往復書簡『歩く浄土』(6)

第六信・片山恭一様(2017年9月12日)

 ポール・ゴーギャンが19世紀に描いた「われわれはどこから来たのか われわれは何者か われわれはどこへ行くのか」とタイトルがつけられた絵があります。イスラエル人の歴史学者ユヴァル・ノア・ハラリは『ホモサピエンス全史』で人間は神話や国家や貨幣という共同主観的現実をつくる霊長類であり、それらの虚構のうち貨幣が人類史においてもっとも成功したと言っています。「宗教は特定のものを信じるように求めるが、貨幣は他の人々が特定のものを信じていることを信じるように求めるからだ」というユヴァルの発言は目から鱗が落ちる鮮やかな体験でした。ユヴァルの気づきは本当はだれでも知っていることですが、言われてあらためてびっくりします。なるほど、そうだ。片山さんとの討議でこれまでなんども話してきたことですが、ユヴァルはまだユヴァルに固有の思想をつかんではいないと思います。フーコーは人間の終焉を宣言してから、ギリシャの知を渉猟し、死の直前に「真理は他性によってもたらされる、主体は実体ではない」と言い遺しました。他性によってもたらされる真理を親鸞の他力は包摂することができるか。そのことをしばらく考えていました。できないと考えたのです。自力を解体する親鸞の他力という思想も同一性に括られているとぼくは考えました。覚者のほかに仏なしという禅宗などどうでもいいのです。親鸞は他力のなかにも自力はあるが、他力のなかの他力はないとしてかれの思想を完結しました。ぼくは親鸞の思想は未完であると考えたのです。親鸞さんが800年かけて内包自然に会いにきたというようなことを片山さんへの手紙で書きました。不遜ではありません。べつに不逞の発言ではないのです。他力のなかの他力や他力の手前にある他力に表現の輪郭を与えたいのでもう少し踏み込んでみます。
 この往復書簡でも触れていますが、NHKが編集した戦争の記録のフィルムにテニアン島の悲劇がありました。迫り来る米軍に追われてバンザイクリフとして知られているカロリナス大地の崖から子どもを抱いたお母さん達がはるかな海面に投身します。二瓶寅𠮷さんはそのとき母親と妹の自決を幇助して撃ちます。このあたりを二度サイトの記事として書きながら島尾敏雄の『死の棘』のことが浮かんできました。次の場面です。

「トシオ、ほんとにあたしが好きか」
と妻に出し抜けに言われたとき、悪い予感が光のように通り過ぎた。
「好きだ」
と答えると、
「その女は、好きかきらいか」
と追求してくる。女の目を見かえしながら、
「きらいだ」
と低い声でやっと答えた。
「そんならあたしの目のまえで、そいつをぶんなぐれるでしょ。そうしてみせて」
と妻は言った。試みは幾重もの罠。どう答えても、妻の感受はおなじだと思うと、のがれ口は段々せばまってくる。私はこころぎめして、女の頬を叩くと、女の皮膚の下で血の走るのが見えた。
「力が弱い。もういっぺん」
と妻が言えば、さからえず、おおげさな身ぶりで、もう一度平手打ちをした。女はさげすんだ目つきで私を見ていた。
・・・(略)・・・
そのあいだ私はだまって突っ立ち腕を組みそれをみていた。「Sさん、助けてください。どうしてじっと見ているのです」
と女が言ったが、私は返事ができない。
「Sさんがこうしたのよ。よく見てちょうだい。あなたはふたりの女を見殺しにするつもりなのね」
とつづけて言ったとき、妻は狂ったように乱暴に、何度も女の顔を地面に叩きつけた。(『死の刺』島尾敏雄)

