なお、この星の上に(16)

16
 翌日、午前中で学校が終わると、健太郎は急いで家に帰った。いつもは一緒に帰宅する新吾や武雄には声をかけなかった。靴箱のところで会った豊が、来週からは昭も学校へ来るそうだと言った。豊はそうした情報に聡かった。おそらく母親の仕入れてくる話が耳に入るのだろう。短く言葉を交わしただけで、豊とも別れた。
 帰宅路を急ぎながら、昭の母親はもう退院したのだろうか、一緒に父親の事務所で仮住まいをしているだろうか、それとも新しい家を借りたのだろうか、と断片的に思いをめぐらせた。土曜の昼飯は何を食べるのだろう、日曜の昼はあいかわらずフレンチ・トーストだろうか、などと瑣末なことを深刻そうに思っていた。
 健太郎の家では、土曜の昼は干物が多かった。それに野菜の煮物と味噌汁が付く。だから土曜の昼には「おかずは何か」とたずねる必要はない。
 そそくさと食べ終え、湯呑に残った茶で口を漱いだ。
「なんをそんなに急いどるんか」父親が食卓の向こうから咎めるように言った。
「友だちと約束がある」
「落ち着きがない子やな」母親は個人懇談で担任が言いそうなことを口にした。
「慌てて事故に遭うんやないぞ」と祖父が言葉を添えた。
 急ぐ必要はないのに、なぜか気持ちが慌ただしかった。早く行かないと、どこかへ行ってしまう気がする。あの「アツシ」という名の少年が。おかしな感じ方だった。まるで自分がどこかへ行ってしまいそうな気がする。朝、洗面所の鏡を見ていると、鏡に映った自分が自分であって、自分でないように感じられることがある。鏡の内と外、見る者と見られる者が、同じであって同じではない。鏡のなかの自分と、鏡の外の自分とが分裂している。二人の自分がいる。こことそこに、片方は暗い森のなかに……「アツシ」という名の少年として。
 季節は秋になろうとしていた。山の木々は標高の高いところから色付きはじめている。季節が移り変わる。健太郎のなかには「移る」という感覚が乏しくて、「変わる」という感覚のほうが強かった。夏から秋へ、いつのまにか季節が変わっている。気がついたときには、すでに変化している。時間の経過が感じ取れないので、自分がどこにいるのかわからない気分になる。
 村も自然も、移ろうものから変わるものへ、慌ただしく変化し変貌するものになろうとしていた。その慌ただしさが、いまの自分を急き立てているのかもしれない、と健太郎は思った。この国全体が変わろうとしている。移ろうものから変わるものへ、村の暮らしと自然を司る時間の流れが速くなっている。いいことなのか悪いことなのかわからない。善し悪しを超えて、不可避なことにも思えた。
 流れのなかで取り残される者がいる。うまく流れに乗って進む者がいる。無理に抗おうとする者がいる。自分はどこにいるのだろう。身近な例として源さんと自分の父、それに昭の父親を並べてみる。たとえて言えば、風車や水車をまわして暮らすのが源さんの流儀だ。これが石炭や石油を使う暮らしに変わろうとしている。新しい流儀を受け入れ、順応しようとしているのが父だ。将来は、昭の父親が担っているような技術が人々の暮らしを支えていくことになるかもしれない。先頭を歩いているのは昭の父親で、少し遅れて父がつづく。ずっと後ろに取り残されるようにして源さんがいる。
 自然の力をそのまま使わせてもらうのが源さんの流儀だとすれば、自然から目当てのものを引っ張り出してくるのが昭の父親の流儀だ。大地を掘り起こし、地中に眠っている鉱石から必要なものを取り立てる。強引で暴力的なやり方だが、時代は昭の父親の流儀へ向かって進んでいくだろう。源さんのまわしにある自然は、昭の父親が作り出そうとしている新しい自然に取って代わられ、呑み込まれ、やがて姿を消していくだろう。
