なお、この星の上に(4)


 健太郎の一日は牛の乳搾りからはじまる。バケツに搾った生乳は金属製の容器に入れ、リヤカーで近くの集配所に運ぶ。これが毎朝の日課だった。夕食の前にも、もう一度乳搾りが待っている。休みの日でも関係ない。搾乳を怠ると、牛は乳房炎を起こすことがある。家では三頭の牛を飼っており、いずれも乳牛だった。搾乳の他に餌やりや畜舎の掃除など、大切な収入源である動物の世話を、健太郎は中学になってから任されている。
 牛に乳を出させるためには、定期的に種付けをしなければならない。だから毎年数頭の子牛が生まれてくる。牛は難産と言われるが、たしかに健太郎が記憶するかぎり、すんなりと生まれたためしはなかった。ときには夜通しかかって、明け方にようやく生まれることもある。牛たちの世話をするようになってから、健太郎は出産に立ち会うようにしている。いくら遅くなっても、子牛が無事に生まれてくるまでは起きていた。
 子牛が生まれるときは、家中に緊張感が漂う。女たちは大きな鍋に湯を沸かすなどして準備に追われる。父親と祖父は母牛を刺激しないように、近くで静かに見守っている。いよいよ出産が近づくと、母牛は藁の上に坐り込む。やがて尻から子牛の入っているピンク色の袋のようなものが出てくる。これが破れると、子牛の脚が見える。なかなか破れないときには、人間の手で破水させてやることもある。前脚が出てからも、子牛は容易には生まれない。母牛は立ち上がったり、寝転んだりを繰り返す。途中で餌を食べることもある。明らかな難産の場合は、子牛の脚を持って引っ張り出す。父親と祖父が二人がかりで引っ張っても、びくともしないことがある。そんなときは子牛の脚に紐を結びつけ、家中が総出で引っ張る。まるで母牛と人間たちが綱引きをしているようなものだった。
 誰もが雌の誕生を望んでいる。乳牛として高く売れるためだが、こればかりは人間の力ではどうにもならない。妹の綾子などは、庭の隅に祀ってある山の神さまに願いを叶えてもらうつもりでいる。普段、彼女はこの場所へ行くのを怖がっていた。庭の北側に疏水を引きこんだ水場があり、その奥の小さな祠に山の神は祀ってある。鬱蒼とした木々に囲まれた一隅は、昼間でも薄暗い。しかも祀ってあるのは、山の神という得体の知れない神さまだ。山には魔物が棲むという話を、兄妹は小さいころから聞かされて育った。自然の恵みをもたらしてくれたり、山に入る者の安全を守ってくれたりする、ありがたい神さまであることは理解していても、「山の神」という言葉には、どこか恐ろしい響きがあった。
 健太郎は家の者たちとは少し違う理由から、やはり雌牛の誕生を望んでいた。雌は搾乳牛として飼育されるが、雄は去勢され、肉牛として育てられる。雌として生まれたほうが、牛は幸せなように思える。もちろん雌牛も乳を出さなくなれば、売られて肉にされるのだが、それでも健太郎は雌に生まれてほしいと思う。雌雄にかかわらず、子牛が誕生する瞬間は感動的なものだった。出産に立ち会う最大の理由は、このときを自分の目で見届けたいからかもしれない。生まれた子牛は、すぐに母牛の顔の前に連れていく。母牛は疲れ切っているにもかかわらず、子牛の身体をなめてきれいにしてやる。子牛は薄く目を開けており、しきりに頭をもたげようとする。三十分か一時間もすれば、よろよろした脚で立ち上がる。はじめは前脚が折れて前のめりになったり、横倒しになったりしながらも、何度か挑戦しているうちに、一歩ずつ前に歩みはじめる。子牛は一週間ほどで母牛から離し、売られるまでの二ヵ月ほどは、祖父が大事に世話をした。