 この作品を二度読んだことがあります。2回目読んだとき、演技臭さが鼻につき、嫌な感じがしました。『死の刺』は奥さんの検閲化に書かれています。この内面化はうそだと思いました。Sさんのふるまいは演技です。奥さんのふるまいも演技です。うそにうそを重ねていくことが文学でしょうか。表現された言葉の全体が虚偽です。そのことを脇に置いてこの場面のことについて少し書きます。
 島尾敏雄はこの場面をどう切り抜けたのでしょうか。出来事の当事者として第三者の位置はとれません。いま目の前で起こっていることを風景のように見ることで惨劇をやり過ごすことができます。雨が降り風が吹くように出来事が起きている。二瓶寅吉さんもそのように出来事を体験したに違いないと思いました。島尾敏雄さんは出来事を自然のように見ることで心の崩壊をつなぎ止めたのだと思います。生に備わった人間の心の知恵ではないかと考えました。出来事を風景のように見ることは生の不全感を不可避に伴います。この不全感を埋めるためにかれはカトリックに入信したのだと思います。沖縄戦で洞穴に逃げた母親がわが子を殺めたときのことを「天皇陛下の赤子として死ぬほかなかった」と言っていました。おそらく二瓶寅吉さんもおなじことを考えたに違いありません。生のよすがを共同幻想に同期するほかない生の実存があります。
 天皇の赤子と、親鸞の他力はどう違うのか。そのあたりのことを考えています。二瓶寅吉さんたちや「Sさん」の内面でいったいなにが起こっているのか。痛ましい三角関係の修羅や戦争の地獄の体験をやわらかく解きほぐすことはできるか。できると思います。対幻想や共同幻想はそれぞれに観念の位相がちがうといってすむことでもありません。出来事の真犯人はわたしたちの思考の慣性をかたどっている同一性であり、同一性の為せるわざなのです。危機に瀕したとき、惨劇のただなかにあるとき、出来事をあたかも風景のように眺め自然現象であるかのようにみなす生の視線は、文学の問題でも政治の問題でもありません。内省と遡行という意識のありかたは出来事から目をそらす方便です。内面というわたしたちのちいさな自然は抱え込めないおおきなひずみを解消することはできないので、おおきな自然である共同幻想に身を託すしかない。それが天皇の赤子というほかに言葉がないことや修羅を風景であるとみなした島尾敏雄を襲った出来事です。
 同一性にはどういう観念のしくみがあるのか、その土台を見いだすのに西欧的思考は二千年以上を要したとハイデガーは言いました。同一性とはそれほど奇妙な観念なのです。「私」が「私」であることは自明ではない。この気の遠くなる深淵を西欧的思考が発明した神という観念や東洋的思考が発明した仏という観念が埋めた。かろうじて神や仏を媒介にして私が私であることの各自性がもたらされたということだった。同一性という観念を思考の慣性とするかぎり、私は私にたいして非対称的である。あるいは私は私と鏡像関係にあるというべきか。自己がそれ自体に重なることは原理的にありえない。だからそのすきまを神や大義や文学で埋めようとする。もし純粋の悪意のみで生きる者がいれば、たった一人で世界を滅亡させることも可能である。かれは言うだろう。この惑星を滅ぼすことを体験してみたかった。モノそれ自体のようにごろんと転がる狂気も可能ということです。新自由主義は人々を経済的なカテゴリーに還元し、その人的な資源から効率的に富を回収することを目指しました。人的なリソースは容易に可視化できるので、ビットマシンのアルゴリズムときわめて相性がよく、フーコーが想定したよりもはるかに速く身体を貫く生権力が実現しました。
 「私」が「私」であるということは「私」が「私」であって「私でない」ことになります。これは同一性を認識の起源とするわたしたちの思考の慣性の根本的な欠陥としてあるのです。この生のありようではじぶんをじぶんにとどけることはできないのです。この観念の自然がわたしたちの人類史を連綿と織りなしてきたのだと考えています。この認識の自然ではなくべつのまなざしをもつ自然をつくろうとして片山さんとの討論をつづけていることになります。天然自然の生をビットマシンの人工自然が呑み込もうとして、意識の外延革命が進行中ですが、同一性の矛盾がさらに外延されるだけで、根本的な認識の変容が生まれるわけではありません。矛盾を矛盾をして認識しない自然が実現するかもしれないのです。つまりビットマシンの意識の外延化の加速は世界の思考停止でもあります。
 ここで親鸞の他力思想と天皇制について考えてみます。親鸞の他力と天皇の赤子は観念の型として同型なのか、それとも違うのか。違うとして親鸞の他力は思想として完備しているか。まず親鸞が赦免された折に非僧・非俗を宣言する場面を取りあげます。親鸞は多少天皇にたいして恨みがましいことを言っています。空海とおなじように大陸から渡来した統治のしくみとして天皇をとらえていてことさらに持ちあげる気配はないように思います。「主上臣下、法に背き義に違し、忿をなし怨を結ぶ。これに因りて、眞宗興隆の太祖源空法師ならびに門徒数輩、罪科を考えず、猥りがわしく死罪に坐す。或は僧儀を改めて称名を賜ふて遠流に処す。予はその一なり。しかればすでに僧にあらず俗にあらず。この故に禿の字を以て姓とす。空師ならびに弟子等、諸方の辺州に坐して五年の居諸を経たり」(「化身土巻」)天皇と臣下は、仏の道に逆らい、仏の儀に背き、われらは怒りと恨みをもたれ、死罪と遠流の刑をうけたとはっきり言っている。親鸞が天皇を尊いと思うことはなかった。さらに弥陀の第十八願がある。親鸞が祖述する「四十八誓願」の第十八願を引用します。「設ひわれ仏を得たらむに、十万衆生、心を至たし、信楽してわが国に生れむと欲ふて、乃至十念せむ、もし生れずは、正覚を取らじと」。もし私が仏になることができても、衆生が念仏によって仏になることができないならば、私は悟りを開かない。この十八願はインドに発祥した仏教が中国を経由してこの国に渡来した浄土教の真髄をあらわしています。むかしからマルクス主義の古代起源と呼んできました。衆生が救済されないならば私である弥陀は仏にならないという衆生への気遣いが生まれたということは特別なことだったと思います。親鸞は仏の舌にさわりながら他力まで浄土教の教義を深めました。つまり、自己の陶冶と他者への配慮がどうすればなめらかにつながるかと親鸞は考えました。有情より有縁を度すべきであると親鸞は説きました。有情を包む有縁を内包論では喩としての内包的な親族と名づけています。


