書き下ろし小説

なお、この星の上に(46)

 明るい場所を歩いていた。ものも思えず、心が身に添わない状態で、ただ歩いていた。誰かによってどこかへ運ばれている心地がした。自分の意志で歩いているという感覚が戻ってこない。あの青白く光る草原で消えてしまったのかもしれない […]

なお、この星の上に(45)

 どうしてバラバラなのだろう。なぜ人と人は引き裂かれるのだろう。誰かが悪意をもって引き裂いたわけではない。しかし親密であるはずの者同士が、身も心も離れ離れになっている。山を流れる水が深い谷を穿っていくように、渡ることので […]

なお、この星の上に(44)

18  鉱山で働いていた男が酒を飲んで、ふらふらと宿舎を出たまま帰らなかった。どこか近くで酔いつぶれているのだろう。この季節、一晩放置すれば夜の冷気が体温を奪い生命にもかかわる。仲間たちは手分けしてあたりを探したけれど見 […]

なお、この星の上に(43)

 つぎの土曜日、しかしアツシは避病院に現れなかった。一時間ほど待ってみたけれど、やって来る様子はない。彼が住んでいる山の集落へは、行こうと思えば一人でも行けそうな気がする。道はわかっているつもりだ。ただ暗い針葉樹の森に入 […]

なお、この星の上に(42)

 昭が母親とともに引っ越すことになった。伝え聞いたときには唐突な感じがしたが、どうやら自宅の火事と、その後の一連の放火事件を憂慮した父親の意向らしかった。自分の携わっている仕事が近隣の者たちの反感を買っているとすれば、こ […]

なお、この星の上に(41)

 土曜日になった。午前中の授業が終わると、健太郎は急かれる思いで家に帰り、手早く昼飯を済ませてから避病院へ向かった。アツシは時間を違えず約束の場所に現れた。まるで待ち伏せしていたかのように、崩れかけた石塀にもたれて立って […]

なお、この星の上に(40)

17  火付けの犯人が捕まった。近隣の村に住む若い男で、父親に付き添われて町の警察署に自首してきたという。野犬に牛を襲われた家の一つだった。苦労して育てた牛が、出荷の間際に殺された。それで一家の暮らしが立ち行かなくなった […]

なお、この星の上に(39)

 いつもより遅くまで寝ていたらしい。部屋には朝の光が満ちている。身体全体が激しい運動をしたあとのように熱を帯びていた。長い道のりを駆けてきたような疲労感が残っている。寝巻きの袖をまくると腕に引っかき傷があった。血は赤黒く […]

なお、この星の上に(38)

 拍子木を打ち鳴らし、男たちが暗い夜道を歩いていく。神妙な顔をして歩く者たちの姿が浮かんだ。耳に聞こえるよりも目に見える。少し遅れて「火の用心」という声が聞こえてくる。警戒を呼びかけるにしては長閑な声だった。誰に用心を促 […]

なお、この星の上に(37)

 家に帰ると綾子が開口一番、灰拾いが釈放されたと言った。 「やっぱりガーグーは犯人やなかったな」  どうやら前に自分が主張していたことは忘れているらしい。 「おまえの民主主義は怪しいもんだの」と健太郎は皮肉を言った。 「 […]

なお、この星の上に(36)

16  町では火事が相次いでいた。どれも不審火とみなされていた。おそらく同じ犯人だろう。古い記憶が掘り起こされた。祖母が子どもだったころの話だ。無籍無宿のまま漂泊生活をしている者たちを、村の人たちは「山乞食」と呼んで蔑ん […]

なお、この星の上に(35)

 草の上に踏み跡がついていた。ほとんど人が通らない道が森のほうへ延びている。どこへ向かっているのかわからなかった。この細い道は、少年だけが知っているのかもしれない、と健太郎は思った。目にする光景は一つひとつが見知ったもの […]