 牛の世話をしていると、その肉を食べようという気にはなれない。他の者たちも同様らしく、たまに近所の農家などから牛の肉をもらっても、あまり嬉しそうな顔はしない。いちばん頻繁に食べるのは鶏だった。家で飼っているものを、ときどき祖父がつぶして肉にする。みんな美味そうに食べるが、健太郎は好んで食べる気にはなれない。どちらかというと、嫌々食べている。妹の綾子などは、首の軟骨を鉈でミンチにしてつくった団子が、いちばん美味いなどと野蛮なことを言っている。こうした状況で迂闊に口を滑らせれば、祖父から「ケツの穴のこまいやつ」とからかわれるにきまっている。
「健太郎、太い糞をせえよ」
 山に棲む魔物の話とからめて、そんなことを言うのが祖父の悪い癖だった。このあたりの者たちは、山と付き合わずには暮していけない。とくに男は、木を伐るにも猟をするにも、山の奥まで入っていく必要があった。山ではいろいろなことが起こる。ときには身体中の血が凍るような怖い目に遭うこともある。気の小さい男では耐えられない。祖父自身も若いころから何度もそんな目に遭ってきたらしい。肝の坐り具合は尻の穴によってきまる。そして尻の穴の大きさは、糞の太さによってわかる、という理屈だった。
「太い糞をするためには、飯をいっぱい喰わなならんぞ」
 要するに、食が細くて非力な男は、山仕事には向かないということである。たしかに祖父はよく食べた。健太郎の父よりもたくさん食べるくらいだ。綾子も好き嫌いなくなんでも食べる。健太郎だけが、非力な男と馬鹿にされるのが癪なので、苦手なものを無理して食べている。
 鶏が苦手になったのには理由がある。小学四年生のときだった。健太郎は祖父に誘われるまま、何気ない気持ちで鶏の解体に立ち会った。祖父としては、孫に鶏のつぶし方を教えようと思ったのだろう。切り開かれた腹のなかには、これから産まれる卵が順番に並んでいた。殻が薄く付きかかっているものから、だんだん黄身だけになっていく。これが明日産むぶんの卵、これが明後日のぶん、というふうに祖父は説明してくれた。そのときは別段気持ち悪いとも思わなかったが、以来、目の前に鶏の肉が出てくるたびに、健太郎は腹のなかに並んだ卵を思い浮かべてしまうのだった。
 同じ鳥の肉なら、たまに父親が捕ってくるカモのほうがよほど好きだった。カモ猟は冬場の村の男たちの楽しみの一つだった。水を落とした田んぼに降り立つカモたちを、餌でおびき寄せて一網打尽にする。多いときには二十羽ほども捕れる。カモ猟の他にも、年間を通して狩猟は日常的に行われていた。そのため男たちの多くは猟銃を保有していた。シカやイノシシを捕ることは、害獣駆除の目的で村をあげて定期的に行われた。野生の獣たちの肉は、山で暮らす人々の貴重なタンパク源であるとともに、猟をとおして互いの結束を強めるという意味合いももっている。また野鳥を撃ちに行くことは、いまも昔も農閑期の村の男たちの最大の娯楽になっていた。
 そうした猟に比べると、カモ猟はいかにも面白みのないものだった。カモたちは日没と同時に田んぼに戻ってくる。警戒心が強いので餌場に直接降りることはなく、少し離れたところに降りて、まわりを見まわしながら寄ってくる。人間のほうは、カモたちが仕掛けた網に入るまで、茂みなどに隠れて辛抱強く待つ。忍耐力が必要だった。健太郎の父親などは、煙草も吸えないと言ってこぼしている。それでも男たちがカモ猟に出かけるのは、捕った獲物で酒を飲むためだった。
 彼らが持ち帰ったカモは、主婦たちが共同で料理をする。羽をむしり、胸肉、手羽、腿肉、ガラなどに切り分けていく。カモ鍋は、ガラで出 汁をとったスープに肉を入れ、ねぎを加える。手羽と腿肉はあぶり焼きにする。たしかに美味くはあったが、健太郎は日暮れの田んぼで凍えてまで捕りたいとは思わなかった。

 夕方の搾乳を終えて家に入ろうとすると、庭の井戸に祖母が蝋燭と水を供えていた。健太郎が牛の乳搾りを日課にしているのと同様に、彼女は毎夕、井戸に供え物をして手を合わすことを欠かさない。井戸には水の神さまが棲んでおられる、というのが祖母の口癖だった。だから井戸の水をいただくときには、「お水をいただかせてください」と口にし、汲んだあとは「ありごとうございました」とお礼を言う。そうすれば水が涸れることはないという。
