ぼく自身のための広告(16)

16 クルーズ

 柄にもなく海外クルーズに行ってきた。はじめての体験だ。スケジュールの都合がつきそうだったし、お値段も手ごろだったので。二週間のツアーで船に十泊する。最初と最後の一泊ずつはホテル、あとの二泊は機中だ。福岡から成田、さらにヒースロー。ロンドンでバッキンガム宮殿や大英博物館を見学してから、バスでイングランド南端のサウサンプトンへ向かう。ここで早くも不吉な予感。サウサンプトンといえばタイタニック号がアメリカへ向けて出航した港ではないか。当時の世界最大の豪華客船は4日目に氷山にぶつかって沈んでしまう。処女航海だった。ぼくたちが乗る船も処女航海である。「ポジショニング・クルーズ」というそうだ。サウサンプトンを出航した船は、イタリアはジェノバへと向かい、以後はここを母港として地中海をぐるぐるまわるクルーズ船となるらしい。したがって今回の航海でたどるコースは最初で最後なのだ。

 ラッキー! というよりは「ヤバいんとちゃうか?」とぼくの直感は訴えていた。最初のうちは嵐の前の静けさだった。そのうちに雨が降ってきて風が強くなり、大西洋に出たころには大時化だ。ほらほら、言わんこっちゃない。予定していたスペイン、ラ・コールニャへの寄港は見合わせ、直接リスボンへ向かうことになった。おかげで二日連続の終日航海である。出だしから予期せぬ展開だ。いや、ぼくはこんなことになるのではないかと思っていた。サウサンプトンだし、処女航海だし……巨大なクルーズ船がボートのように揺れる。気分が悪くなった人も多かったようだが、なんのこれしき。われは海の子、朝は5時半に起きて6時からジムへ行き、ルームランナーで30分ほど軽くジョギング。あまり揺れがひどいので何度か落っこちた。シャワーを浴びてしっかり朝ごはん、さらには昼ごはんも食べて、夜はレストランでワインをガンガン飲んだ。沈没の恐怖を紛らわせるためだ。

 なんだ、怖いんじゃないかって、怖いにきまってるだろう! 恐怖の報酬にワインくらい飲ませろって話だよ。イタリアの船会社の船なのでキャンティなどがどんどん出てくる。美味しいので何杯もお代わりする。夕食のあとはナイト・シアターでショーを鑑賞。そのあとはダンスフロアでサルサやジルバを踊り、咽喉が渇いたと言ってはラウンジでカクテルやビールを飲んでいた。そんなことをやっていたもんだから、リスボンに着いたときにはヘロヘロだ。まだ最初の寄港地だというのに。リスボンの話はあらためて書こう。

 というわけでクルーズ、ぼくの場合は飲み過ぎて身体に良くないようです。おまけに夜の部はドレス・コードがある。フォーマルの日(ガラナイトっていうそうです)は男はスーツ(またはタキシード)にネクタイ、女性はイブニングドレス。もちろん日本人の場合は羽織袴や着物でもOK。いましたよ、そんなご夫婦が。こっちはユニクロとモンベルでカジュアルに過ごそうと思っていたのに、靴も含めて余計な荷物をいっぱい持っていかなきゃならない。スーツは一着しか持ってないので、シャツとネクタイを何セットかスーツケースに突っ込んだ。

 ドレスアップした食事が終わるとお写真の時間である。アマチュアに毛が生えたような写真屋が夫婦の写真を撮ってくれる。地上では絶対にやらないようなポーズを決めてね! いい歳をしたおっちゃんとおばちゃんが『ロミオとジュリエット』や『ベルサイユのばら』をやっているのだ。これはもう笑うしかない……ところだが、ぼくはすっかり感心し、かつ感動してしまった。九州からやって来たなんの変哲もないおっちゃんとおばちゃんである。お歳は60代後半から70代だろうか。短くはない年月を二人で生きてきた。その時間がきっちり出ているのである。イタリア娘の言うままにポーズをとりながら、それぞれのカットがサマになっているのだ。人様のことを言えた義理ではないけれど、美男美女はいない。でもみなさん、いい顔をしておられる。美醜を超えた「美」というか、こういう善きものがわかんなきゃ、人生それこそ味気ない。旅と写真の力が、一人ひとりの潜在的な魅力を引き出しているようにぼくには見えた。


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