 玉音放送で昭和天皇裕仁は宣布しました。「爾臣民の衷情も朕よくこれを知る。然れども朕は時運の趨くところ堪えがたき堪え、忍びがたきを忍び、以て万世のために太平を開かんとする」と無条件降伏の心情を述べ、「爾臣民、それ克く朕が意を体せよ」で結ばれています。朕は国家なりという昭和天皇の私性しか述べられていません。第十八願との違いは歴然としています。私が仏となることは必定だが、あなたがたが一念によって仏となることができないのであれば、私は仏にはなりません。それが弥陀のはからいである。昭和天皇の言動はハイデガーの言葉が妥当するように思います。「憤怒に燃えた悪事の本質は、人間行為のたんなる背徳性のうちに存するのではない。むしろ、憤怒に燃えた悪事の本質は、深い激怒の邪悪さにもとづくのである」(『「ヒューマニズム」について』)稚技にひとしい天子への尊崇は、朕は国家なりを体現した天皇によって、臣民にヨブの受難としてあらわれたのです。私性に恋々とした昭和天皇の私情に比べて親鸞の他力のどこにも邪悪なものはありません。浄土教の法理のほうがはるかに洗練されています。そういう意味では玉音放送に見られる天皇の声音には精神の古代形象が巻き込んだ身体の防御反応のようなものが含まれています。平成天皇は先代の罪を自覚し、鎮魂と慰霊を象徴行為としてつづけました。
 ここで平成天皇の奥さんと石牟礼道子さんの友愛についてみていきます。そこにあるものはなんでしょうか。鶴見和子さんを偲ぶ会で二人は親交を深めていたのですが、石牟礼道子さんの天皇制への敬愛を辺見庸さんがブログ「私事片々」で取りあげていました。いくつか引用します。

 げんざいの天皇夫妻をしきりに賛美する記事と番組はこの夏も、いくらでもあるそうです。いまやかれは、じじつじょうの「現人神」であり、かのじょはニッポンの「聖母」になってしまいました。石牟礼さんまであのひとを公然と敬うようになったといいます。理由は自明ではありません。大きな「変化」が生じています。なにが起きているのでしょうか。(2017年08月09日「ひどい夏」から)

 この夏、かつての夏もそうだったのですが、メディア最大の企画は「かれはなぜ裁かれなかったのか」であるべきでした。あるいは「父祖たちはなぜかれを裁かなかったのか」であるべきでした。東京裁判の核心的問題は、裁いたことではなく、かれを裁かなかったことにあります。(2017年08月10日「時間の芯の腐蝕」から)

