書き下ろし小説

なお、この星の上に(25)

25  久しぶりの帰郷には通夜か葬式の気分が伴った。故郷といっても、帰る家もなければ存命の者もいない。十年ほど前に父が亡くなったあと、一人になった母を呼び寄せて夫婦で面倒をみていた。その母も数年前に施設で亡くなっている。 […]

なお、この星の上に(24)

24  その日も、朝の最初の光が巣のなかに差し込んできた。切り立った崖の岩棚に、木の枝を集めて作った巣のなかで、イヌワシはゆっくり立ち上がると、黒い褐色の身体を朝の光に晒した。首から背にかけての羽毛が赤みを帯びた黄色に輝 […]

なお、この星の上に(23)

23  眠りと目覚めの境界がはっきりしなかった。何度も目覚めては、すぐにまた眠りに落ちた。目覚めは眠りのようであり、眠りのなかにも覚醒があった。そんなことを繰り返しているうちに、自分がどこにいるのかわからなくなった。病院 […]

なお、この星の上に(22)

22  濃い霧のようなものが流れていた。その霧を手で払いながら進んだ。目の前の景色がはっきりしない。森のなかを進んでいるみたいだった。ときどき近くに黒い樹影がぼんやり現れる。太陽は出ていないらしい。夜とも昼ともつかない森 […]

なお、この星の上に(21)

21  山狩りの計画は綿密に立てられた。どの区域を狩るか。そこに本当に野犬が潜伏しているのか。何人かの猟師たちが山に入り、野犬たちの残した痕跡を調べることになった。足跡や糞、野犬たちが襲ったと思われる動物の死骸、さらには […]

なお、この星の上に(20)

20  鉱山で働いていた男が酒を飲んで、ふらふらと宿舎を出たまま帰らなかった。どこか近くで酔いつぶれているのだろう。この季節、一晩放置すれば夜の冷気が体温を奪い生命にもかかわる。仲間たちは手分けしてあたりを探したけれど見 […]

なお、この星の上に(19)

19  昭が母親とともに引っ越すことになった。伝え聞いたときには唐突な感じがしたが、どうやら自宅の火事と、その後の一連の放火事件を憂慮した父親の意向らしかった。自分の携わっている仕事が近隣の者たちの反感を買っているとすれ […]

なお、この星の上に(18)

18  火付けの犯人が捕まった。近隣の村に住む若い男で、父親に付き添われて町の警察署に自首してきたという。野犬に牛を襲われた家の一つだった。苦労して育てた牛が、出荷の間際に殺された。それで一家の暮らしが立ち行かなくなった […]

なお、この星の上に(17)

17  町では火事が相次いだ。どれも不審火とみなされていた。おそらく同じ犯人だろう、と村の者たちは言い合った。古い記憶が掘り起こされた。祖母が子どもだったころの話だ。無籍無宿のまま漂泊生活をしている者たちを、村の人たちは […]

なお、この星の上に(16)

16  翌日、午前中で学校が終わると、健太郎は急いで家に帰った。いつもは一緒に帰宅する新吾や武雄には声をかけなかった。靴箱のところで会った豊が、来週からは昭も学校へ来るそうだと言った。豊はそうした情報に聡かった。おそらく […]

なお、この星の上に(15)

15  朝、学校へ行く途中で、誰かが火事の話をしていた。内藤の家が燃えたという。昭のところだ。健太郎は軽い胸騒ぎを覚えた。詳しい情報を得たかったが、通学路ではそれ以上のことはわからない。朝のひんやりした空気のなかには煙の […]

なお、この星の上に(14)

14  霧は霊気のように森を覆っていた。黒々とした森のなかを、風は静かに吹いている。澱んだ静寂とともに霧は掻きまわされ、取り払われた霧のなかから、シダや蔦に絡みつかれた森の木々が姿を見せた。木々の根元には落ち葉が厚く降り […]