小説のために(第十六話)


 しばらく前にブレディみかこさんの『ヨーロッパ・コーリング』(岩波書店)という本を読んだ。この本、タイトルはクラッシュですよね。それからカバーの写真が、バンクシーのグラフィティ「花を投ずるテロリスト」なんだ。かっこいい! 岩波にもセンスのいい編集者がいるんだなって、ちょっと見直したものです。
 それはともかく、中身はイギリス在住の著者による現場報告、ホットな話題が取り上げられていてなかなか面白い。そのなかにつぎのようなレポートがあった。

 英国のピザ・エクスプレスというチェーンレストランが、ハラールと呼ばれるイスラム教の流儀で処理あいた鶏肉を使用していたことがわかり、大きな物議を醸している。(2014年5月23日)

 ハラール肉というのは、イスラム教で厳格に定められた方法で処理された肉のこと。最近ではスーパーなどでも普通に売られていて、けっこうなビジネスになっているという話も聞く。先のチェーンレストランでは、ハラール・チキンを使用していることをメニューに明記していなかったのでスキャンダルになったらしい。
 面白いのは動物愛護の見地からの非難というもので、ハラール処理で殺されるニワトリは生きた状態で咽喉を切断されることになっており、だから「残酷」ということらしい。では一般的なチキンのほうはどうかというと、ニワトリを逆さに吊り下げてベルトコンベアで順番に電気ショックを与え、気絶させてから首を斬ったり、巨大なガス室で殺したりしているというから、どっちもどっちというか、殺し方にやさしいも残酷もないだろう、とぼくなどは思うけれど、どうなのだろう。
 このあたりが人間のミョーなところ、複雑怪奇なところである。だってヘンでしょう。動物を食べる。その動物を処理するのに、どういう状態で殺すのが好ましいか、といったほとんどナンセンスに近い議論を延々と、真剣にやってしまう、やれてしまう。しかも議論の中身は自分勝手というか、ニワトリからすれば「おまえら、ええ加減にしとけよ」みたいなもんだが、それが人間である、ということにして先に進みたい。

 自分が生きるために他の生命を食べる、動物たちがごく普通にやっていることが、人間にとっては普通ではない。もちろん人間も動物だから、他の生命を食べること自体は自然なのだけれど、この自然であるはずの行為が、なぜか人間にとっては不自然なことになってしまう。不自然というのは、そこに大小の違和を感じてしまうからで、他の生命を食べることが違和感として表出されてしまうことにおいて、人間と他の動物たちとのあいだにはとても大きな断絶がある。この断絶のなかに、動物としてのヒトが「人間」と呼ばれる生き物になった起源があるような気がする。
 アニミズムやトーテミズムをはじめとして、地球上のあちこちに生まれた「宗教」と呼ばれる共同幻想のほとんどすべてが、食にたいする違和感を主題化している。ユダヤ教もキリスト教もイスラム教も、それぞれの文体で生あるものを食べることへの違和を教理のなかに埋め込んでいる。たとえば仏教の場合はこんなふうだ。

 動物は動物を食って生存している。荒野にもなお動物が生存し、そこでは死闘が繰り返されている。人間とても動物であるから、その例に洩れない。しかし慈悲の精神はこの厳酷な事実に対して嫌悪の情をいだかしめるに至る。このおそろしい事実から逃れる道は無いものであろうか。そこで肉食を禁ずるという思想が現れて来る。(中村元『慈悲』)

 動物が動物を食べることは自然である。しかし人間という動物が他の動物を食べるという自然には、「嫌悪の情」みたいな余分なものがくっついてくる。「食」という生物にとってもっとも基本的な場面において、すでに人間は自然からはぐれている。あるいは自然をはみ出している。このはみ出したところに宗教的感情が芽生え、たとえば「肉食を禁ずる」とか「ハラール処理したチキンを食べなさい」といった、さまざまな戒律が生まれる。
 こうした戒律や規範を媒介にしないと、人間は人間的な自然を生きることができない。自然からはみ出したまま、さまよいつづけることになってしまう。人間は共同幻想なしには生きられない。宗教、法、国家、民主主義、人権思想、さらには貨幣やテクノロジーや自然科学や医療医学をめぐる最新の知に至るまで、およそ「共同幻想」と呼ばれるものは、ほうっておけばどこまでも自然からはぐれてしまう人間を、人間的な自然に回帰させるための媒介と言えるだろう。
 この人間的な自然は、もともと「動物は動物を食って生存している」という自然から派生してきたものなので、弱肉強食や適者生存の原理に貫かれている。