7 0年以上すぎても、時間の芯がくさっているのは、そのせいです。石牟礼さんはそのことをよくご存知だったはずです。ミッチーがどれほどりっぱなひとかをかたることより、戦争、原爆、水俣、原発をつうじ、くさった時間のながれがいまも滔々とながれている、そのことを、かつてのようにおっしゃるべきでした。
 時間の芯の腐蝕と天皇家賛美には、なんらかのかんけいがあるとおもいます。満州事変から敗戦の詔勅まで、すべてにかかわった人物とその一族、万歳をさけびつづけた民衆にかんし、新しい物語をつくるうごきに加担してはならないとおもいます。
 「コクミンの天皇」崇拝と現政権打倒のスローガンがすんなり両立してしまうアンビヴァランスは、けっきょくは、現行のファシズムを下支えしているとおもいます。(2017年8月15日)

 「祈るべき天とおもえど天の病む」と詠った『苦界浄土』の作者がなぜ天皇を賛美するようになるのか。白川静が死の前に「皇室ははるかなる東洋の叡智」となぜ言ったのか。辺見庸の天皇への嫌悪感や否定性で歯が立つほど天皇制は柔ではないとぼくは思います。辺見さん、世界を否定性でしか語りえないあなたの観察する理性の場所がほんとうは問われているのだよ。なぜこうも天皇制はしぶとく生き残るのかと問うべきなのです。ぼくは天皇制についてはわずかな発言しかしたことがありませんが、今回は天皇制の終わりについて少し書きたいと思います。辺見庸が言うように、天皇への尊崇の念がこの国のしくみを下から支えているからです。先頃は内田樹も「私が天皇主義者になったわけ」(『月刊日『』2017年5月号)を書いています。民主主義の機能不全を天皇親政で補おうとする意図が見えます。
 ふたりのみちこさんはどこで邂逅しているのか。皇后美智子さんの言葉を追ってみます。

 父のくれた古代の物語の中で,一つ忘れられない話がありました。
 年代の確定出来ない,6世紀以前の一人の皇子の物語です。倭建御子(やまとたけるのみこ)と呼ばれるこの皇子は,父天皇の命を受け,遠隔の反乱の地に赴いては,これを平定して凱旋するのですが,あたかもその皇子の力を恐れているかのように,天皇は新たな任務を命じ,皇子に平穏な休息を与えません。悲しい心を抱き,皇子は結局はこれが最後となる遠征に出かけます。途中,海が荒れ,皇子の船は航路を閉ざされます。この時,付き添っていた后,弟橘比売命(おとたちばなひめのみこと)は,自分が海に入り海神のいかりを鎮めるので,皇子はその使命を遂行し覆奏してほしい,と云い入水し,皇子の船を目的地に向かわせます。この時,弟橘は,美しい別れの歌を歌います。
 さねさし相武(さがむ)の小野(をの)に燃ゆる火の火中(ほなか)に立ちて問ひし君はも
 このしばらく前,建(たける)と弟橘(おとたちばな)とは,広い枯れ野を通っていた時に,敵の謀(はかりごと)に会って草に火を放たれ,燃える火に追われて逃げまどい,九死に一生を得たのでした。弟橘の歌は,「あの時,燃えさかる火の中で,私の安否を気遣って下さった君よ」という,危急の折に皇子の示した,優しい庇護の気遣いに対する感謝の気持を歌ったものです。
 悲しい「いけにえ」の物語は,それまでも幾つかは知っていました。しかし,この物語の犠牲は,少し違っていました。弟橘の言動には,何と表現したらよいか,建と任務を分かち合うような,どこか意志的なものが感じられ,弟橘の歌は―私は今,それが子供向けに現代語に直されていたのか,原文のまま解説が付されていたのか思い出すことが出来ないのですが―あまりにも美しいものに思われました。「いけにえ」という酷(むご)い運命を,進んで自らに受け入れながら,恐らくはこれまでの人生で,最も愛と感謝に満たされた瞬間の思い出を歌っていることに,感銘という以上に,強い衝撃を受けました。はっきりとした言葉にならないまでも,愛と犠牲という二つのものが,私の中で最も近いものとして,むしろ一つのものとして感じられた,不思議な経験であったと思います。
 この物語は,その美しさの故に私を深くひきつけましたが,同時に,説明のつかない不安感で威圧するものでもありました。
 古代ではない現代に,海を静めるためや,洪水を防ぐために,一人の人間の生命が求められるとは,まず考えられないことです。ですから,人身御供(ひとみごくう)というそのことを,私が恐れるはずはありません。しかし,弟橘の物語には,何かもっと現代にも通じる象徴性があるように感じられ,そのことが私を息苦しくさせていました。今思うと,それは愛というものが,時として過酷な形をとるものなのかも知れないという,やはり先に述べた愛と犠牲の不可分性への,恐れであり,畏怖(いふ)であったように思います。(1988年第26回国際児童図書評議会にあてたメッセージから)

