往復書簡『歩く浄土』(14)

第十四信・片山恭一様(2017年12月6日)

 戦後の総敗北ということを、サイトの記事でも片山さんとの往復書簡でも取りあげ、しばらく考えてきました。その総仕上げとも言える柄谷行人の「憲法9条の存在意義 ルーツは『徳川の平和』」(毎日新聞201年11月27日)という記事をネットでみつけました。読んで無惨なものだと感じました。斜交いに構え、なんの身体性もない言説を上から目線で眺め下ろすことだけが取り柄の柄谷行人が、持論の憲法の戦争放棄は日本人の無意識だと発言していました。なにをどう書いてもじぶんがじぶんにはぐれてしまう心性が柄谷行人のなかにあって、生の不全感を関係の非対称性として探究し、マルクスの『資本論』にあたらしい解釈をもたらしたのに、せっかくの気づきが台無しになっています。「憲法1条と9条には相互依存的な関係がある」ということがなんであるか、あきらかにしたいので、「歩く浄土179」で触れた柄谷行人の試みについて書いたことを少し貼りつけます。それは戦後総敗北の意味を明示することになると思います。

柄谷行人はほかのだれともちがうあたらしいマルクス解釈を構想し、マルクスの思想を可能性の中心で読み解こうとした。柄谷行人にはマルクスの思想を読みかえることでひとつの世界構想を示そうという野心があったと思う。頭の中に溜め込んだ知識を駆使し観察する理性として世界を読み解くということだ。世界はこのように解釈することもできるということを手にしたかった。市民主義の理念を越えようとしたことにおいて吉本隆明の『共同幻想論』と柄谷行人の『探求』は双璧をなしている。吉本隆明の幻想論は数多く論究されてきたが、マルクスの思想を導きの糸とした柄谷行人の試みが耳目を集めてきたようには思えない。『探求』は恐ろしく孤独な書物だと思う。空虚から始め、なにを手にするのか。市民主義に回収できない否定性をどう超えることができるか。生の不全感を解消することはできるか。これらの問いを柄谷行人は精一杯考えてみた。マルクスの思想を外の思考によって解読した軌跡だと言える。意識の外延表現として思考の限界までは達していると思う.

 以前、ゲーデルの不完全性定理を使いこの国の文芸オタクを脅迫した『言語・数・貨幣』を読んだとき、なんだこいつと思った。まるで大学の哲学紀要みたいで人の気配がまったくしなかったからだ。表現ではなく記号論として読んだ。いまは好悪とは関係なく少し違う印象をもっている。『探究』で、柄谷は「売る-買う」や「教える-学ぶ」関係の非対称性にこだわっている。わかるんだな、これ。制度ではない「この」固有の私をどうつかみだしたらいいのか、柄谷はまじめに考えている。共同体のなかで自己を語ると独我論になる。わかる。「この」固有の私にとって内面化不能の他者の絶対性ということがじかにかかわってくる。わが身をつまされる。思考の限界はいつも空間化して語られる。語りえぬことを空間化するのは思考の慣性だと思う。この思考の慣性を振り切ることはすごく難しい。かつて「あるものがそのものにひとしいというとき、あるものと、そのもののあいだに根源の一人称をおくとどうなるか」(『guan02』)と問い、10年余思考がフリーズした。本人は気づいていないが、おなじことが柄谷行人にも起こっている。

 『日本近代文学の起源』を書いた頃に、柄谷行人は「私は制度である」と言っていたように記憶している。『隠喩としての建築』の頃だったかもしれない。「私は制度である」という「私」があるだけではないか。独我論に単独者を屹立させようとすれば、文学批判として対抗的に語るのではなく、嫌悪する『私』という現象を究尽すればいいではないか、と思ったことをかすかに覚えている。けっして内面化しえない他者の絶対性は柄谷行人の生のリアルとしてあったのではないか。レヴィナスが『時間と他者』で〔他者〕は恋人であり、のちの妻であると語っているところがある。柄谷行人にもそれがあった。「この私」の固有性ということに柄谷はしきりにこだわる。