小説のために(第十九話)


 この宮沢賢治論も終盤に近づき、いよいよラストスパートというところで奈良へ行くことになった。前から入っていた仕事なので仕方がない。ついでに福井まで足を伸ばして5日間ほど中断。頭は宮沢賢治でホットな状態にあるから、四天王を安置しているお堂に行けば、増長天に千年以上ものあいだずっと踏みつぶされている邪鬼は気の毒だ、これぞ宮沢賢治的なキャラクターではないか、となんでも賢治に結びついてしまう。せっかくだから奈良で考えたことを少し書いてみよう。
 奈良ではお寺に行って仏像を見ることが多いわけだけれど、法隆寺でも東大寺でも興福寺でも、だいたいぼくたちが見ている仏さんたちは色が剥落し、もとのお姿をとどめていない。今回立ち寄った新薬師寺では、堂内に安置されている十二神将を、最新の技術を使って復元するというプロジェクトのビデオを観ることができた。かすかに残っている塗料などを分析し、コンピュータでバザラ像に色や模様を一つ一つ貼り込んでいく。するとまあ極彩色の、バンコクなどの寺院で目にする仏像のような艶やかなお姿になってしまった。天平時代の人々は、この色鮮やかな像を拝んでいたわけで、当時は新薬師寺の本堂にしてもいまとはずいぶん違った雰囲気だっただろう。
 バザラとかビギャラとかアニラとか、まるでウルトラ怪獣みたいな名前をいただき、厳しい顔で1200年以上ものあいだ同じポーズをきめている彼らにも青春時代があった……というか、こいつらとんでもない年寄りじゃないか! みんな優に1200歳を超えている。考えてみれば、十二神将にかぎらず仏像というのはみんな超年寄りなんだ。彼らの世界は老人問題や高齢化社会といった生易しいものではなく、剥落とか劣化とか崩壊とか、老化というよりも、もっとすさまじい物理的なカタストロフィに曝されている。認知症など千年も昔に経験済み、いまはなんとうか……なんというんだろう?
 そういう仏様をぼくたちは「尊い」ものとして拝んでいる。観念や意識の操作ではなく、自然と掌を合わせたくなる。心静かにたたずみたい気持ちになっている。謙虚に自己を寛がせている。この力や作用が「老い」から来ているのなら、ぼくたちは老いについて何もわかっていないのかもしれない。どこか大変な思い違いをしているのではないか。「老い」とは剥落し、劣化し、崩壊しながら価値を増していくものでもありうる。そのようなものとして、人が老いることを捉え直す必要があると思う。
 奈良のお寺にはまた、頭や腕のとれた破損仏がたくさんある。いまの言葉でいうと身体障害者である。彼らは五体満足の仏像と同じ存在感をもち、ときに完全仏以上の魅力や親しみを感じさせる。そんな破損仏を見ていると、能力主義とか適者生存とかいったアスリート的な感覚が、いかにもけち臭く、アホらしいものに思えてくる。いまの世の中は若くて元気、ばりばり稼げるうちが花で、そのために健康や個人のパフォーマンスに投資する、というのがスタンダードな人生観になっている。なんだかなあ……。頭のなかはまだ天平時代のままではないかという気がしてくる。現在の姿にまったく追いついてない。だから逆に、色が剥落し頭や腕のとれた仏様を尊いものとして拝んでいるのかかもしれない。
 仏像を拝むくらいなら人を拝めよ、とまで言うつもりはないけれど、ぼくたちが拝んでいる仏像の尊さは、年老いたり身体の不如意を抱えたりしている人たちの尊さでもあるはずだ。人は誰でもいつかは年老いて身体のあちこちが不如意になっていくのだから、それは人間として万人が内包している尊さでもあるだろう。奈良の仏像たちは、ぼくたちが向かうべき世界の可能性を暗示してくれている気がする。人間には不完全な仏像を「尊い」と感じる力があるのだから、つくろうとしてつくれずにいる世界はきっとつくれるはずだ。

 さらに奈良の古寺をめぐりながらAIのことを考える。医師にしても教師にしても、近い将来既存の仕事はAIに取って代わられるだろう。たとえば再帰的なアルゴリズムが、数万から数十万という膨大な症例を参照して演算し、瞬時に生身の医師よりも的確な診断を下せるようになることは間違いない。こんなところで張り合ってもしょうがないのだ。AIに既存の仕事を奪われたところで、あらためて医師とは何か、教師とは何かが問われてくるだろう。そこから本来の医師や教師という仕事がはじまる。そう考えればいいのではないか。つまり医師や教師なるものの概念の拡張が要請される。これは脅威というよりも僥倖である。AIによってもたらされる福音と考えるべきだろう。