「乳搾りは終わったんか」健太郎に気づいた祖母がたずねた。
「終わった」
「ご苦労やったの。ご飯食べよ」
「その前に、風呂に火をつけてくる」
「ああ、そうか」
 井戸は広い表の庭のほぼ中央にあり、隣は祖父が鯉を飼っている池だった。秋祭りのときなど、祖父は自ら料理した鯉を客にふるまうのを楽しみにしていた。池の近くには、ドラム缶を使った高架の貯水タンクがある。タンクに水を汲み上げるのも健太郎の仕事だった。手こぎ式のポンプに全体重をかけて、一気に汲み上げる。この水はパイプを伝って母屋に配給される。水圧が弱まると出が悪くなるので、タンクはいつも満たしておかなければならない。
 水道が来ていない健太郎たちの村では、ほとんどの家がこうした自家水道を備えていた。雑用水は家の横を流れる小川から引いていたが、風呂で使うぶんは祖父が工夫して、雨樋の水を集めて浴槽に注ぐようにしている。せっかく降った雨を、ただ地中に戻すのはもったいない、というわけだった。余った水は桶に集めておいて畑に撒く。顔を洗う洗面器の水も、残ったものは草花にかけてやる。この老人は、とにかく無駄にすることが嫌いな性分で、利用できるものはなんでも利用したいと考えている。人に頭を下げて生きるような生き方はつまらない、というのが信条だった。そのためには自給自足がいちばんだ。頭を使って、自分の暮しは自分の力で立ち行かせていく算段をすることだ。一日も早く村にも水道が来てほしいという女たちの願いを、彼は馬鹿げたことだと考えていた。水は天から自然と降ってくるのに、なぜ金を出して水道局から買わなければならないのか。一家の長の言うことを、女たちはほとんど聞き流しているようだった。
 風呂は母屋の東角にあった。浴槽はタイル張りだが、仕組みはいわゆる五右衛門風呂で、鋳鉄製の風呂桶を直火で温めるようになっている。焚き口は庭に面し、薪を収納している物置が、そのまま台所のある土間につながっている。小学生のころから任されている風呂焚きの仕事を、健太郎は気に入っていた。入会などから集めてきた枯れ木や間伐材を、鋸で挽いて適当な長さに揃え、斧で割っていく。台風や雪で倒れた木や害虫による枯れ木も薪にする。風呂を焚くときは、さらに鉈で細かく割って焚きつけを作る。冬場などは焚き口にしゃがみ込み、落ち葉や小枝、乾燥した薪が燃えるのを眺めて飽きなかった。ときどき風呂の番をしながら、暖かな焚き口で漫画を読むのも楽しみだった。
 庭の片隅に灰を捨てる場所があり、集めた灰は祖父が畑の肥料にする。鶏はひよこから育てて卵を採り、鶏糞はやはり肥料にする。卵を産まなくなった鶏はつぶして食べる。最初から最後まで無駄がない。いかにも祖父好みの動物だった。ヤギを飼っているのも、残飯や野菜屑を食べてくれるからだろう。その乳を、祖父は健康にいいと言って毎朝飲んでいるが、健太郎はやはり牛の乳のほうが美味いと思う。とくに風呂上がりに飲む冷たい牛乳は格別だった。
 祖母はアンゴラウサギを飼っている。小屋は三段になっていて、一つの部屋に四羽くらいずつ入っている。それが横に八個ほど並んでいる。以前、小屋に忍び込んだテンによって、大切に育てたウサギが全滅させられたことがあった。祖母は悲しんだが、祖父は怒り狂った。そして小屋のまわりを頑丈な金網で覆ってしまった。おかげでアンゴラウサギの小屋は捕虜収容所のようになった。飼育小屋の隣に粗末な仕事部屋があり、そこで祖母は膝の上にウサギを抱いて毛を刈っていた。集めておいた毛は、ときどき業者が買い取りに来た。