独我論の「私」は特殊と一般の関係にあり、『この私』は普遍と対応すると柄谷は言う。これはよく理解できる。ところがいつのまにか、内面化しえない他者の絶対性が他者一般に変質してしまっている。おなじことがレヴィナスの他者にも言える。ここは思考することの難所に充ちている。柄谷も「この「間」は、どこでという空間的な問題ではない」と言い、「「抽象力」によってのみ接近しうる問題である」と釘を刺している。「間」の素朴な実体化ではないと言いたいわけだ。わたしの理解では柄谷が空間化ではなく抽象力によってのみ接近できる問題というとき、抽象力そのものをかれは空間化している。柄谷さん、わかるかな。あいだはと共にを分有することであらわれるのであって、柄谷の抽象力という概念は垂直に運動する時間の概念としてしか表現できない。しかもこの抽象力は思考に先立って存在している。未分化な時空のなかにこの思考は存在している。西田幾多郎が自己のなかの絶対の他というとき、その他は自己の変形にすぎない。だから自己は容易に社会化され自然生成となる。禅仏教の悟りなどその程度のことなのだ。自然に融即する技芸が自然生成の境地として語られ、可視化すると天皇制となる。観念はこれほど通俗的に表現することもできるわけだ。

 マルクスのイェニーさん問題を表象すると宮沢賢治の擬音になるということにやっとたどり着きました。この場所から柄谷行人の単独者や吉本隆明の大衆を基軸にした思想を概観すると、どちらの思考も自己意識の外延表現として一括りにすることができます。自己と他者が非対称的だとするとき、自己と他者をつなぐものは私性以外になにもありません。それは生の不全感の必然です。おなじように文明の外在史に精神の内在性を対置しても、その世界観は対象的に不毛です。文明の外在史に繰り込まれた精神の内在史を内省として語ることしかできず、有限な生は文明の外在史の属躰にしかなりえないのです。生きていることは歴史の過渡でしかないし、つねに間に合いません。なにかへの過渡としてわたしたちの生はあるのではない。いつもそのつど然りとして生を生きることができる。文明の外在史と精神の内在史というセットになった表現の範型はいつも生きていることに遅延してしかとどきません。
 同一性を思考の公理とするかぎり、柄谷行人の単独者と吉本隆明の大衆を基盤とする思想は互いに背反するようにみえて、思考としてはまったく同型なのです。憲法1条と9条が相互依存しているということの全体が天皇制なのです。宮沢賢治の擬音と親鸞の自然法爾はおなじものですが、どちらもこの世の条理からはみ出しています。宮沢賢治の喩としての作品や、作品の根底にある擬音をヤポネシアに由来する原日本語の無意識のリズムとして記紀の世界につないだ吉本隆明の思想も、徳川時代に範をとるか、記紀の世界に公準を設けるかのちがいはあっても、思考の型としては同一のものです。さらにべつの言い方をしてみます。文明の外在史がさまざまに遷移しても、変わるだけ変わって変わらない心性が、変わるほどに変わらないなにかがあります。意識の外延性を往還すると外延的な思考とはべつのまなざしである内包自然というものがふいにあらわれます。吉本隆明や柄谷行人の考えたことの批判はこの観念のリアルからなされています。意識の外延性を包み込む表現は、まだ、だれによっても成し遂げられていない。それが内包表現で可能だと考えています。
 わたしたちの知っている表現の概念はそのなかに意識の特異点がかならず含まれています。言い方を変えれば同一性を公準とする表現は不可避に生の不全感を生みます。それが柄谷行人がこだわった関係の非対称性です。関係の非対称性は自己が自己とはぐれてしまうことが先ず始めにあります。自己が自己と非対称的なのです。なにがこの非対称性を埋めるか。なにものも埋めることはできないということが唯一柄谷行人の主張の取り柄でした。1条と9条が相互に依存していると眺め下ろすことによって柄谷は日本的な自然生成と融和しています。