34 水割りの味とトム・ウェイツ

 若いころは、ウィスキーの水割りを美味しいと思ったことはなかった。ああいうのは結婚式などで、時間つぶしに飲むものだった。最近は、焼酎でもウィスキーでも、お湯や水で薄く割ったものを好んで飲んでいる。歳のせいでしょうかねえ。
 水割りの味をおぼえたのは、大学生になってジャズやロックを聞かせてくれるお店に通いはじめてからだ。音楽を聴かせてもらうのが目的なので、酔っ払ってしまってはしょうがない。リクエストをするときには緊張した。目当てのレコードがかかるまで、一杯の水割りで、何時間もねばったものだ。やがてボトルのキープなどという、ませたことをはじめるようになる。
 トム・ウェイツのアルバムを聴くと、あのころのことを思い出す。とくにデビュー当初は、本人も好んで「酒場の酔いどれ詩人」みたいなイメージを身にまとっているふうだった。タバコの煙がこもった場末の酒場で、安いバーボンのグラスを片手に、夜の女たちの話を聞いている、といった図である。まあ、こちらの勝手な想像なんですけどね。
 このアルバムは、『クロージング・タイム』につづいて発売された二枚目。デビュー作にくらべると、フォービートの曲があったり、アップライト・ベースが使ってあったりと、かなりジャズィーな味付けになっている。水割りの味をおぼえたばかりの大学生にとって、いかにも「大人の音」だった。それまでロック一辺倒だったぼくは、ジャズのレコードを買ってみようかな、と思いはじめていた。(2008年8月)