 太い薪を何本かくべてから、健太郎は土間へ抜けて台所の水道で手を洗った。竈の前では母親が鍋に味噌を溶かしている。妹の綾子も手伝いをしている。台所が土間になっているのは、農家にとっては都合のいいことだった。農繁期には土足のまま食事の支度をし、上がり端などに腰かけて食べることができる。また泥のついた野菜を気にせずに扱うこともできる。しかし同じ理屈で、便所が外にあるのはどうかと思う。広い庭では一年を通して様々な農作業が行われる。農具の手入れ、収穫された野菜や果実の選別、秋には稲の脱穀や天日干し。そうした農作業の途中で、地下足袋のまま入れるようにと便所は庭の東側、脱穀機や鍬や鋤などの農具、袋詰めにされた穀類などを置いておく納屋の隣に設けてある。夜中に便所へ行くには相当の覚悟が必要だった。四月には六年生になる綾子などは、いまでも母親か祖母についていってもらうことがある。
 土間は石灰を混ぜた土を搗き固めた三和土だった。この土間に、軽く水を打って箒で掃くのは綾子の仕事になっている。去年あたりからは、それに米を研ぐことも加わった。綾子に米の研ぎ方を教えたのは祖父である。できるだけ少ない水で、一粒も米をこぼさずに研ぐことが肝心だった。この研ぎ方を、祖父自身は軍隊で習ったのだという。
 食堂になっている板の間の飯台には、すでに幾品かの料理が並べてあった。老眼鏡をかけて新聞を読んでいる祖父は、健太郎が入っていっても顔を上げない。最近は耳も少し遠くなっているらしい。綾子が母親の手伝いをして調理場から飯櫃を運んできた。蓋を取ると、白い湯気が濛々と上がる。健太郎はにわかに空腹をおぼえた。母親が汁の入った鍋を持ってきた。
「お父ちゃんは」
「知らん」
「牛小屋にはおんさらんかったか」
「見んかった」
「なにしよんさるんやろうな」
 祖母が部屋に入ってきたときも、父の姿はなかった。すでに配膳も終わり、健太郎は早く食べたいと思っている。
「惣一郎はまだ戻らんのか」ようやく新聞から顔を上げた祖父がたずねた。
「どこ行っとるんでしょうな」母親が答えた。
 結局、父の帰宅を待たずに、五人は先に食事をはじめることにした。飯台は畳一帖ほどもある大きなもので、三枚の板を張り合わせた天板の下に少し長めの脚が付いている。卓の両側には、引き出しが四つずつ付いている。それぞれに坐る場所がきまっているので、なかに自分専用の食器をしまっておくことができる。しかし引き出しを本来の用途で使っているのは祖父くらいだった。父親の惣一郎は、不衛生だという理由で早々に使うのをやめてしまった。子どもたちは父親に倣い、やがて祖母と母親も大勢に準ずることになった。
「なんが不衛生なもんか」祖父一人が超然として、いまだに引き出しを使いつづけていた。「昔からこうやってきたのやけん」
 食べ終わると、茶碗のなかに白湯を入れ、まず箸を洗う。それから茶碗をゆっくりまわして、なかをきれいにする。つぎに茶碗の湯を汁椀に移し、同じようにする。最後にその湯を飲んでしまえば、口のなかもきれいになるというわけだった。きれいになった食器は引き出しにしまい、つぎの食事のときにまた出してくる。さすがに副食物の皿は流しに持っていくが、取り皿に残った菜などは、そのまま引き出しに入れておき、次回のおかずになった。年に何度か、すべての引き出しを取り出して水で洗い、天日干しにする。その際、健太郎は祖父の引き出しの隅に黴が生えているのを目撃したことがある。だから内心は、父が言うように、引き出しに食器をしまうのは不衛生だと思っていた。
 衛生面の問題はともかく、飯台に引き出しが付いていること自体は便利であり、各自が自分流の使い方をしていた。たとえば祖母は毎日服用する薬を入れていた。食事が終わって、茶碗に注いだ白湯で薬を飲めば、飲み忘れることもない。健太郎は自分用のふりかけを入れているし、綾子などは筆箱やノートといった学用品を入れている。彼女は学校から帰ってくると、この飯台の上で宿題をするのだった。
 玄関の引き戸が開く音がして、父親の惣一郎が板の間に入ってきたのは、家族の者たちが大方食事を終えようとするころだった。
「こりゃ遅なったのう」と言いながら、父親は自分の場所に腰を下ろした。