天皇制的な心性を導くことで柄谷は、独我論を嫌悪して単独者という概念を設定し、その相互の非対称的な関係からマルクスの資本論を読み換えようとしていたにもかかわらず、そのモチーフを捨てて世間と和解したのです。おなじことが吉本隆明の共同幻想論にも言えます。国家の起源を『共同幻想論』という書物でかれなりに解明したのですが、宮沢賢治の喩としての内包的な親族の表現や、この表現を根っこのところで支えている根源の二人称の反照としてある擬音を社会化することで記紀の世界に接合しています。ふたりとも理念において背反しているようにみえますが、意識のなかにある始まりの不明を回避しています。なにが起こっているのか。柄谷という文化人は本の知識のなかに世界の意味を求め、賢しらな言説を積み重ねた挙句、この世の条理に同期し、吉本隆明は現人神体験を内省し、体験の意味をつかみ損ねて思想を社会化したのです。徳川の時代の平和に非戦の先行形態をみようと、原日本語の無意識のリズムを記紀の世界につなごうと、社会思想として変わるところはありません。意識として同型であるとはそういうことです。存在をそれ自体として裸形のまま取りださないと精神の内在史は文明の外在史につねに従属することになります。精神の内在史を内包論では内包史としてこれからも語っていきます。
 柄谷行人のインタビュー記事をそのまま貼りつけ、発言についてコメントします。

 -自民党は衆院選で「9条への自衛隊明記」など憲法改正4項目を公約に掲げて勝利しました。今後、憲法改正が進むと見ますか。
 これまで自民党は「憲法9条はそのままにしておいて、自衛隊を認める」という「解釈改憲」でやってきました。衆院選に際して9条を変えると言ったのは安倍首相が初めてです。ただし、自衛隊を公認する条文を憲法に付け加えるだけだというわけです。しかし、衆院選で3分の2以上の議席を取っても、国民投票になると、ただではすみません。もちろん、安倍首相はそれを予期しているでしょう。「改憲ではない。加憲だ」という説明で国民投票を乗り切れると考えているようです。 
 しかし、それによって、事実上の憲法改定ができるか。「国の交戦権はこれを認めない」という9条の条文が残る以上、「加憲」は今までの解釈改憲と同じようなものです。憲法上、自衛隊は海外で戦争をすることは許されません。軍事同盟の言い換えである集団的自衛権も現行憲法では認められません。このような状態を本当に変えたいのであれば、安倍首相は堂々と憲法の改定を主張すべきなのです。しかし、それはできません。もしそうしたら、国民投票で負けますから。 
 -なぜ、国民投票で改憲が否決されると思われるのですか。
 9条は日本人の意識の問題ではなく、無意識の問題だからです。無意識は潜在意識と同一視されていますが、違います。潜在意識は教育や宣伝によって操作することができます。無意識はオーストリアの精神分析学者、フロイト(1856~1939年)の言う「超自我」だと考えるべきです。超自我は意識を統御するものです。9条は日本人の戦争経験から来たものですが、意識的な反省によるものではありません。従って、教育や宣伝で変えることはできません。もし、9条が意識的な反省によるものであったなら、ずっと前に放棄されたでしょう。 
 -9条が日本人の無意識の中に根付いているのはなぜですか。
 確かに9条は連合国軍総司令部(GHQ)に押し付けられたものです。当時、GHQのマッカーサー元帥は天皇制を維持しなければ日本で大きな反抗が起こると思っていました。(象徴天皇制と国民主権を規定した)憲法1条を制定するため、当時のソ連などに「日本は変わったのだ」という説得材料としての9条でした。 
 しかし、9条がGHQに強制されたことと、日本人がそれを自主的に受け入れたことは矛盾しません。実際、GHQが憲法の改定を言ってきたのに当時の吉田茂首相はそれをしりぞけました。まず、外部の力による「戦争の断念」がありました。それが良心を生み出し、それが「戦争の断念」を一層求めたのです。その意味で9条は日本人による自主的な選択です。いわば「文化」です。 
