小説のために

小説のために(第十三話)

3  解剖学者の三木成夫さんは、「原初の細胞ができてから後の、今日までの三十数億年の長い進化の過程を、なにか幻のごとく再現する、まことに不思議な世界」が「胎児の世界」であるとおっしゃっている(『生命とリズム』)。三十数億 […]

小説のために(第十二話)

2  少年は汽車に乗ってやってきた。ここは寂しい町の駅だ。客馬車が停まっている。少年は一人でとぼとぼと歩きはじめる。道のりは遠い。畑を通り、丘の裾を抜けて歩いていく。雲雀が鳴いている。ようやく農場の入口にたどり着く。看板 […]

小説のために(第十一話)

1   前から気になっている谷川俊太郎の詩に「ぱん」という作品がある。1988年に刊行された『いちねんせい』という詩集に入っている。このとき作者は56~57歳。50代半ばで「いちねんせい」。いいなあ。清々しい気持ちで読ん […]

小説のために(第十話)

 ブラインド・ウィリー・マクテルの「Statesboro Blues」を聴く。オールマン・ブラザーズ・バンドで有名な曲だけれど、同じ曲と言われても同じに聞こえない。ウィリー・マクテルの原石に磨きをかけてスリリングなロック […]

小説のために(第九話)

6  ナチスの政権下、ヒトラーをはじめゲーリング、ヒムラーなどの閣僚が、フルトヴェングラーの指揮するベートーヴェンの第九交響曲を聴いて、全員が涙を流すほど感動したという。ゲッペルスが日記に記している。作り話ではないだろう […]

小説のために(第八話)

5  円空仏も木喰仏も、多くの人の手に触られ、つるつるになったり、すり減ったりしているものが多いという。距離を置いて眺めるのではなく、手で触って感触を楽しむ仏像。親しみがあって身近。村人が具合の悪いときに借り出し、枕元に […]

小説のために(第七話)

4  谷川俊太郎の詩はおかしい。なんかヘンだ。どうしてこんなものができちゃったんだろう、と思わせる詩がある。作ったというよりはできちゃった。うっかりこの世に誕生してしまった。まるで詩人と言葉が一夜の過ちを犯したかのような […]

小説のために(第六話)

3  谷川俊太郎の詩を読んで感じるのは、ひとことで言うと「嘘くさくない」ということだ。賢しらさを感じさせないというか、殊更に作りましたという痕跡が希薄である。たしかに作ってはいるのだけれど作為を感じさせない。言葉が自然に […]

小説のために(第五話)

1  しばらく前から谷川俊太郎の詩集を、気が向いたときにぱらぱらとめくっている。このエッセーでは「眼差し」について書いてきたが、この詩人の作品にも「視線」や「眼差し」について触れたものが多い。集中的に読んでいるわけではな […]

小説のために(第四話)

 前回のアップが4月25日だから、4ヵ月以上のご無沙汰でした。その間に『なにもないことが多すぎる』(小学館)が刊行され、これについては長々と言い訳じみたことを書いた。この9月には早くも、つぎの作品『新しい鳥たち』(光文社 […]

小説のために(第三話)

 ぼくたちは自分の内在的な本質によって自分になっているわけではない。自分探しなどというのは、地中に果てしなく穴を掘りつづけるようなものだ。最初から無意味であることはわかりきっている。自分を探すのではなく、他者を探さなくて […]

小説のために(第二話)

 飼い猫の話をしよう。ぼくの家には、いま二匹の猫がいる。一匹はオスのヒースで12歳。もう一匹はメスのフクちゃんで、もうすぐ7歳になる。二匹とも病気を抱えているが、とくに今年に入ってからフクちゃんの容態がよくない。  一年 […]