 ちょっとびっくりするのですが、氷山と衝突して沈んでいく『タイタニック』から逃れ、ジャックが「きみが生きろ」という自然について、おなじように美智子さんも、弟橘が命を投げ出して倭建御子を救済した不思議を語っています。このことはなにを意味しているか。皇后の美智子さんと石牟礼道子さんの出会った自然にほかならないと思います。石牟礼さんについてむかし書いた文章を貼りつけます。

 石牟礼道子においては、表現するということの核になるはずの個(人間)ははじめから森羅万象の一部であるという感受があります。そのことが彼女の表現にある固有性を与えているのです。つまり、彼女は自身を器にし、そこに彼女の目を通して見た美しい人間と風土と歴史を注ぎ込み、共同性のもつ凶暴さや醜さをふるいにかけ、削ぎ落とし、美しい物語として再生させるのです。その結果、個人と共同性の間にある問題は回避され、そのどちらも曖昧なまま人間は森羅万象という無限の宇宙の中でちいさな草木虫魚となって漂い始めることになります。この世界観の中では、個人としての人間、有限な存在としてのわたし、代替のきかない当事者性、そのようなものは無限にちいさなものとしてしか存在しません。人間を物の秩序の狭間に位置するものにすぎないとして人間の終焉を宣明したフーコーの思想を西欧的思考の極北とすれば、石牟礼道子の「とも鳴り」の世界は東洋的思考の極北であると言えます。人間が秩序の影にすぎぬなら生は空虚なものであり、そこに人間の意志は関与できません。西欧的思考は神を仲立ちとするほかにニヒリズムを克服する表現論をもちませんが、東洋的思考は自然への融即によって生の不全感や欠損感や空虚感を消し去ります。彼女自身を含めたそのような存在の仕方そのもの、そのような存在として自分を認識するというその認識の方法は、ひとつ間違えれば連綿と続くわたしたちの歴史を結局はすべてあるがままにしか扱えなくなるという危機をはらんでいるのではないかと思います。個と共同性のあいだの矛盾・対立・背反はいつの間にか消えてしまうのです。それこそが東洋的無という境地です。(『Guan02』「第二ステージ」論 箚記Ⅱ)

 水俣を訪問した平成天皇夫婦が、水俣病患者とその家族で構成される「語り部の会」の人たちと水俣病資料館で会い、異例の長い言葉を天皇がかけられたことが報じられています。次のように天皇は語ります。

 どうもありがとうございました。ほんとうにお気持ち、察するに余りあると思っています。やはり真実に生きるということができる社会を、みんなでつくっていきたいものだとあらためて思いました。ほんとうにさまざまな思いをこめて、この年まで過ごしていらしたということに深く思いを致しています。今後の日本が、自分が正しくあることができる社会になっていく、そうなればと思っています。みながその方向に向かってすすんでいけることを願っています。