 現在、貧困家庭の66%が勤労家庭だそうだ。働いても働いても生活苦を強いられ、親も子も食事を抜いているという凄まじい現実が見えてくる。2013年に政府が発表した報告書では、英国の家庭の27%が貧困しているという。(2014年3月18日)

 近年、英国のバス停のベンチの奥行きが異様に狭くなってきた。しかも、それは後部から前部に向かって下向きに傾斜しており、座るというより、版立ちの状態でお尻を預けることしかできない。(中略)これらのデザインはいずれもアンチ・ホームレス・アーキテクチャーと呼ばれるものだ。要するにホームレスが長時間座ったり寝転がったりできないようにしてあるのだ。(2014年6月13日)

 先ほども取り上げたブレディみかこさんの本から目に付いたところを抜き出してみた。いまぼくたちの足元に広がっている荒野とは、たとえばこういったものだろう。何もかもが剝き出しである。剝き出しの生存競争、適者生存、文明のただなかに現れた弱肉強食の世界である。結局のところ人間は、このような自然しかつくってくることができなかった。それは動物たちの自然からははぐれているけれど、共同幻想を介して動物的自然へ回帰していくものなので、どこまでいっても弱肉強食なのである。
 現に世界のどこへ目を向けても、人々の生は非情な荒野に投げ出されており、動物たちが死闘を繰り広げるように、人と人が剝き出しの状態で争い合っている。こうしたありさまに「嫌悪の情」を催し、動物化しないための戒律や規範をつくり、宗教や法や国家を構築し、近代に至っては民主主義や人権思想を発明し、ここまでやって来た。そうしたやり方が、全面的に行き詰っている。
 いまぼくたちにとって「自然」とは何か? 果てしなく広がる貨幣とテクノロジーの大海を、一個の人格ではなく無数のフラグメントとして漂流しつづけることだ。人間の生の動物的なあり方はそのままに、「嫌悪の情」だけが消されつつある。なぜなら「嫌悪の情」を抱く主体としての人格が、もはや輪郭をとどめなくなっているからだ。断片化したぼくたちを統覚するのは、もはや自己ではなく、アルゴリズムによって駆動している巨大なシステムである。姿かたちの見えないところから、「これがあなたです」と差し出されるものを無条件に受け入れる(購入する)ことによって、なんとか「私」であろうとする。そういうというところまで追い詰められている。
 70数億の生が商品として相互に交換・流通可能なものになろうとしている。一人ひとりの生の固有性などかけらもない。「人間」という概念は完全に変わってしまうだろう。あるいは消滅してしまうかもしれない。フーコーが『言葉と物』を書いたころには、「人間の消滅」はなお比喩の範疇にあったけれど、50年経って現実になろうとしている。

 日蓮宗の信者としての宮沢賢治の挫折は、伝記的な記述としては「挫折」かもしれないが、文学的なまなざしでひらくと別のことが言えそうな気がする。彼は宗教的な戒律によって生きること、もっと広げて言うなら、さまざまな共同幻想を媒介にして人間的な自然を生きること、つまりぼくたちがいままさに行き詰っているやり方に見切りをつけたのではないだろうか。そのことは賢治の「食」にたいする感じ方を見ればよくわかる。

 私はしかしこの間、からだが無闇に軽く又ひっそりとした様に思ひます。私は春から生物のからだを食ふのをやめました。けれども先日「社会」と「連絡」を「とる」おまじなゑにまぐろのさしみを数切たべました。又茶碗むしをさじでかきまはしました。食はれるさかながもし私のうしろに居て見てゐたら何と思ふでせうか。「この人は私の唯一の命をすてたそのからだをまづさうに食ってゐる。」「怒りながら食ってゐる。」「やけくそで食ってゐる。」「私のことを考へてしづかにそのあぶらを舌に味ひながらさかなよおまへもいつか私のつれになって一緒にいこうと祈ってゐる。」「何だ、おらのからだを食ってゐる。」まあさかなによって色々に考へるでせう。(大正7年5月19日 保坂嘉内宛)