 -日本の歴史の中に9条を生み出す土台があったのでしょうか。
 長い戦国時代の後、戦争を否定する徳川幕府体制が生まれ、国内だけでなく、東アジア一帯の平和が実現されました。「徳川の平和」と呼ばれています。武士は帯刀しましたが、刀は身分を表す象徴であり、武器ではなかったのです。徳川の文化こそが9条の精神を先取りした「先行形態」です。ところが、明治維新後に日本は徴兵制を始め、朝鮮半島を植民地化し、中国を侵略しました。9条が根ざしているのは、明治維新以後、日本人がやってきたことに対する無意識の悔恨です。 
 付言すれば、憲法1条のルーツも徳川時代に始まっています。徳川家康は天皇を丁重に扱いました。天皇を否定したら、他の大名が天皇を担いで反乱を起こすに決まっていたからです。徳川は天皇を祭り上げて、政治から隔離した上で徳川幕府体制の中に位置付けました。それは戦後憲法における「象徴天皇」の先行形態だと言えます。 
 -現行憲法の1条と9条の関わりをどう見ますか。
 1条と9条には相互依存的な関係があります。現在の天皇、皇后は9条の庇護者(ひごしゃ)になっています。天皇は日本国家の「戦争責任」を自ら引き受けることによって、皇室を守ろうとしていると言えます。つまり、9条を守ることは1条を守ることにもなるのです。かつては「1条(天皇)のための9条(戦争放棄)」でしたが、現在では「9条のための1条」へと地位が逆転しています。 
 -9条が国際社会で果たしている役割は何でしょうか。
 9条にある「戦争放棄」は単なる放棄ではなく、国際社会に向けられた「贈与」と呼ぶべきものだと思います。贈与された方はどうするか。例えば、どこかの国が無防備の日本に攻め込んだり脅迫したりするなら、国際社会で糾弾されるでしょう。贈与によって、日本は無力になるわけではありません。それによって、国際世論を勝ち取ります。贈与の力は軍事力や経済力を超えるものです。 
 -北朝鮮情勢が緊迫する中、そうした考え方は「現実離れしている」と反論されそうです。
 現実には、自衛隊を持っている日本は9条を「実行」していません。だから、北朝鮮にも大きな脅威を与えています。しかし、9条を実行すれば状況は違ってきます。具体的に言えば、日本が国連総会で「9条を実行する」と表明することです。それは、第二次世界大戦の戦勝国が牛耳ってきた国連を変え、ドイツの哲学者、カント(1724~1804年)が提唱した「世界共和国」の方向に国連を向かわせることにもなると思います。

 世のなかの動きを眺め下ろして、考えることを放棄した、自然生成に身を任せるひとりの好好爺として柄谷行人は発言しています。憲法の戦争放棄と象徴天皇も、非戦を国際社会への贈与とみなすことについての柄谷行人の錯認があります。記事を読みながら気づいたことを書きます。
 弛緩したなんの切実さもない柄谷行人の発言になにを言えばいいのか途惑いますが、かれの考えてきたことのいい加減さがこの発言のなかに集約されているように思います。9条は日本人の意識の問題ではなく無意識だと言っています。そしてその9条の精神が1条と相互依存的であり、その先行形態を徳川の平和にみることができると。すべては日本人の無意識であるということは天皇性的な心性が日本人の原感情のなかにあると言うことにしかなりません。たしかに天皇的な心性を日本人にとっての無意識ということはできます。その無意識に準拠するほかないのか。そんなことはないと思います。天皇制が日本人にとって無意識だとして、その無意識をほどいてしまえば天皇制は消滅します。それはわたしたちの知る歴史をひらくことになります。ここ数年で一気にこの国の戦後のありようは瓦解しました。人倫は決壊しています。それは理念ではなく日々の実感としてあります。この国だけではなく世界もまた壊れています。たぶんだれもが、なにをどう考えていいのかわからなくなっているのだと思います。そのとき日本人の無意識とも言うべき天皇制的な心性がいつのまにかに忍びこみます。天皇制的な自然生成はたかだか千数百年の、歴史的にいえば比較的あたらしい東洋のモダンな自然です。