「どこ行っとりやしたか」母親が茶碗に飯を装いながらたずねた。
「茂さんの家におった」
「こんな時間まで」
「茂さんとこの牛がやられてな。これからも同じことがあっちゃ困るんで、みんなでどうにかせにゃならんと相談しよった」
「病気か」祖父がたずねた。
「どうも野犬に襲われたようですな」父親は答えた。
「野犬が牛を襲うかの」
「そこがわしらにもようわからんので」父親は困惑した表情で箸を止めた。「いままでなかったことですけん」
「犬が牛を襲うとはのう」祖父も思案顔で考え込んだ。
「電気柵を作ってもろたらええよ」綾子が口を挟んだ。「エランで発電した電気を通すんよ。犬が柵に触ったらビリビリって感電しよるわ」
「綾ちゃんは発明家だの」祖母が笑いながら言った。
「これからは科学と民主主義の時代やて、先生も言いよんさったよ」
「綾子は難しい言葉を知っとるのう」祖父が感心したように言った。「その民主主義いうのを、じいちゃんにも教えてくれんかの」
「話し合いできめることよ」綾子は簡潔に答えた。「うちら学級のことでもなんでも、民主主義できめよる」
「ほう、そりゃえらいことじゃ」
「話し合いできまらんときは、多数決できめるんよ。そしたらだいたい女子の勝ちじゃ。数が多いけん」
「うちらにとってはええもんのようだの、民主主義は」母親が言った。
「この家は三対三じゃ」健太郎が口を挟んだ。
「牛のほうはどうなった」祖父が話を戻した。
「とりあえず毒饅頭を撒くことになりそうでさあ」
「うちにも撒いとかないけんかのう」
「野犬は頭が賢いですけんな」
「なんぼ賢うても、人間の知恵にはかなうまい」
「うちは電気柵のほうがええ思うな」綾子は最後までこだわった。
 やがて話は近く行われる山参りのことに移った。かれこれ一ヵ月ほど前のことだった。村の寄り合いに出ていた父親は、夜遅くになって大きな風呂敷包みを持ち帰った。なかには一幅の掛け軸と、お神酒器、蝋燭立てなどが入っている。さっそく神棚が設えられ、その日から朝夕、父親は欠かさず神棚に祝詞を上げはじめた。
 健太郎たちの村では、毎年田起こしがはじまるころに、一年の無事と豊作を祈願するため、村の代表が大山にお参りすることが習わしになっている。大山は標高千メートルを超える高峰で、山の神の祠から山頂までは大人の足でも半日はかかる。この山参りが終わると、本格的な春の訪れとともに、村では代掻きから種蒔き、田植えと、農繁期を迎えるのだった。
 山参りは村の各家が毎年順番で担い、今年は健太郎の家が当番になっていた。村の伝統行事の多くは農事と密接なかかわりがあり、月の満ち欠けをもとにした旧暦によって日取りが決められている。当番の家では一ヵ月ほど前から神棚をつくり、お供えをして祝詞を上げつづける。当日は、付添として村の男たちが何人か一緒に登るが、その際に、健太郎も父親に付いてお山に登ることになっていた。頂上には小さな神社と権現滝がある。男たちは村の各家から集めた浄財を神社に奉納し、滝の「お水」をいただいて帰る。この水は村の各家に配られ、村の者たちは「お水」を口に含んで、一年の無病息災を祈願するのだった。
「じいちゃんが若いころには、雨乞いの儀式のために再々お山に登りよった」祖父は昔語りにそんな話をした。「村の若い者が四、五人で朝早ように出発して、権現さんのお水をいただくと、日暮れまでに村に帰り着けるよう、一目散に山を下りるんじゃ」
「わしらが結婚したころに、最後の雨乞いをしたんやなかったかの」父親が引き取って言った。「おとうちゃんらが子どものころは、お山の社のことを雨降り神社いうてね、村の若い人らが毎年のように雨乞いに行きよった」それから祖父のほうへ、「あのころはまた日照りが多かったでしょうが」と話をつないだ。
「多かったのう」
「田んぼもいまより多かったですけん、ちょっと雨が降らんと水が足らんなりよる。そしたらすぐに雨乞いが出されよりましたな」