 心情的には、源さんの暮らしぶりに共感をおぼえた。他人に迷惑をかけず、無闇に自然を傷つけず、山や森や川の生き物たちを友とする生き方は健全で真っ当なものに思える。源さんと昭の父親の中間あたりに父を位置づけてみる。いまの自分は父とほぼ同じ位置にいる。そして少しずつ、昭の父親のほうへ近づいていこうとしている。抗いがたい力によって、好むと好まざるにかかわらず引き寄せられていく。
 そこまで考えたところで、健太郎はなんとなく不愉快な気分になった。不可避な未来に規定されていることが不愉快だった。抗いがたい力に呑み込まれ、流されるようにして源さんの世界に背を向け、昭の父親の世界に向かって進んでいく自分が、どこか不正で信用できない者に感じられた。

 人里離れたところにひっそりと建つ避病院は、まわりの自然と一つになってほとんど野生化しつつあった。隔離されていた病人の多くは、戦争中にどこかへ移送されたというが、村の人たちはそれについて多くを語りたがらなかった。とりわけ子どもたちにたいしては、固く口を閉ざすようだった。戦後は空襲で家を焼かれた人たちの仮の住まいとなった。戦後の社会が落ち着いてくると、彼らも都会へ帰っていき、いまでは建物だけが廃墟然として残っている。
 敷地の周囲には石壁がめぐらされていた。ぼろぼろに崩れた石のあいだから、葉先が鋭く尖った草が生えている。小学校の校舎にも似た建物は、窓ガラスが割れ、軒が傾き、多くの屋根瓦が剥がれ落ちていた。木の板を段々に打ち付けて白いペンキを塗られた壁は、雨風に曝されて点々と灰色のシミか苔のようなものが付いている。雨樋には蔦が絡みつき、ツユクサに似た雑草で覆われている。
 人影はなかった。ちょっと期待をはぐらかされた気分で、健太郎は裏手にまわってみた。そこは表よりも一層荒れた感じになっていた。地面にはドクダミが生い茂り、背の高い茅や芒のような雑草が覆っている。さらに背後からは鬱蒼とした森が迫っている。その様子は庭というよりも藪に近かった。草のなかに崩れそうな小塔が見えた。何かの供養のためのものらしいが、まさか亡くなった人の骨を納めたものではないだろう。
 これだけ緑があれば虫が鳴いていてもよさそうなのに、あたりはひっそりと静まり返っている。めったに来ない人間の出現に、虫も鳥も警戒して息を潜めているのかもしれない。いつか豊が言っていたことを思い出した。夜中に虫が鳴くのは交尾の相手を探しているからだ。どこからか仕入れてきたらしいことを、豊は知ったかぶりして告げた。以来、秋の夜を鳴き交わす虫たちの声が美しくは聞こえなくなった。忌々しいことだ、と健太郎は思った。
 しばらく待ってみたけれど少年は現れなかった。担がれたのだろうか。言われるまま、こんなところまでやって来た自分の愚かさに舌打ちしたい気分になった。
「馬鹿くさい」
 最近では口癖になっている言葉を呟いた。帰ろうと思ったが、何かが健太郎をその場に引き止めていた。どこからか見られている気がした。目に見えぬものの気配が強くなった。「誰かに」と人の感じを伴わないのが不思議だった。
「おい」と声がした。
 顔を上げると、石壁のところに少年が立っている。
「来たな」相手は言った。
「前から来とる」健太郎は不機嫌そうに答えた。
「知っとる」少年はにやにや笑いながら言った。
「なせ姿を見せなんだ」
「様子を窺っておった」
「なんの様子か」
「おまえのことを、まだよう知らんけん」と少年は言った。その声はいくらか嘲笑的に聞こえた。
「名前は知っとったやないか」
「おまえもわしの名前を知っとる」
「教えてもろうたことは知っとるうちに入らん」腹立たしく言うと、
「行くか」素っ気なく切り上げて歩きはじめた。