 ここで柄谷のいう無意識ということは天皇制的自然生成にほかならないのですが、柄谷はあまりに無造作に無意識という言葉を使っているようにみえます。フロイトを学習してフロイトの発見したesで日本人の無意識を説明したつもりになっていますが、当のフロイトでさえ無意識についてはうまくつかんでいません。フロイトにとってリビドーは表現の概念に相当していますが、かれはesを自己意識の外延表現としてしか言いえていません。esは混沌とした沸き立つ釜であり、そのなかでは同一性や倫理や時間は存立していないと言っていますね。なにかをつかみかかっていたのですが、esの発見に酔いしれ、それがどういうことであるか徹底して考えることはありませんでした。フロイトの表現の概念はリビドーですが、かれはそれとは知らず、根源の二人称に裏側からさわり、その驚きを無意識と名づけました。フロイトの無意識は手袋を裏返すようにめくり返すことができます。意識を背後で操っているなにかのことをフロイトはesと名づけています。意識と意識に先立つなにかとの関係はさまざまに論じられてきましたが、いずれの便法も意識の外延表現を微細化することで意識の特異点を隠蔽してきたように思います。ハイデガーの存在者と存在の存在論的差異の構造にユダヤ人のホロコーストを直感したレヴィナスは、非人称の〔在るのざわめき〕を〔イリヤ〕と呼び、在るのざわめきを引きうけることをイポスターズと名づけています。木村敏さんはイポスターズのことを実詞化と訳しました。日本語のニュアンスで言えば、〔こと〕と〔こと〕の〔端〕、つまり、〔言〕と〔言〕の〔端〕(葉)に近い。そこに木が〔ある〕といい、ここに人が〔いる〕という。意識しなくても〔ある〕と〔いる〕は使い分けられています。ただこの国では出来事と出来事の端の関係は自然生成として自然に融即します。その象徴が天皇制です。この国では個人の意識と共同性のありようは、あたかも地下茎のようにして天皇制と円環しています。
 ふとキルケゴールの自己についての定義を思いだしました。自己とは関係が関係それ自身と関係するような関係のことであると『死に至る病』のなかで書いています。なにか呪文のような言葉ですが、かれにとってはとてもリアルなことだったはずです。同一性が制約する自己の謎をキリストを媒介に生きたのです。神との関係において自己が自己となり、神を媒介にすることで他者も措定できると考えています。神や仏を媒介にしないと私が私に出会うことがなくはぐれてしまうのです。私が私にとどかないのです。この空隙を埋める観念が神です。むしろ他力の神です。ヴェイユの不在の神と言ってもいいかと思います。関係それ自身とはキルケゴールにあっては帰りがけのインマヌエルの原事実のことを指しています。転回以降のヴィトゲンシュタインにあってもそうです。インマヌエルという事実によぎられることで、私は自己となり、その自己でもって他者と関係するということです。じつにシンプルなことをキルケゴールは言っているのです。ぼくの理解ではこの信はキルケゴールにとって固有の信であり、共同化できるものではないはずです。それがキルケゴールの生きる力になっています。ヴィトゲンシュタインの信もそういうものだった。だから還相の神をかれは秘匿したのです。キルケゴールもヴィトゲンシュタインもおなじような息づかいをしながら生きたように思います。神という超越をぬきに自己を語ることは生の不全感をもたらしますが、フーコーは主体は実体ではなく他者によってもたらされるということを言い切りました。西欧的知性のひとつのおおきな達成だと思います。フーコーにとって他者は神という超越ではなく、固有名でした。似たことをメルローポンティも言います。私が他人の表情のなかで生き、また他人が私の表情のなかで生きているということ。同一の心的存在者が空間の多くの地点に、つまり私が他人のなかに、他人が私のなかに存在する空間の癒合性。ヴァイツゼッガーも『ゲシュタルトクライス』でおなじことを書いています。イリヤという非人称の在るのざわめきを内面化できない他者の絶対性として引きうけることで、ハイデガー哲学を転倒しようと、レヴィナスは生涯を賭けて格闘しました。そのレヴィナスも第三者問題を解くことはできませんでした。神ではない他者を措定するやいなや三人称が出現するのです。