「惣一郎も行ったことがあるんかの」
「雨乞いは行ったことないです」
「あれはなかなか大変でな。途中で止まってはならんとか、お水をこぼしてはならんとか、他にもなんやかやとうるさいきまりがある」
「戦争がはじまって食糧が足らんなって、米は作るのが大変やいうんで、田んぼをつぶして芋や麦を作るようになったでしょうが。戦争が終わってからは、果樹をやったり、牛や鶏を飼うたりする家が増えてきたんで、以前ほど水がない言わんようなったですね」
「どうや健太郎。おとうちゃんと一緒にお山に登れるか」祖父がたずねた。
「大丈夫じゃよ」
「お山は険しいぞ」
「山ならいつも登っとる」
「そりゃあ頼もしいの」祖父は嬉しそうに言った。「健太郎がお参りしたら、山の神さまもさぞかし喜ばれるやろう」

 風のない静かな夜だった。窓に引いたカーテンの向こうが明るんでいるのは、月が出ているからだろう。今夜あたりは満月かもしれない。先ほどから、庭の井戸のあたりで小さな音がしている。それが耳について、健太郎は眠ることができなかった。カーテンの隙間から覗いてみれば済むことだが、せっかく温まった布団から抜け出すのは億劫だった。
 窓の外を、夜の闇がふわふわ漂っているのが感じられた。そのあいだを何か小さなものが動きまわっている。牛たちは声をたてなかった。鶏たちも騒がない。池の鯉たちは水の底で眠りについている。どうやら危害を及ぼすものではないらしい。野良猫だろうか。それとも冬眠から目覚めたリスが山を下りてきたのだろうか。灰拾いかもしれない、と健太郎は思った。
 物音が止むと、母屋の東側を流れる疏水のせせらぎが聞こえてきた。その音に耳を傾けながら、いつか祖母から聞いた話を思い出した。庭の井戸にまつわる話だった。戦争中のことだ。やはり月の明るい夜だった。いろいろなものが日中よりも細やかに、美しく見える。そんな月夜のことだった。庭のほうで小さな物音がしたので、祖母は起き出して外に出てみた。一人の若い兵隊が井戸の水を飲んでいた。よほど咽喉が渇いているのか、柄杓で何杯も飲んでいる。祖母もよく知っている村の若者だったので、ためらわずに声をかけた。
「休みをもろて、帰ってきたのか」
 兵士は柄杓から顔を上げて振り向くと、穏やかな表情でじっと祖母のほうを見ていた。手に持った縦長の柄杓からは、飲みかけの水が雫となってこぼれている。月の光が水滴に反射して光っていた。若者は闇夜を背景にしてくっきりと立っている。やがて柄杓を置くと、井戸に向かって敬礼をした。それから祖母のほうへ向き直り、かすかに微笑むようだった。名前を呼ぼうとするのに、どうしても声が出ない。若い兵士は祖母にも丁寧に敬礼をした。それから踵でまわれ右をすると、暗い夜のなかへゆっくりと歩み去っていった。実家に戦死の通知が届いたのは、数日後のことだった。
「不思議なことだが、実際にあったことなんよ」祖母は孫たちに向かって、夢の名残りをたどるように言った。「月が明るい夜には気をつけなならんね。どんなことでも起こる夜が、たまにやって来るけえなあ」
 健太郎が小学校から帰ると、祖母はときどき一人でラジオを聞いていることがあった。戦争が終わって十年以上経っているにもかかわらず、いまだに帰らなかったり、行方不明になったりしている人がいるらしい。そんな人たちの家族や親戚、友人に少しでも情報を提供するために、きまった時間に放送されている番組だった。祖母の知り合いにも、戦争に行ったまま帰ってこない人がいるのかもしれない、と健太郎は思った。訊いてみようと思いながら、なんとなく言い出しにくい雰囲気があった。
「どんな人でも神さまのお使いと思わないけんよ」祖母は口癖のように言った。「神さまが使わされたに違いない。神さまや仏さまは、どこか遠いところにおられるのやのうて、わしらは人を通じて神さまや仏さまに会いよるんよ。見知らぬ人が自分を頼って来たときには、神さまや仏さまが来てくださった思うて、お世話してあげるのやよ」
