なお、この星の上に(7)


 健太郎の一日は牛の乳搾りからはじまる。バケツに搾った生乳は金属製の容器に入れ、リヤカーで近くの集配所に運ぶ。これが毎朝の日課だった。夕食の前にも、もう一度乳搾りが待っている。休みの日でも関係ない。搾乳を怠ると、牛は乳房炎を起こすことがある。家では三頭の牛を飼っており、いずれも乳牛だった。搾乳の他に餌やりや畜舎の掃除など、大切な収入源である動物の世話を、健太郎は中学になってから任されている。
 牛に乳を出させるためには、定期的に種付けをしなければならない。だから毎年数頭の子牛が生まれてくる。牛は難産と言われるが、たしかに健太郎が記憶するかぎり、すんなりと生まれたためしはなかった。ときには夜通しかかって、明け方にようやく生まれることもある。牛たちの世話をするようになってから、健太郎は出産に立ち会うようにしている。いくら遅くなっても、子牛が無事に生まれてくるまでは起きていた。
 子牛が生まれるときは、家中に緊張感が漂う。女たちは大きな鍋に湯を沸かすなどして準備に追われる。父親と祖父は母牛を刺激しないように、近くで静かに見守っている。いよいよ出産が近づくと、母牛は藁の上に坐り込む。やがて尻から、子牛の入っているピンク色の袋のようなものが出てくる。これが破れると、子牛の脚が見える。なかなか破れないときには、人間の手で破水させてやることもある。前脚が出てからも、子牛は容易なことでは生まれない。母牛は立ち上がったり、寝転んだりを繰り返す。途中で餌を食べることもある。明らかな難産の場合は、子牛の脚を持って引っ張り出す。しかし父親と祖父が二人がかりで引っ張っても、びくともしないことがある。そんなときは子牛の脚に紐を結びつけ、家中が総出で引っ張る。まるで母牛と人間たちが綱引きをしているようなものだった。
 誰もが雌の誕生を望んでいる。乳牛として高く売れるためだが、こればかりは人間の力ではどうにもならない。妹の綾子などは、庭の隅に祀ってある山の神さまに願いを叶えてもらうつもりでいる。普段、彼女はこの場所へ行くのを怖がっていた。庭の北側に疏水を引きこんだ水場があり、その奥の小さな祠に山の神は祀ってある。鬱蒼とした木々に囲まれた一隅は、昼間でも薄暗い。しかも祀ってあるのは、山の神という得体の知れない神さまだ。山には魔物が棲むという話を、兄妹は小さいころから聞かされて育った。自然の恵みをもたらしてくれたり、山に入る者の安全を守ってくれたりする、ありがたい神さまであることは理解していても、「山の神」という言葉には、どこか恐ろしい響きがあった。
 健太郎は家の者たちとは少し違う理由から、やはり雌牛の誕生を望んでいた。雌は搾乳牛として飼育されるが、雄は去勢され、肉牛として育てられる。雌として生まれたほうが、牛は幸せなように思える。もちろん雌牛も乳を出さなくなれば、売られて肉にされるのだが、それでも健太郎は雌に生まれてほしいと思う。雌雄にかかわらず、子牛が誕生する瞬間は感動的なものだった。出産に立ち会う最大の理由は、この瞬間を自分の目で見届けたいからかもしれない。生まれた子牛は、すぐに母牛の顔の前に連れていく。母牛は疲れ切っているにもかかわらず、子牛の身体をなめてきれいにしてやる。子牛は薄く目を開けており、しきりに頭をもたげようとする。三十分か一時間もすれば、よろよろした脚で立ち上がる。はじめは前脚が折れて前のめりになったり、横倒しになったりしながらも、何度か挑戦しているうちに、一歩ずつ前に歩みはじめる。子牛は一週間ほどで母牛から離し、売られるまでの二ヵ月ほどは、祖父が大事に世話をした。