 フロイトの考えに沿いながら、憲法1条と9条が相互依存的であると指摘してもそれは観光客からの傍観にすぎず、いま目前で起こっていることを凡庸な悪として座視することにしかなりません。憲法9条が日本人の無意識で徳川の平和から受け継がれたものであるとしたら、その無意識とはなにかをつかみだすしかないのです。柄谷はフロイトの無意識を超自我だとインタビューで言っていますが、自我と超自我と無意識をフロイトは弁別している。フロイトは無意識に自我を導入したのだとぼくは理解しています。フロイトのあざとさがここにあります。神も人間という実存を背後から操ります。おなじようにフロイトの無意識も自己を背後から操作します。無意識それ自体を観念として取りだしたのではなく自我を際限なく拡大してそれを無意識と称したので、なにか暗くて無定型の時間も倫理もない同一性が破綻した混沌として沸き立つ釜のようなものと比喩されるほかなかったのです。そして自己に先立つこの観念を実体化しました。罪深いと思います。非人称の無意識から自我がつくられるのではない。自我が無意識を作為しているのです。自我を外延してそこに因果や時間の先後や倫理を超えた非人称の意識を想定したのだと思います。自我が同一性から反照された意識であるように、自我を極大まで肥大させた無意識もまた同一性の反復です。つまりフロイトの自我と無意識は意識としてまったく同型なのです。
 9条が日本人の無意識だという柄谷の発言は目くらましです。まして1条と9条が相互依存的な関係であるという言い方は考えることの放棄です。9条が明治維新以後の富国強兵策の無意識の痛恨に根ざしているというのは錯誤です。
 日本国憲法9条2項の交戦権の放棄について片山さんは、「往復書簡第十三信」で次のように書かれています。「『交戦権の放棄』とは『交戦する権利を放棄する』ではなく、『交戦国になる”主権”を放棄する』という意味だってことですね。なるほど。憲法の条文は『国の交戦権は、これを認めない』となっていて、誰が認めないのかぼかしてありますが(わざと?)、主語を補うと『認めない』と言っているのは、日本国民ではなく『アメリカ』ですね。ポイントは、交戦に主権がないのではなく、非戦に主権がないってことです。主権がない状態で非戦を謳うこと自体が無意味である。茶番である。戦争放棄も同様です。放棄するもしないも、そんなことは日本が主体的に関与できることではない。そのことを日本は憲法によって認めてしまっている。だから『放棄』ということで問題にすべきは、交戦権の放棄でも戦争放棄でもなく、主権の放棄だということになります」。その通りだと思います。戦争放棄は日本の支配層の戦争を断念した良心でも自発的な選択でもない。交戦国になる主権を剥奪されたのです。「交戦権の行使ではなく自衛のために、交戦を放棄する国家は地球上に存在しません」(伊勢崎賢治2017年12月5日のツイートから一部抜粋)
 なぜ柄谷のつまらぬ発言を取り上げたのか。なにがあろうと斜に構えてきた柄谷がついに現実に寄り添うことで戦後の総敗北が完遂されたと判断したからである。その象徴行為が柄谷行人の発言だったと思います。遠く記紀の世界に宮沢賢治の喩としての擬音を日本語の無意識として吉本隆明が順接した逆理と柄谷行人の天皇制的心性への融即が思考の型としてみごとに対をなしています。人間という概念は終焉するのか。ちがいます。まだ人間という概念は始まってもいないのです。だから生は一度も生きられていないのです。始まってもいないことが終わるはずがないのです。この惑星に生を享けたあらゆる人が生や歴史という表現の主体であることを可能とする内包自然はまったく未知の広大な領野としてわたしたちの眼前にひろがっています。