 私性ではなく無私の精神が出会った日本的自然生成のひとつの見事な達成だと思う。皇后美智子さんが語る神話と水俣を語る石牟礼道子さんの共鳴りの小説世界が融即する。あるいはアニミズムの洗練された形態である天皇制が石牟礼道子さんの原初のアニミズムと融合している場所と比喩すればいいのか。おそらくどんなイデオロギーからなされるどんな批判の言説も無効だといます。統治する者という意識がなければ平成天皇のこの言葉はなり立たないと思います。平成天皇の内面化された言葉ではなく君臨する者の共同幻想の発露としてねぎらいの言葉があるのだとぼくは考えます。なにか微妙なことを言いたいのです。臣民は天皇を崇拝し、自身を国家であると認識する天皇によって慰めを供与される。臣民の天皇を尊崇する敬愛が共同幻想として天皇に送りとどけられ、天皇はねぎらいを臣民に伝える。2.26事件を知った昭和天皇は、朕が近衛兵を率いて鎮圧すると言い、東京大空襲で10万人が焼死した数日後に軍服を着た天皇が現地を視察する。聞き知った国民は天皇の下に駆け寄り、地べたに這いつくばり陛下にご迷惑をおかけして申し訳ないと泣き叫ぶ。統治し君臨する治者の言葉と言葉を賜る臣民のあいだには目が眩む距離がある。睥睨する視線の権力を身に浴びることが生きるよすがとなる倒錯。統帥権をもとうと国民の象徴であろうと、天皇制の本質は変わらない。もしかすると島嶼の国の精霊信仰の化身である天皇制は惑星規模にまで拡大されるのかもしれません。ケヴィン・ケリーの『〈インターネット〉の次に来るもの』という本がありますね。この本は12の章があります。1が「BECOMING」で12が「BEGINIG」となっています。とても暗示的です。BECOMINGとBEGINIGが自然生成として円環しています。天皇制は天然自然の自然生成を象徴しており、ビットマシンの意識の外延革命は人工自然を象徴しています。でも意識のしくみはまったくおなじです。いずれにしても朕が国家であることを可能とする精神の原型はアニミズムの洗練された意識の理念を象徴し、この精神の古代形象は万世一系と天皇の赤子を旨とします。この心性はグローバリゼーションによる惑星規模の社会革命を暗示しているように思えます。避けることのできない国家と精神の内面化にとって民主主義と天皇制の融合は人々に慰めをもたらします。それが天皇制的民主主義と言うものだと思います。だから象徴天皇制と民主主義はきわめて相性がよく、むしろ象徴天皇制によって民主主義という擬制が支えられています。わたしより近いあなたを生きるという内包から遠く隔たった天皇制を崇拝する観念は究極のニヒリズムであるとぼくは思います。


