新しい物語をはじめよう

 他の動物たちと違い、人間はフィクションをつくり、そのなかで生きる生き物である。現在、私たちがとらわれている最大のフィクションは貨幣と死だろう。
 このうち貨幣のほうは、近い将来もっといいものにとって代わられると思う。オックスファムの最新データ(2018年)によると、世界の富の82%が上位1%の富裕層に集中している。一方で、下位50%の37億人が手にしている富の割合は1%未満で、これは長者番付で上位42人の資産に相当するらしい。
 仮に富裕な1%の人たちが全世界の富の10%を占有するとしよう。残りの90%を人口比で99%にあたる人たちに一律に付与する。これでも現在よりはずっと格差の少ない住みやすい世界になるはずだ。ベーシックインカムに近い仕組みを、グーグルやアマゾンといった超巨大IT企業のようなところが中心となってつくり上げていくと思う。
 上位1%の富裕層のなかには、ビル・ゲイツのように慈善事業に精を出す人が多い。一方でトランプやカルロス・ゴーンのようなやり方は尊敬されない。これだけを見ても、来るべき世界では「善意」のようなものが貨幣以上の価値になることは明らかだろう。一人ひとりが心づくしの善意を無償で贈与し合う。インターネットやSNSのようなインフラをうまく使えば、そうした世界はただちに可能だと思う。
 ゲノム編集技術などによって優秀な子どもを得る。気持ちはわかる。だがその優秀さは、現にある世界の規格基準に合わせた優秀さでしかない。世界のあり方が変わるのだ。現在考えられている「優秀さ」はたちまち時代遅れになる。新しい世界基準のなかでは、やさしさや思いやりが尊ばれる。そういう子どもたちを大切に育んでいこう。
 死は貨幣よりも、もう少し手ごわいかもしれない。現在のトレンドは健康を維持し、老化に打ち勝ち、死を先延ばしにするというものだ。そのために官民を挙げて、膨大なお金とエネルギーがつぎ込まれている。ソマリアの幼児死亡率(5歳までに亡くなる確率)は20%だというのに。
 私は小説家なので別のやり方を考えたい。死よりももっといいフィクションを創作する。死を打ち負かすのでも否定するのでもなく、死を包摂して、それでもこの世に生まれて生きて死ぬことは、なかなかいいものだ。『世界の中心で、愛をさけぶ』は、拙いながらそうした物語であろうとしている。もう少し先まで行けるように思う。


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