26 あのころは毎日のように、ビリーの歌が聞こえていた

 あのころというのは、一九七七年から七八年ごろのこと。たとえば友だちの下宿やアパートを訪れる。するとFMラジオか何かから、『はぐれ刑事純情派』みたいな口笛が流れてくる。そしてはじまる「ストレンジャー」。もういい加減にしてくれ! と思うころには、「素顔のままで」にバトンタッチ。さらに「ビッグ・ショット」に「マイ・ライフ」に「オネスティ」と、ほとんど百発百中の観があった。あのころのビリー、瞬間最大風速では、かのポール・マッカートニーをも凌ぐのではないか。
 しかし二十年間にわたってヒット曲を作りつづけたマッカートニー氏にたいし、ビリーの方はほぼ二年間。アルバムでいうと『ストレンジャー』と『ニューヨーク五二番街』の二枚が、絶頂期のすべてであると言っていい(のか?)。「素顔のままで」の入った『ストレンジャー』も素晴らしいが、トータルな出来栄えでは『ニューヨーク五二番街』の方がわずかに上回る気がする。前記のヒット曲だけでなく、すべての曲がいい。長い曲でも冗長な部分がなくなり、最後まで流れが途切れない。ジャケットも(『ストレンジャー』よりは)カッコいい。
 前作にも見られたジャズ的なアプローチはさらに洗練され、マイク・マイニエリのヴィブラフォンなどがいい味を出している。「素顔のままで」では、フィル・ウッズのアルトサックスが素晴らしい効果を上げていた。それに味を占めてか、今回は「ザンジバル」にトランペットのフィレディ・ハバードを起用。さすがに貫禄のソロをとっている。(2008年1月)