 日本的な統治の心性についてもう少し考えます。『死の棘』の「Sさん」のことをもう一度取りあげます。島尾敏雄を襲った惨劇。かれは身のうえに起こったことを風景のように感受し、事態をやり過ごし、演技に絶えきれなくてカトリックに入信する。それもまた演技であるが、面々のはからいです。島尾敏雄の虚偽の意識を埋めるものとしてひそかにひとつの超越が呼び込まれています。神という超越は追い詰められた精神にささやかな慰めをもたらします。天皇制もまた寄る辺なき生を生きる多くのものにとっての精神の寄る辺です。理念の型としてまったく同型であるとぼくは考えています。対幻想と共同幻想は観念の位相が違うということで済むことではないのです。ある意識の型を生きるとき対幻想や、自己幻想と共同幻想が引き裂かれるのは必然です。この意識の型をどうすれば拡張できるのか。同一性が規範として強いてくる視線とはべつのまなざしはどうやればつくることができるのか。ぼくには親鸞の他力思想と天皇の赤子はまったくべつのもののように思われます。阿弥陀の第十八願をぎりぎりまで拡張した親鸞の他力はすごいと思います。みなが救われないのであれば私は仏とはならないという誓願は天皇制という宗教にはありません。ユーラシア大陸に発祥し、中国大陸を経て、この国に渡来した浄土思想を、親鸞は極限まで押し広げました。精霊信仰の洗練された天皇制とは理念の型を異にしています。だからこそ、親鸞の他力のなかの他力を、他力の手前にある思考の未知を考えようとしているのです。
 天皇制の終わりについて少し考えました。電気ノイズが行き交うなかで人間という概念は終焉しつつあります。それはたしかな生の知覚ですが、そうだとしていつ天皇制は終わるのか。国民の尊崇を一手に受けている、鎮魂と慰霊の象徴としての天皇を天皇自身が離脱すればいい。わたしは国民の一人として生きます、とかれが言うこと。国民の尊崇の念を一身に体現する象徴天皇を辞めることを宣言すればいい。共同幻想としての天皇制は残るだろうが、その付託に応えなければいい。ビットマシンによる世界システムのなかで、人間という理念がシステムの属躰となるように、天皇という共同幻想はのこる。しかし、国民のひとりとして生きると布告すれば、日本的な自然生成は憑依の対象を喪失する。本質的にはここで天皇制は終焉します。かつて人間と呼ばれた理念がシステムの属躰となるように形骸となった天皇制は依然として残りますが、総表現者のひとりとして余生を過ごすと言えば天皇制は本質的には終わります。
 1と2が違うことをわたしたちの観念は自然とみなしています。ではその1を手のひらのうえに取りだしてみせてみよと言われて、これが1だと指さすことはできない。しかし観念にとって1は実在する。点は純粋に観念ですが、コピー紙にボールペンで小さく印をつけ、これを点と考えると・・・とします。自転車の乗れない子どもの頃、二輪で倒れなくてどうして進むことができるのだろうかと思いましたよね。でも乗れるようになるとそのことを意識することはありません。観念はいったん空間化し、つまり粗視化し、観念にとっての自然を表現します。点を手のひらの上に取りだすことはできませんが点は観念として実在します。おなじように自己も社会も観念として実在します。なぜこういう奇妙なことが起こるのか。わたしはこの不思議のすべてが同一性を起源としていると、体験を反芻するなかで考えました。存在を、ある符牒として刻んだときの筋目の入れ方が同一性という認識の自然によってもたらされたのだと思います。鎌倉の乱世を生きた親鸞もおなじような根源的な疑問にさらされたように思います。「如来のお誓いのかなめは念仏の人をこの上ない仏にさせようとお誓いになったことであります。この上ない仏といいますのは形もおありになりません。形もおありにならないから自然というのであります」(「末燈鈔」)仏は言葉であり形はないと言っても、仏の比喩としての仏像はあります。言葉の比喩だとしても仏像はあるのです。1は可視化することも、実詞化することもできないが、観念として実在する。この観念の強度が同一性によって担保されていることに親鸞は気づかなかったのです。たしかに南無阿弥陀仏には姿も形もない。それにもかかわらず仏は観念として実在していると親鸞は実感した。親鸞が他力として言おうとしたことは、どんな精妙煩瑣な言葉でも指さすことができない。しかし仏は実在する。これだと指さすことができないものがなぜ実在するか。〔ことば〕だと親鸞は考えたのです。自然法爾から還相の性へはあとわずかでした。親鸞は言葉を領域だと考えればよかったのです。親鸞より近くにいる仏を親鸞として生きると同一性が動態化します。他力が領域化するのです。この不思議をぼくは他力のなかの他力であるとか、他力の手前にある他力と言っています。それは〔性〕だと思います。親鸞自身は他力と横超をおなじように書いていますが、他力よりも横超のほうがおおきな概念ではないかと考えています。親鸞より近くにいる仏を親鸞として生きることが自然(じねん)であり、しかも姿も形もないとしたら、それは還相の性であるというほかありません。言葉が性であるとはそういうことです。この自然を認識にとっての思考の慣性とすること。観念にとってのあたらしい自然を認識の自然として生きること。なにより内包自然の上に、天然であれ、人工であれ、外延的な自然が乗っています。神も仏も国家も貨幣も天皇制も観念として実在します。しかしこれらは意識が外延的に表現された制作物です。外延的な意識を内包化すると、神や仏は〔ことばという性〕へ領域化され、国家は喩としての内包的な親族へと転化します。意識の外延性と内包性は自在に往還できます。存在を外延化すると人間の社会的な存在があらわれ、内包化すると〔根源のふたり〕があらわれます。存在の二相を往還すると人間にとってのあたらしい自然がリアルにあらわれるのです。貨幣の交換は内包的な贈与へと転換します。つまりユヴァルが考えた人類史でもっとも成功した「他の人々が特定のものを信じていることを信じるように求める」貨幣の要請は交換ではなく内包的な贈与へと相転移します。この往復書簡は親鸞の他力の埒外にある他なるものをめぐっての冒険でもあると思っています。冒険が可能な輪郭を描くことができれば親鸞の他力はおのずから動態化されると考えています。