 同じことは人間についても言えるはずだ。奪われるものは奪われ、凌駕されるところは徹底的に凌駕されたほうがいい。そんなことで終わる人間なら終わってしまったほうがいい、と開き直ってみよう。大丈夫。終わるわけがないのが人間だと、奈良でたくさんの仏様を観てきたぼくは確信している。だいたい1000年を超えた超高齢の者たちから、いったい何を奪うというのか。頭や手足の取れた破損仏の、どこをどう凌駕するのか。彼らはAIなどはるかに超えている。いま「人間」と考えられているのは、喩えて言うならば、天平時代の極彩色の真新しい仏像みたいなものだ。鮮度がいいのはせいぜい数十年、これを賞味期限と考えれば、人間はいまにも滅びそうな気がしてくる。しかしその後の千数百年を勘定に入れれば、まだまだやっていけそうだという太っ腹な気分になる。
 ここでも人間という概念の拡張が要請される。どこへ向かって拡張するのか? これも比喩として言えば、「デクノボー」へ向かってである。ニーチェは「君たちに超人を教える」なんて言わずに、「君たちにデクノボーを教える」と言えばよかったのだ。神が死んだ世界にあって、人間が向かうべきは超人ではなくデクノボーである。ぼくたちが拝んでいる仏像こそデクノボーではないか。色が剥落し、身体のあちこちは破損し、欠落し、おそらく認知症など記憶のはるか彼方に霞んでいる。AIが闊歩する世界においてはなんの役にも立たない。そういうものたちに掌を合わせたくなる。いつまでもとどまりたいと感じさせる。デクノボーは尊い。
 考えてみよう。デクノボーたる仏さんたちの個人的なパフォーマンスはかぎりなくゼロに近い。健康状態は最悪で、常に細心の注意を払った介護が必要とされる。しかし彼らを「社会のお荷物」などと言う者はいない。コスト削減のために破損仏は廃棄しよう、という声はどこからも聞こえてこない。むしろバーミヤンの大仏を爆破したターリバンが世界中から非難される。宗教はアヘンということで由緒ある寺院や墓廟を大量に破壊した中国文化大革命も、いまでは概ね否定されている。日本の廃仏毀釈だって「もったいないことをしたなあ」と反省頻りである。いったいどういうことなのか?
 いずれぼくたちも、現在の高齢者や身体障害者やガン患者などにたいする個人的・社会的なモードの多くを後悔し反省するようになるだろう。一人ひとりが超人ならぬデクノボーになることができれば、社会的な弱者にたいするまなざしや待遇は、おのずと変わってくるはずだ。医師や教師がはじまっていないように、人間はまだはじまっていないのかもしれない。

 こんな調子では、いつまで経っても宮沢賢治の話にはならないけれど、乗りかかった船なので福井でのことも少し書いてみよう。彼の地には友だちがいる。本業は大工さん、他にも画家、書道家、フォトグラファー、デザイナー、木工職人、ジャズ・ドラマーなど多彩な顔をもつ。独身。ユニークというか、ちょっと変わった人である。インドから帰国したばかりだという。目的はガンジス川で水浴びをすることというから、やっぱり変わっている。
 インドで撮った写真を見せてもらう。思わず「むむっ」とうなってしまった。スンバラシイのだ、男も女も老いも若きも、そこに写っている一人ひとりの顔が。アベシンゾウやトランプは論外として、アマゾンのベゾスよりも、マイクロソフトのビル・ゲイツやフェイスブックのザッカーバーグや投資家(堅気の職業と言えるのか?)のウォーレン・バフェットよりも、圧倒的にいい顔をしている。衆のなかに紛れてしまわない顔、多のなかの一として屹立している。むしろベゾスなんかがニット帽を被って街を歩いていたら、誰かわからないだろう。
 特別なところはない。ガンジスのほとりで日がな一日暇をつぶしているような人たちである。まあ、ぼくたちの感覚からすると、けっこう「特別」かもしれないけれど。要するに観光客を相手に商売したり、小銭をせびったりしているような人たちである。あるいは「こいつを騙して幾ばくかの金をせしめることはできぬか」などと、心のなかでは思っているかもしれない。でも、どの人にもいわく言いがたい存在感がある。おかしな言い方だけれど、みんな自信をもってここまで来たんだなと思わせる。たとえば三十代前半と思われる男は小物を商っているらしい。若いけれど目に力がある。頭に巻いたターバンや、身に着けている布切れみたいなものに生活が滲み出ている。クスリでもやっているのではないかという虚ろな目をした中年のおっちゃんは、手つきが怪しい。妙な指使いは金をくれと言っているようにも、祝福してくれているようにも、呪いをかけられているようにも見える。
