書き下ろし小説

なお、この星の上に(53)

「わたしは人間はかわいそうな生き物だと思っています」風に漂うような声が聞こえてきた。 「あなたは誰ですか」健太郎はたずねた。 「野いちごです」と声は答えた。  それを聞いて少し安心した。人間も野いちごにまではひどいことを […]

なお、この星の上に(52)

「わたしにもひとこと言わせてください」   先ほどの発言を引き継いで別の声が語りはじめたとき、健太郎はやれやれと思った。とにかく早く終わってほしかった。しかし当分は終わりそうにない。眠りたいのに眠りに就けないような気分だ […]

なお、この星の上に(51)

「おれにも言わせてくれ」闇のなかから別の声がした。その声は、先ほどまでの声よりもずっと近くから聞こえてくるみたいだった。 「誰だ」 「おまえから誰何されるいわれはない」声の主は腹立たしげに答えた。 「人間ではないのだな」 […]

なお、この星の上に(50)

20  濃い霧のようなものが流れていた。その霧を手で払いながら進んだ。霧に覆われているため、目の前の景色ははっきりしない。森のなかを進んでいるみたいだった。ときどき近くに黒い樹影がぼんやり見えた。太陽は出ていないらしい。 […]

なお、この星の上に(49)

 青白く光る草原を駆けていた。いつか美しい茶色の馬を見た芒の草原だ。風に乗って駆けているみたいだった。大空を飛んでいる気分だった。日差しが弾ける。草花が匂い立つ。空が草原にばらまかれている。ふと横を見ると、先ほど健太郎に […]

なお、この星の上に(48)

 家に帰る道すがら、健太郎は猟銃の手入れをする父の姿を思い起こしていた。そばに息子がいることも忘れたかのように、自分だけの思いに深く入り込んでいた。重く沈んだ物腰は、そのまま戦地に赴いた過去につながっていきそうだった。実 […]

なお、この星の上に(47)

19  山狩りの計画は綿密に立てられた。どの区域を狩るか。そこに本当に野犬が潜伏しているのか。何人かの猟師たちが山に入り、野犬たちの残した痕跡を調べることになった。足跡や糞、野犬たちが襲ったと思われる動物の死骸、さらには […]

なお、この星の上に(46)

 明るい場所を歩いていた。ものも思えず、心が身に添わない状態で、ただ歩いていた。誰かによってどこかへ運ばれている心地がした。自分の意志で歩いているという感覚が戻ってこない。あの青白く光る草原で消えてしまったのかもしれない […]

なお、この星の上に(45)

 どうしてバラバラなのだろう。なぜ人と人は引き裂かれるのだろう。誰かが悪意をもって引き裂いたわけではない。しかし親密であるはずの者同士が、身も心も離れ離れになっている。山を流れる水が深い谷を穿っていくように、渡ることので […]

なお、この星の上に(44)

18  鉱山で働いていた男が酒を飲んで、ふらふらと宿舎を出たまま帰らなかった。どこか近くで酔いつぶれているのだろう。この季節、一晩放置すれば夜の冷気が体温を奪い生命にもかかわる。仲間たちは手分けしてあたりを探したけれど見 […]

なお、この星の上に(43)

 つぎの土曜日、しかしアツシは避病院に現れなかった。一時間ほど待ってみたけれど、やって来る様子はない。彼が住んでいる山の集落へは、行こうと思えば一人でも行けそうな気がする。道はわかっているつもりだ。ただ暗い針葉樹の森に入 […]

なお、この星の上に(42)

 昭が母親とともに引っ越すことになった。伝え聞いたときには唐突な感じがしたが、どうやら自宅の火事と、その後の一連の放火事件を憂慮した父親の意向らしかった。自分の携わっている仕事が近隣の者たちの反感を買っているとすれば、こ […]