 この書簡のなかで幾人かの思想家の言葉を引いていますが、かれらは主観を普遍として述べようとしています。べつにこの世の条理をなぞろうとしたわけではないと思います。それにもかかわらずかれらが言いたかった主観の普遍は主観の信となりました。個と共同性が孕む矛盾を解くことができないのはなぜなのか。内面と外界という表現の形式が窮屈なのです。内面と環界の論理式では表現できない意識の特異点が不可避に生まれるのです。意識の外延表現の必然としてシンギュラリティは存在しています。そしてこの意識の特異点をこれまで人の営みが積み上げてきた人格の理念を媒介とせずにビットマシンのアルゴリズムが侵襲しています。だから天皇制的な自然への融即を認識の対象とするだけでは間に合いません。主観的な信としてあらわれるその信を包み込んで、信を融かしてしまう、同一性ではないべつのまなざしを可能とする表現をつくることで意識の外延表現を包摂するしかないのです。
 主観的な心情のなかにある信は意識の外延性として空間化し実体化するほかないのです。偉大なマルクスであってもまぬがれることはない。この信を第18願といってみます。マルクスのイェニーさん問題は社会的存在にも妥当しうると考えました。一般化のなかで理念が転倒しました。社会的存在こそが第一義的だとかれは錯覚したのです。この錯認のなかにマルクス主義の淵源があります。ぼくの第18願は内包です。どんな18願も意識の明証性で論証することはできません。親鸞の他力や自然法爾もそうです。こういうことだと思います。おおきな外界の自然にたいしてちいさな自然である生に内面があると仮構したのです。でも内面はそれ自体で存在を主張しうるほど強大ではなく、環界の慰めとして生に付与されたのだとぼくは考えています。内面は過渡としての、ある過程的なものです。片山さんと対話をつづけるなかで、精神の古代形象が巻き込んだ身体性に空間化と可視化の根源があると考えるようになりました。食と性は身体の空間化によって引き裂かれます。だから権力と貨幣は精神の古代形象において身体性という同一の起源をもつことになります。
 これまで片山さんと討議を持続するなかですこしずつ内包論の輪郭が手触りのあるものになってきたという実感があります。いまは精神の古代形象のなかにある根源のふたりが脊髄反射のようにして巻き込んだ身体性が第三者性の起源だと考えています。権力と貨幣と第三者性は複雑に絡み合っています。同一性によって担保された意識の外延性ではこの謎を解くことができません。だから思索者の主観的意識の襞にある内面化も共同化もできない信はゆくえを失い、そのままでは対他性をもたないので、曲率ゼロの意識の平面上で信を可視化するほかないのです。そしてとても不思議なことですが、社会化された思想の信は、表現者の内部で時間が内面に垂直に表現されていると認識されます。それは思想の是非を超えてそうであるとしか言えません。文明の外在史と精神の内在史という論理の構成が外在的なものにすぎないのです。だから個人的な心情を意識の外延性のなかで空間化することになります。空間化された信は共同性を不可避に疎外するのです。マルクスの思想も吉本隆明の思想も社会思想であるとはそういうことです。この意識の範型では天皇制も吉本隆明の思想も柄谷行人の思想もまったく同型です。意識の外延性のなかで同一性を差異として反復してもそこに生きられる未知はなにもありません。内包自然のなかに往相の性も還相の性もありますが、還相の性を手がかりにすると、〔性〕は個人と家族と社会のひとつの媒介的な理念ではなく、それ自体として自存し、そこに広大な意識の領野をつくります。信の共同性は喩としての内包的な親族のなかに陥入してしまいます。その境目に宮沢賢治の作品が位置しています。記紀の世界に接続できない意識のありようを宮沢賢治は喩のような作品として表現し、その作品を根源のふたりの表徴である擬音が統覚しているのではないかと思っています。この世界では天皇制もビットマシンの外延革命もとるにたらないこととしてあらわれます。