 祖母が子どものころには、無籍無宿のまま漂泊生活をしている者たちが大勢いたという。彼らは春から秋にかけて、棕櫚箒や箕などの竹細工製品を携えて、定期的に村へやって来た。夏場には、ナマズやギギなどの川魚や、ドロカメやスッポンなどを売りにくる。海から遠く離れた山深い地域では、川魚はたんぱく質の供給源として貴重なものだった。独特の漁法をもっているらしく、漁に使う筌、簗、魚籠などの道具は、すべて自分たちで作っていた。秋祭りが終わるころからふっつりと姿を見せなくなり、春になるとまたやって来る。冬のあいだは山のなかで竹細工などをして暮しているらしい。村人たちは山乞食と呼んで蔑むことが多かった。水を撒いて追い払ったり、清めの塩を撒いたりする家もあった。物々交換の場合も、快く応じずに、無理を言ったり文句を言ったりした。困らせるために、わざと難癖をつけて値切る家も多かったという。しかし祖母の家では、彼らをホギヒトと呼んで大事にしていた。
「おばあちゃんのおとうちゃんはやさしい人でな、いつもお米や野菜と換えてあげよったよ。ホギヒトいうのは、お正月などにやって来て、家の門のとこで踊りながら縁起のええ祝い歌をうとうてくれる人たちのことでな、そんな人らにも、おとうちゃんはお餅やお金をあげよったよ。自分のとこを訪ねてくる人は、みんなホギヒトじゃいうのが、おとうちゃんの考え方やった。おばあちゃんがこまかときは、いろんな人たちが村の家をまわって来よったな。行商や薬売り、旅の芸人……それが子どもには楽しみやった」
 普段から祖母の父親は、山乞食は正直者だと言っていたらしい。村人たちに警戒されたり、信頼を失ったりすれば、彼らは商売ができなくなる。しかも自分一人だけでなく、その地域を漂泊している仲間たちにも迷惑が及ぶ。だから絶対に嫌疑をかけられるようなことをしない。盗みはもちろん、押し売りのようなことも慎むというのだった。あるとき山乞食の若者が盗みの嫌疑をかけられて、村の者たちに袋叩きにされることがあった。しばらくして彼らは集団で襲ってきて、村の家の多くが火を付けられた。しかし祖母の家はなんの被害もなかったという。
 そんなことを思い出しているうちに、いつのまにか庭の物音は止んでいる。物音の主は立ち去ったらしい。夜の闇が、木々のあいだで静かに揺れ動いているのが感じられた。一月や二月にくらべると、闇はずいぶん柔らかくなっている。春は夜からやって来る、と健太郎は思っていた。それから朝、昼というように、少しずつ広がっていく。目を閉じ、天空を覆う星を思い浮かべてみた。晴れ渡った夜空には、無数の星が輝いている。星たちは寄り集まって、稚魚の群れのように夜空を泳ぎまわる。耳を澄ませば、彼らの囁きが聞こえてきそうな気がする。春の訪れを祝う祭りをやっているのかもしれない。村の男たちが山参りをして、一年の無事と豊作を祈願するように。
 父と山へ登る日が楽しみだった。まだ頂上へは行ったことがない。山の神の祠から先へは、子どもたちは立ち入ることを禁じられていた。その聖域に、はじめて足を踏み入れる。何が待っているだろう。どんなものに出会うだろう。頂上にある権現滝は、どんな姿をしているだろう。思いを巡らせているうちに、健太郎は不思議な感覚にとらわれた。自分のなかにたくさんのものがいるような気がした。どれが本当の自分かわからない。どれもが本当の自分だった。やがて一つが、彼の身体を抜け出していく。一つ、さらに一つ、また一つと……。
 そうして彼は大空を舞うイヌワシだった。日差しを求めて、競い合うように枝を伸ばす森の植物だった。梢のあいだを飛びまわる小鳥だった。大地を駆け抜ける犬だった。すべての生命が彼のなかにあった。すべてのものたちが深いところで結びつき、つながり合っていた。(イラスト RIN)