なお、この星の上に(4)

 山の棚田を過ぎると、それまでの砂利道から土だけの道になった。まわりの木々の様子も、明るい雑木林から、植林された杉や檜の林に変わっていく。針葉樹が生い茂った林は暗く、その横を通る道までがひんやりとしている。清水が湧き出しているところがあるので、四人は交互に手で掬って咽喉を潤した。
 健太郎は植林が行われた山よりも、いろんな種類の木が混じっている自然の山のほうが好きだった。葉を落とした広葉樹の枝が玉状になり、春先には尨犬のようにモコモコして見える。色や濃淡の異なる木々によって、山全体が柔らかく波打って見えるところから、土地の人たちは「山を洗う」とも言う。そんな山の中腹で広範囲に伐採が進み、整地された斜面に、学校の校舎じみた建物が幾棟か立ち並んでいた。
「また建物が増えとる」新吾が谷を隔てた向かいの山に目をやって言った。「このぶんじゃあ町が一つでけるな」
「どうする、武雄、山が消えて猟がでけんようなったら」豊が心配そうにたずねた。
「山が消えるこたあな」武雄は頑なな口調で答えた。「それに獲物はどこにでもおる」
 のちに「エラン爺さん」と呼ばれることになる老人と、健太郎たちが山で出会ったときには、まさかこんなことになるとは思ってもみなかった。小学五年生のときだった。最初の情報をもたらしたのは武雄だった。そのころから武雄は、将来は猟師になるという決意を固めつつあり、学校が休みの日には自分で製作した弓矢などを持って山に入り、猟の修行に勤しんでいた。そんな折に、何度か怪しい男を見かけたという。男は道端に露出している岩などをハンマーで叩いて、何か調べているようだった。化石でも採っているのではないか、と健太郎が言うと、そんなふうには見えない、と武雄は確信ありげに答えた。
 ほどなく夏休みに入り、四人は本格的に、武雄のいう「怪しい男」の探索に出かけることにした。その正体を暴き、もし村に危害をもたらすおそれがある場合には、しかるべき筋に報告することで意見が一致した。各自がナイフや鉈を腰にぶら下げて出発した。山に入るときにはいつも持っていくものだが、今回は木や竹を切るだけでなく、護身用に使う事態も想定された。
半日ほど歩きまわって、ようやく男のものらしいテントを見つけた。一人か二人用の古いものだった。なかは無人で、近くに焚火の跡があった。何か男の素性につながるものはないかと、四人はあたりを物色したが、とくに怪しいものは見当たらなかった。テントのなかには寝袋や衣類や本などが転がっていた。焚火のまわりにも、飯盒やアルマイトの食器など、普通のキャンプで使うようなものがあるだけだった。
「傷痍軍人じゃないんかの」と新吾が言った。
「どこも怪我しとらんし、軍人上がりにしちゃあ歳がいっとる」武雄は大人びた受け答えをした。
 そのとき突然、近くの茂みから男の怒声が響いた。
「誰だ!」
 四人は弾かれたように逃げ出した。申し合わせたように、声がしたのとは反対の方向へ走っている。安全なところまで退避して後ろを振り返ると、男はテントのところで腕組みをして立っていた。追いかけてくる様子はない。それ以上は、威嚇する素振りも見せなかった。たしかに傷痍軍人ではなさそうだった。老人と言ってもいい歳恰好の小柄な男で、眼鏡をかけ、頭にはよれよれの登山帽をかぶっている。こんな相手なら捕まる心配はない、と健太郎は思った。ただ黙ってこっちを見ているのが、かえって薄気味悪かった。
「ありゃあ化石採りやないぞ」山を下りながら新吾が言った。
「何をしとるんかの」健太郎がたずねると、
「年寄りの乞食やろう」豊が答えた。
「やっぱ怪しいが」と武雄が言った。
 その後も四人は、夏休みのあいだに何度となく山に入った。山の神が祀られているあたりは森が深く、夏でも涼しいので、何をして遊ぶにも恰好の場所になった。川の上流で釣りをしたり、サワガニを捕まえたりすることもあった。しかし再び老人を見かけることはなかった。彼はテントとともに消えてしまった。どこか別の山へ移動したのかもしれない。それとも目的を達成して引き揚げたのだろうか。ときおり思い出したように、誰かが老人の消息に言葉を向けた。やがて夏休みが終わり、新学期がはじまると、老人のことは話題にも上らなくなった。
(イラスト RIN)