い囲いのなかで自分の排泄物のなかで立ったり坐ったり寝たりして過ごします。水と餌だけはたっぷり与えられ、病気の予防接種をされ、数時間ごとに搾乳され、定期的に種牛の精子で妊娠させられながら。そして子牛たちは先ほども申し上げたように、母親に甘えることも他の子牛たちちと遊ぶこともできずに一生を終えます。短くても長くても、あなたがたが牛さんたちに強いている運命は悲惨のひとことに尽きます。
 ところが、このような悲惨な境遇にある牛さんたちでさえも、人間によって家畜化された多くの動物たちのなかでは、まだマシかもしれないのです。たとえば卵を産む目的で育てられている雌鶏さんたちの場合は、懲罰房のようなとても狭い檻に閉じ込められます。一つの檻に何羽も押し込まれることさえ珍しくありません。そのため鶏さんは羽ばたくことはおろか、まっすぐに立つこともできません。まして餌を探したり周囲を偵察したり、あたりを啄いてまわったり、巣を作ったりすることは夢のまた夢です。あんなに身繕いの好きな鶏さんなのに。
 鶏さんに勝るとも劣らず気の毒なのは豚さんです。仲間内でも非常に知能が高く、好奇心も強いと評判の豚さんたちもまた、狭い仕切りのなかで一生を終えます。あまりに狭い仕切りに入れられるので向きを変えることもできません。もちろん歩くことも餌をあさりまわることも、何もできません。これが朝から晩まで一生つづくのです。かわいそうとか気の毒とか言うには、あまりにも悲惨です。酷いという言葉でも足りません。どう言っていいのかわかりません。もちろん牛さんの場合と同じように、生まれた子どもたちはすぐに連れ去られ、ひたすら太らされたあげくに殺されて、肉やハムやソーセージにされてしまいます。残された母豚さんは、すぐにまたつぎの子どもを妊娠させられる。なんだか話しているうちに辛くなってきました。もっといろんな例をあげてお話したかったのですが、先をつづけることはできそうにありません。とにかくあなたがたが毎日口にしている卵や牛乳や肉は、こうした何億とも何十億とも知れない動物たちの、言語を絶する苦しみや痛みによって贖われたものだということを、少しでも気にとめていただきたいのです」
 声が消えたあとには、なお言葉にならない真の真っ黒な絶望に似た憤怒と悲哀が感じられた。人間でいることはなんて辛いのだろう、と健太郎は思った。いっそ虐げられる動物になったほうが楽かもしれない。
「わたしは人間はかわいそうな生き物だと思っています」風に漂うような声が聞こえてきた。
「あなたは誰ですか」思わずたずねた。
「野いちごです」と声は答えた。
 それを聞いて少し安心した。人間も野いちごにまではひどいことをしていないだろう。
「なぜ人間はかわいそうなのですか」
「食べられることの喜びを知らないからです。つながりを失い、ひとりぼっちで生きている人間にとって、死はさぞかし恐ろしいものでしょうね」
「わかりません」健太郎は正直に答えた。
「わたしたちにとって食べられることは喜びです」野いちごと名乗った声はつづけた。「なぜって食べられることによって子孫を増やすことができるのですから。わたしたちは動物のように歩くことができません。自分の足で移動することができません。それでもやっぱり自分たちの子孫を残さなければなりません。この命をつぎの世代に伝えて、子どもたちが繁栄できるように生息地を広げなければならなりません。わたしたちは動物に食べられることによって、いろいろなところへ連れて行ってもらうのです」
 健太郎は目を閉じて声に耳を傾けけた。その声は雲の調べのようだった。
「まだ春が浅いころ、わたしたちが緑色をしていて固いことをあなたもご存知でしょう。味も酸っぱいので、ほとんどの動物は食べようとはしません。そうやって動物たちにおあずけをさせているのです。お腹のなかの種子がしっかり熟して、いよいよ外に出る準備ができると、わたしたちは柔らかみを増して甘くなります。赤く色づいて、もう食べてもいいよという合図を送ります。するとツグミなどが真っ先に飛んできて食べてくれるのです。ツグミはどこかへ飛んでいって、種子を吐き出したり排泄したりします。こうして動くことのできないわたしたちは長い距離を移動し、世界中に広がることができるのです。
 わたしたちの多くは食べられることによって広がっていきます。なかには風や水に種子を運んでもらう仲間もいますが、ほとんどの植物は種子を美味しい果肉でくるみ、熟したことを色や匂いで知らせます。そうして自分を食べた動物に遠くへ運んでもらうのです。お腹を空かせた動物は、果物を食べるときに慌てて種子も一緒に飲み込んでしまいます。遠く離れた場所まで移動したころに、吐き出したり排泄したりします。わたしたちから見ると人間も種子を運んでくれる動物の一つです。わたしたちの種子は丈夫なので、人間の身体のなかでは消化されずに排泄物に混じって出てきて、そこで発芽します。動物や人間のお腹のなかを通らなければ発芽できないようになっている種子もたくさんあります。
 わたしたちは人間や動物と固く結びついています。わたしたちのお腹は動物や人間のお腹とつながっています。人間も他の動物たちも、ともに植物の種子を育む母親なのです。食べたり食べられたり、そのために争ったりしているのは見かけだけのことです。自然の営みのなかでは、食べる喜びと食べられる喜びは同じものです。なぜなら食べることと同様に、食べられることもまた生きることだからです。食べることも食べられることも、本当は一つのことなのです。食べるものと食べられるものは二つで一つです。
 この森のなかにも、野原や川や空にも目に見えない道が通っています。道は無数にあって、どこへでも、またどこまででも行くことができます。ただし、その道を通ることができるのは二つで一つのものだけです。二つのものが一つになったときにだけ通れる道があるのです。それは食べられることの喜びを知っているものたちだけが通ることのできる道です」
 誰か泣いている。自分のために泣いている。遠い世界の果てで流される涙を想った。手の届かないところで、自分が抱きしめられているのを感じた。寄り添ってくれているものがいる。温めてくれているものがいる。仄かな温もりのなかで耳を澄ますと、泣き声は歌声のようにも聞こえた。誰かが自分をうたってくれている。誰が泣いているのか、うたってくれているのは誰なのか。その人の胸に広がる草原を想った。草原のなかに一筋の道がついているのが、かすかに見分けられる気がした。(イラスト RIN)