 牛の世話をしていると、その肉を食べようという気にはなれない。他の者たちも同様らしく、たまに近所の農家などから牛の肉をもらっても、あまり嬉しそうな顔はしない。いちばん頻繁に食べるのは鶏だった。家で飼っているものを、ときどき祖父がつぶして肉にする。みんな美味そうに食べるが、健太郎は好んで食べる気にはなれない。どちらかというと、嫌々食べている。妹の綾子などは、首の軟骨を鉈でミンチにしてつくった団子が、いちばん美味いなどと言っている。こうした状況で迂闊に口を滑らせれば、祖父から「ケツの穴のこまいやつだ」とからかわれるにきまっている。
「健太郎、太い糞をせえよ」
 山に棲む魔物の話とからめて、そんなことを言うのが祖父の悪い癖だった。このあたりの者たちは、山と付き合わずには暮していけない。とくに男は、木を伐るにも猟をするにも、山の奥まで入っていく必要があった。山ではいろいろなことが起こる。ときには身体中の血が凍るような怖い目に遭うこともある。気の小さい男では耐えられない。祖父自身も若いころから何度もそんな目に遭ってきたらしい。肝の坐り具合は尻の穴によってきまる。そして尻の穴の大きさは、糞の太さによってわかる、という理屈だった。
「太い糞をするためには、飯をいっぱい喰わなならんぞ」
 要するに、食が細くて非力な男は山仕事には向かないということである。たしかに祖父はよく食べた。健太郎の父よりもたくさん食べるくらいだ。綾子も好き嫌いなくなんでも食べる。健太郎だけが、非力な男と馬鹿にされるのが癪なので、苦手なものを無理して食べている。
 鶏が苦手になったのには理由がある。小学四年生のときだった。健太郎は祖父に誘われるまま、何気ない気持ちで鶏の解体に立ち会った。祖父としては、孫に鶏のつぶし方を教えようと思ったのだろう。切り開かれた腹のなかには、これから産まれる卵が順番に並んでいた。殻が薄く付きかかっているものから、だんだん黄身だけになっていく。これが明日産むぶんの卵、これが明後日のぶん、というふうに祖父は説明してくれた。そのときは別段気持ち悪いとも思わなかったが、以来、目の前に鶏の肉が出てくるたびに、健太郎は腹のなかに並んだ卵を思い浮かべるようになった。
 同じ鳥の肉なら、たまに父親が捕ってくるカモのほうがよほど好きだった。カモ猟は冬場の村の男たちの楽しみの一つだった。水を落とした田んぼに降り立つカモたちを、餌でおびき寄せて一網打尽にする。多いときには二十羽ほども捕れる。カモ猟の他にも、年間を通して狩猟は日常的に行われていた。そのため男たちの多くは猟銃を保有していた。シカやイノシシを捕ることは、害獣駆除の目的で村をあげて定期的に行われた。野生の獣たちの肉は、山で暮らす人々の貴重なタンパク源であるとともに、猟をとおして互いの結束を強めるという意味合いももっていた。また野鳥を撃ちに行くことは、いまも昔も農閑期の村の男たちの最大の娯楽になっていた。
 そうした猟に比べると、カモ猟はいかにも面白みのないものだった。カモたちは日没と同時に田んぼに戻ってくる。警戒心が強いので餌場に直接降りることはなく、少し離れたところに降りて、まわりを見まわしながら寄ってくる。人間のほうは、カモたちが仕掛けた網に入るまで、茂みなどに隠れてじっと待つ。忍耐力が必要だった。健太郎の父親などは、煙草も吸えないと言ってこぼしている。それでも男たちがカモ猟に出かけるのは、捕った獲物で酒を飲むためだった。
 彼らが持ち帰ったカモは、主婦たちが共同で料理をする。羽をむしり、胸肉、手羽、腿肉、ガラなどに切り分けていく。カモ鍋は、ガラで出汁をとったスープに肉を入れ、ねぎを加える。手羽と腿肉とあぶり焼きにする。たしかに美味くはあったが、健太郎は日暮れの田んぼで凍えてまで捕りたいとは思わなかった。(イラスト RIN)