 毎日、朝から晩までガンジス川の流れを眺めているうちに歳月が過ぎてしまった、といったおもむきの老人が怒っているのでも笑っているのでもない、とらえどころのない表情をカメラに向けている。70歳くらいだろうか。短くはない歳月、辛いことや嫌なこともたくさんあっただろう。いい思いも少しはしたかもしれない。それらをみんな呑み込んで、平穏な顔でたたずんでいる。この顔を見ただけで、インドという場所がわかる気がする。時間と空間のリアリティが顔にあらわれている。通りすがりのツーリストがスマホで撮った写真から、ここまで生々しいものが伝わってくるのが不思議だ。
 この生々しさは、一つの「表現」と言っていいのではないか。一人ひとりの顔や物腰、仕草に、それぞれの「固有」が表現されている。とりかえのきかない、その人が生きてきた時間が包み込まれている。しかも彼が生きてきた70年という時間には、彼がここにやって来るまでに、やはりガンジスの流れを眺めて生涯を送った数知れぬ人々の悠久の時間が内包されている。数千年、数万年の時間が過ぎ去ることなく、いまも一つの「固有」としてありつづけている。すると彼が体現している「この人はこの人以外の誰でもない」という印象、固有性はどこからやって来たことになるのだろう。
 彼らはぼくが奈良で見てきた仏像さんたちに似ている。雰囲気というか風貌というかたたずまいというか、確固として「ここにある」という感じが、とてもよく似ている。色の剥落した仏像や身体の一部分が欠けた破損仏を、ぼくたちはなぜ「尊い」と感じるのか。それは像の前で祈りつづけた無数の無名の人たちがいるからではないか。千年を超える長い時間、祈りつづけた人たちの思いを「尊い」という言葉で言い表しているのではないだろうか。一体の像のなかには千年を超える時間が流れ、その時間を生きた人々がありつづけている。仏像が尊くそこにあるということは、悠久の時間を祈りつづけた無数の無名の人たちがいるということだ。
 仏像の「尊さ」を、ガンジス川のほとりにたたずむ人たちの「固有」に置き換えてみたくなる。なぜ一人の人間のなかに「固有」という概念が生まれるのか。「この人はこの人以外の誰でもない」という印象は生まれるのか。それは彼のなかに、悠久の時間と無数の無名の人たちが内包されているからではないだろうか。一人の人間がそこにいるということは、長い時間と多くの人たちがいるということだ。それらのものとともに生きているということだ。一人ひとりの「固有」をつくり上げているのは、その者とともにある無数の無名の人たちではないだろうか。
 別の言い方をすれば、誰のどのような「一人」も、長い時間と多くの人たちが粗視化されたものではないだろうか。人間がはじまって以来、悠久のときを生きてきた無数の無名の人たちが、それぞれの場所で粗視化されるから、つまり「ぼく」や「あなた」という目に見えるものとして実体化されるから、誰のどのような「一人」もおのずと「固有」として表現されるのではないだろうか。
 一人が一人のままなら、一個の存在として完結したものであるなら、けっして「固有」は生まれてこないはずだ。それは再帰的なAIが「固有」という場所に届かないのと同じだ。自己同一的な「私」が、どの一人の「私」をとってみても例外なく「固有」なのは、ほとんど無限といっていいほどの時間と空間を、無数の他者を内包しているからだ。つまり自己という同一性は各々の差異によって「固有」に至るのではなく、「遠いともだち」によっておのずから「固有」として表現されてしまうのである。
 この「固有」に、AIは届かない。固有性が差異に基づくものであれば、たかが70数億の差異など再帰的なアルゴリズムが瞬時に参照して演算し、たとえば遺伝子という同一性に還元してしまうだろう。人間は個々の同一性において完結している(閉じている)と考えるなら、そして同一な自己に再帰していくものを「私」とみなすなら、ぼくたちは身体的には遺伝子やゲノムといった分子記号だし、心的には意識化された自我や内面であり、それらはAIによって模倣さるから、人間はほとんどAIと同じになる。AIが人間化するのではなく、人間がAI化するのである。AIに固有さなど求めようがないから、AI化した人間からは固有が消える。70数億という同一性の差異に過ぎなくなる。差異は不可避的に差別やヒエラルキーを生み、適者生存と弱肉強食の生存の条理はさらに強固に貫徹していく。いま世界は、間違いなくこうした方向へ加速している。