 草の上に踏み跡がついていた。ほとんど人が通らない道が森のほうへ延びている。どこへ向かっているのかわからなかった。この細い道は少年だけが知っている。目にする光景は一つひとつが見知ったものなのに、それらを地理的な認識に結びつけることができなくなっていた。
「遠いんか」先を行く背中に言葉を投げた。
「たいして遠ない」
 少年は散歩でもするように寛いだ足取りで歩いていく。疲れも知らない足取りで歩いていく、と健太郎は思った。一緒に歩いているというよりも、後をつけている気分が強かった。こちらが足を早めても、距離が縮まらないのが不思議だった。「分身」という言葉が頭をかすめた。あいつはどこからかやって来た、わしの分身ではないだろうか。自分の影を踏むことができないように、いくら追いかけても追いつくことはできない。一方で、いま素早くまわり込んで面を見れば、鏡に映るのと変わらない顔が「おまえは誰だ」と言いたげに見返しそうな気がした。
「どこまで行くんか」引き止めるようにたずねた。
「もう少しじゃ」
 やがて森が開けてきた。木立がまばらになり明るい場所に出た。見覚えのない場所だった。避病院からそれほど来ていないはずなのに、周囲の山の形容に見知った感じが湧いてこない。このあたりの山は「丸山」とか「鋸山」とか、たいてい目立った特徴から名前がつけられている。いま目にしている山はどれも同じに見えた。
「このへんはなんというんか」
「雲の平」
 聞いたことのない地名だった。
「ここに住んでおるのか」
 それには答えずに、
「こっちへ来い」少年は先導するように言った。
 荒れた田畑のなかに打ち捨てられたような集落が見えた。新吾の次兄が暮らしている高台の村に似ていたが、場所は方角からして違っている。集落全体が静まり返っていた。どの家にも人は住んでいないらしく、もともと粗末な造りの建物は荒れ果てたまま戸口を閉ざしている。
「入れ」一軒の家の前まで来ると、少年は引き戸を開けて命ずるように言った。
「おまえの家か」
「わしの家ではないが、わしが住んどる」面倒くさそうに言って、さっさとなかへ入った。
 靴を脱いで上がると、廊下の先が六畳ほどの部屋になっている。部屋は湿っぽくてかび臭かった。綿埃か濡れ雑巾のような臭いも混じっている。
「一人で住んどるのか」健太郎は足を踏み入れた場所に突っ立ったまま家のなかを見まわした。
「そうよ」少年は擦り切れた畳の上に腰を下ろしながら答えた。
「家族は」
「おらん」
「どうした」
「死んだ」
 ぶっきらぼうな物言いに、現実味をうまく肉付けできずにいた。とりあえず卓袱台を挟んで腰を下ろすと、
「みんなか」おそるおそるの口調でたずねた。
「みんなじゃ」
「戦争か」
「とうちゃんはな。どっか南の島で死んだらしい」
「かあちゃんは」根掘り葉掘りの訊き方になっている。
「病気じゃ」言い捨てて、少年は部屋を出ていった。
 あらためて見ると殺風景な部屋だった。卓袱台の他には家具らしいものもない。その卓袱台は脚がぐらぐらする上に表面が撓んでいる。鴨居の上には家族の写真一枚掛かっていない。目につくものといえば、雨染みのついた壁に貼られた置き薬屋のポスターくらいだった。これでは暮らしぶりを想像しようもない。やがて少年が戻ってきた。両手に蒸したさつまいもを持っている。一つを健太郎に差し出した。
「飯はどうしとる」とたずねてみた。「毎日芋を喰うとるのか」
「イノシシやあるまいし」
 少年はすでに皮も剥かず芋に齧りついている。
「米はあるんか」
「ある」それ以上の詮索を拒むように言って、再び落ち着きなく部屋を出ていった。