 前にも少し触れた書簡だが、こうした賢治の食にたいする特異な感じ方、一種の慎み深さは、仏教的な慈悲とはまったく違う気がする。慈悲とは人が有情にたいして施す、いわば一方向的なものだ。それはハラール肉をめぐる議論と同様、どこまでも人間の側からの勝手な都合でしかない。しかし賢治の食にたいする忌諱の表明には、かならず食べられる側のまなざしが組み込まれている。なぜならいかなる有情も、彼にとっては「遠いともだち」であるからだ。「遠いともだち」を食べることが、賢治にとっての「生きる」ことだった。この不条理な生といかに折り合いをつけるか、ということを彼は終生考えつづけたように思う。

 心象のはひいろはがねから
 あけびのつるはくもにからまり
 のばらのやぶや腐植の湿地
 いちめんのいちめんの諂曲模様
 (正午の管楽よりもしげく
 琥珀のかけらがそそぐとき)
 いかりのにがさまた青さ
 四月の気層のひかりの底を
 唾し はぎしりゆききする
 おれはひとりの修羅なのだ

 有名な「春と修羅」の冒頭部分である。「1922年4月8日」の日付をもつ。この五年後に書かれた「何をやっても間に合はない/世界ぜんたい間に合はない」という詩稿の焦燥感とも相通じる激しい詩だ。「いちめんのいちめんの諂曲模様」という一行が目をひく。「諂曲」とは「自分の意思をまげて、こびへつらうこと」と辞書に出ている。なんだ、いまのぼくたちと同じじゃないか。
 賢治にとってあらゆる有情は「遠いともだち」である。「遠いともだち」が食べるものと食べられるものに引き裂かれる。そのなかに自分も巻き込まれている。食物連鎖を軸とする生命世界の相克を、彼は偏在する地獄と見ていた(見田宗介『宮沢賢治』)。遍く広がる地獄のなかで、「何をやっても間に合はない」という焦燥感に駆られる。そのような自己を、彼は「修羅」と規定している。
 見田さんによると、修羅(阿修羅)とは、「地獄道、餓鬼道、畜生道と人間道との中間にあって、悪意と善意とが自己の内部で対立し抗争する存在であり、それゆえに苦悩する存在」(前掲書)である。「人間道」とは共同幻想を媒介とした人間的な自然のことである。その自然は弱肉強食と適者生存の原理に貫かれている。だから彼は信仰的な「挫折」というかたちで、あらゆる共同幻想に見切りをつけた。見切りをつけて、でもどこへ行けばいいのか? どこへも行けない。一人の修羅として、「地獄道、餓鬼道、畜生道」と「人間道」の「中間」を「唾し はぎしりゆきき」している。
 自らを「修羅」と規定したとき、彼にはわかっていたはずだ。「地獄道、餓鬼道、畜生道」と「人間道」を隔てているのは共同幻想という薄い皮膜に過ぎず、その皮膜は容易に破られる。皮膜が破れれば、たちまち「地獄道、餓鬼道、畜生道」のほうへ行ってしまう。そんな現実を、彼はいやというほど見てきた。

 夜の湿気が風とさびしくいりまじり
 松ややなぎの林はくろく
 空には暗い業の花びらがいっぱいで
 わたくしは神々の名を録したことから
 はげしく寒さにふるえてゐる
 ああ誰か来てわたくしに云へ
 億の巨匠が並んで生れ
 しかも互ひに相犯さない
 明るい世界はかならず来ると
  どこかでさぎが鳴いてゐる
   ……遠くでさぎがないてゐる
     夜どほし赤い眼を燃やして
     つめたい沼に立ち通すのか……
               (「業の花びら」異稿)

 動物や植物を主人公にした童話や詩をたくさん書いている宮沢賢治だけれど、その関心は常に人間に向けられている。あらゆる有情を含みもつ「遠いともだち」のまなざしは、ぼくたちが生きている人間的な自然をも包み込んでいる。その人間的な自然は、いつの時代も変わらず弱肉強食と適者生存だ。森崎茂さんの言葉を使わせてもらえば、「固い生存の条理」に貫かれている。この固い自然のなかを、宮沢賢治という一人の修羅が「唾し はぎしりゆきき」している。その修羅を「遠いともだち」のまなざしが包む。暗い宇宙の果てからやって来る星の光のようなまなざしに感光して、固く強ばった修羅の表情はかすかに緩む。「夜どほし赤い眼をして/つめたい沼に立ち通す」しかない彼のまなざしは、ほんの少しだけやわらぐ。この緩んだ修羅の表情から、やわらいだまなざしから、宮沢賢治の作品の言葉は生まれ出てきているような気がする。