 ところがどっこい、「私」なるものは同一性として個々に閉じているのではなく、「遠いともだち」とともにある「固有」へとひらかれている。ユリアとペムペルみたいなもので、「遠いともだち」は可視化も実体化もされないから、AIは参照することも演算することもできない。「遠いともだち」とともに、おのずからなる表現としてぼくたちが生きている「固有」に、AIはどう逆立ちしても届かないのだ。雨ニモマケズ、風ニモマケズ、宮沢賢治の勝利である。

 だがしかし、ぼくたちが各々の「固有」を意識化しようとすると途端に自我や内面になってしまう。このとき「遠いともだち」は意識によって統覚される自我や内面からこぼれ落ち、神や仏という共同幻想として疎外される。さらに国家や人権や民主主義や貨幣になる。ぼくたちは神に祈り、仏に掌を合わせることで、ユリアやペムペルの遠い面影を探し求めているのかもしれない。あるいは貨幣や最新の医療テクノロジーを拝むことで、彼らのことなど忘れてしまっているのだろうか。
 神仏を拝むより、貨幣やテクノロジーに過剰適応するより、万人の「私」に内包されている「遠いともだち」に会いに行くべきだ。それこそ宮沢賢治が「小岩井農場」のなかでユリアとペムペルに出会ったように。「遠いともだち」の場所は誰のなかにもある。透明な場所として、垂直な時間を重層している。それを知ることなく、感じることなく終わるのはもったいない。できれば「遠いともだち」を生きてみたい。誰もがそこを生きることができる。やせ我慢しなくても、マザー・テレサにならなくても、その人のその場所において、おのずと「友愛」や「博愛」が実現される。
 ぼくたちはどうやって「遠いともだち」に会いに行けるだろう。「デクノボー」になることによって。えっ? それじゃあなんのことだかわからないよ。たしかに。ぼくだってちゃんとわかっているわけではない。外側から少しずつ線描していこう。思いつくままに言ってみる。
 ぼくの母方の祖母は晩年に認知障を患った。とくに徘徊がひどく、入院していた病院をしょっちゅう抜け出しては、まだ壮年だった父や母を手こずらせた。ようやく見つけて問いただすと、すでに跡形もない娘時代を過ごした実家に帰ると言ったり、何年も前に亡くなっている祖父のために夕食の支度をする、などとしらっと答えたりした。病院は迷惑している。家族だって持て余している。おそらく本人は自省も内省もしていない。悩んでいる様子もない。でも祖母の振舞いは、いま思い返すとじつに彼女らしいものだった。懐かしい面影とともに、忘れがたいものが残りつづけている。
 彼女はまさにデクノボーだった。デクノボーとともにある「固有」を体現していた、とは言えないだろうか。さらに類推に憶測を重ねるなら、祖母は「遠いともだち」の場所を生きていたふしがある。少なくとも、「いま」と「ここ」ではない。娘時代を過ごした不在の家に帰る途次であったり、亡くなった連れ合いの食事を作ろうとしていたりした。そういう場所を彼女は生きていた。生前の祖父母はけっして仲のいい夫婦ではなかった。ぼくたちには祖母の結婚生活が不幸なものにも見えた。外側からはうかがい知れないものがある。好悪を超えたところで、祖父は祖母にとって「この人」だったのかもしれない。みんながみんな『タイタニック』のジャックとローズであるわけないんだからね。だから逆に、どんなに不幸で不本意な結婚生活でも大丈夫だ、と何が大丈夫なのかわからないけれど、遠い祖母の面影をたどりながら、そんなことを思ったりする。

 とし子はみんなが死ぬとなづける
 そのやりかたを通って行き
 それから先どこへ行ったかわからない
 それはおれたちの空間の方向ではかれない
 感ぜられない方向を感じようとするときは
 たれだってみんなぐるぐるする
        (宮沢賢治「青森挽歌」)

 可視化も実体化もできないものへの応答を、祖母は生きていた。それが認知症だとすれば、デクノボーは認知症に似ている。