 健太郎は芋を半分に割り、端のほうを少しだけ齧ってみた。蒸されてから時間が経っているらしく、芋は冷たくなっていた。しばらくすると、今度は大きな薬缶をぶら下げて戻って来た。畳に腰を下ろし、薬缶の口から直に飲んで、ようやく人心地がついたような長い息を吐いた。
「かあちゃんには悪いが、死んでもろうてよかったと思うとる」自然な流れで話に戻った。
「なせかの」健太郎は芋を食べる手を止めてたずねた。
「かあちゃんが死なんかったら、わしのほうが死んどったかもしれん」と不穏なことを言った。
「どういうことか」
「わしを殺そうとしたことがある」
「かあちゃんがか」
 健太郎は時間を稼ぐように芋を喰った。
「ときどき頭がおかしゅうなりよった」少年は淡白な声で振り返った。「苦労し過ぎたのやと思う。とうちゃんが死んで、なんでも一人でせなならんかったけんの」
 健太郎は釈然としない顔で頷いた。
「小さいころ、わしはたずねたことがある。とうちゃんはどこにおるのか」そこで顔を上げて、「死んだいうことが、まだようわからんかったのよ」と言葉を補った。「そしたらかあちゃんは、わしをこっぴどく叩いて部屋の隅へ突き飛ばした。怖い顔をして、今度そんなことを訊いたら承知せんと言う。わけがわからずに、なんと恐ろしい親かと思うた。まあ、かあちゃんにしてみれば、ただでさえ大変なのに、おかしなことを訊いて困らせるないうことやったのやろう。それからわしはできるだけかあちゃんに近づかんことにした。凶暴な動物と一緒に暮らしておるようなものよ。ほとんど話もせんかった。そのうちかあちゃんは病気になって、一日寝てばかりおるようになった。あとは弱る一方で、おかげで恐ろしい目にあうことはなかったが、最後は飯も喰わずに痩せて、骨と皮ばっかりになって死んでしもうた」
「気の毒なことやな」健太郎が言葉を向けると、
「気の毒なのかどうかわからん」少年はさばさばした声で返した。「死んだほうが幸せやったのかもしれん」
「それで、どうした」
「火を付けて、家もろとも燃やしてしもうた」
 健太郎は相手の顔をまじまじと見た。
「乱暴なことをするの」
「どうせ壊すしかないボロ家じゃ」少年はこともなげに言った。「人が住んどらん家は他になんぼもある」
 健太郎は卓袱台の上の薬缶を取り上げ、少年と同じように口から直に飲んだ。なかはただの水だった。手持ち無沙汰に部屋のなかを見まわしてみる。目にとまるものといえば置き薬屋のポスターくらいだった。若い女性が描かれたポスターは日に焼けて黄色くなっている。四隅をとめる画鋲の一つがなくなって、右下の端がめくれ返っている。よほど長く貼られているのだろう、ポスターの下だけ壁の色が少し濃かった。
 ふと自分に注がれる眼差しを感じて振り向くと、
「おまえ、森から来たのやろう」少年は待ち構えていたように言った。
「おかしなことを言うな」つくり笑いを浮かべようとしたがうまくいかなかった。
「匂いがするぞ」相手は真っ直ぐに言葉を繰り出してきた。「木と土の匂い、それに獣たちの匂いじゃ……わしにはわかる」
 見透かされている気がして、思わず目を伏せた。少年はじっと見ている。いつまでも無遠慮に、執拗に見ている。
「なんがわかるんか」こらえきれずに顔を上げてたずねた。
 相手は答えなかった。かわりに何か悪いたくらみのようなものが浮かぶのを健太郎は見て取った。
「おまえにはわしがどんな人間に見える」少年は口調を変えてたずねた。
「普通の中学生に見える」うわべだけの言葉を返した。
「悪い者に見えるか」
「そうは見えん」目も合わせずに答えてから、さらに取り繕うように、「芋を喰わしてくれたしな」と付け加えた。
「油断させとって、おまえの首っ玉を掻き切るかもしれんぞ」
「脅かさんでくれ」
 健太郎は少年のほうへ向き直った。にやにや笑っている顔を想像したが、出くわしたのは荒涼とした暗闇から向けられたような眼差しだった。はじめて庭先に現れた夜のことを思い出した。あのときも同じ目で見られていた気がする。
「人間というのはしょうがないものよ」少年は大人びた口ぶりで言った。「わしは人間が嫌いじゃ。人間を憎んどる。おまえもそうやろう」
 いわれのない嫌疑をかけられている気がした。ふと新吾の次兄のことを想った。
「別に嫌いやない」と払ってから、「憎んでなどおらん」と念を押した。
「そうかの」
 少年は疑り深そうに健太郎の顔を見た。その目はどこか容赦のないものを含んでいて、見られている者の気持ちをざわめかせた。
「それなら、なせ森に惹かれる」
 その一言で、自分が追い詰められたのを感じた。何もかも知られている。心の奥底まで覗かれている。困難な深みに入り込んでいくような感じをおぼえた。助けを求めるように置き薬屋のポスターに目をやった。文字は読めたけれど書かれていることは意味をなさなかった。
「おまえのなかにも森があるやろう」相手は狙った獲物を追い詰めるように言った。
「なんのことか」とりあえず間合いを切った。
「わかっておるはずだ」突然、少年の声が変わった気がした。「わしらが追われゆくもの、消えゆくものであることが。森はもう、わしらのなかにしか残っとらん。人間に追われ、森のなかで息をひそめて暮らしておる」
 ぞっとするほど冷たい声だった。いったい何を言っているのだろう。なんの話をしているのだ。それ以前に、いま話しているのは誰だろう。何ものが喋っているのだろう。外見は自分と同じ年格好の者だが、本当の声の主は、どこか別のところにいる気がした。正体を見極めようとして視線を向けると、その顔は厚い無関心に覆われている。本来の顔の上にもう一つ、そっくり同じ仮面をつけたような感じだった。それは何も語らず、何も訴えかけてこなかった。仮面には感情がない。喜怒哀楽がない。だが仮面の下にある顔も、やはり感情をもたず、喜怒哀楽を知らないのかもしれない。
「おまえの話はようわからん」切り上げるように言うと、
「そのうちわかるようになる」無表情な声が答えた。「わしらは人間の姿はしておるが、魂は人間ではない。深い森に棲むものたちの魂を持っとる。わしもおまえも……わしらは仲間だ」
 難しいことを簡単な言葉で言われている気がした。その言葉に誘われて、何かを必死になって考え出そうとする心持ちになっていたが、頭のなかでは何も思っていなかった。
「そろそろ帰らんと」
 立ち上がった健太郎を、少年は上目遣いに見た。
「また来るか」声に感情が戻った。
「どうかの」優柔不断な答え方になった。
「もう来んのか」
「道がわからん。途中で迷うかもしれん」
「避病院に来い。迎えに行ってやる」お仕着せがましい言い方のなかに哀願の調子が混じった。
「曜日と時間を決めておくか」健太郎が歩み寄ると、
「そんな面倒はせんでええ」相手は突き放した。
「いつ来るかわからん者を、迎えに行かれんやろう」
「わしにはわかる」不可解なことを言った。
「なんがわかるのか」
「おまえのことがよ。いつも近くで見よる」
「やめんか」冗談めかすつもりが、言葉が真剣になっている。「気味が悪い」
「それなら曜日と時間を決めろ」相手は妥協するように言った。
「土曜はどうか」早く立ち去りたいばかりに答えた。「昼飯を済まして出てくる」
「わかった。今日と同じだの」
 足を踏み出した途端、長く歩き疲れたような疲労をおぼえた。外へ出たところで、家までの道のりを果てしないものに感じた。ぐずぐずしていると足が萎えてしまいそうだった。
「土曜じゃの」戸口から少年が言った。
 その声で弾みがついた。一つ頷くと、健太郎は振り切るように足を早めた。(イラスト RIN)