小説のために(第二十五話)

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 宮沢賢治が詩や童話で使っている用語や比喩(隠喩)が独特であることは、吉本隆明をはじめとして多くの人が指摘している。水でも川でも石でも雲や風や森や木の芽でも、賢治の言葉を通過することで固いものは柔らかくふくらみ、液状のものや気体状のものには物としての質感が伴ってくる。これらの印象が相まって、詩や童話に描かれた自然物や自然現象が生き物のように感じられる。

 ごく初期からあらわれて、生涯作品から消えなかった特徴をもうひとつあげれば、自然物や植物や生物や動物を人間みたいに生きさせていることだ。この資質はのちに宮沢賢治の童話を未開人の神話世界や夢の世界にちかづけている。もうすこし極端なところまでひきのばせば、分裂症患者が、眼のまえの事象をぎくしゃくした機械仕かけのかたちにかえてつかまえたり、つかみどころのない空間に、かたい存在感をあたえたり、雲が氷のかけらだという考えにこだわり、とらわれると、気体みたいにつかみどころのないものが、ざらめのあつまりみたいに幻覚される世界にまでひろがってゆく。わたしたちは宮沢賢治の用語や喩法を、特異さということだけで済ましてゆけば、この分裂病的な資質につきあたるように見える。(吉本隆明『宮沢賢治』)

 間違ってはいないけれど、つまらない解釈だと思う。たしかに自然物の擬人化はアニミズムなど未開人の心性と相通ずるものだし、それは統合失調症のような疾患として現在に面影を残している。でも、そんなふうに賢治の作品を読むと、彼の作品が内包している未知のものが既存の知識や学説のなかに閉ざされて、どこへも行けなくなってしまう。解釈され、批評されたところで終わってしまう。
 まったく別の読み方が可能だと思う。植物や生物や動物に人間の言葉を喋らせ、あたかも人間のように描く。その描き方が擬人法の域を超えていることは、吉本さんが指摘しているとおりだろう。自然の景観そのものが生きさせられている。湿った靄のなかで雫を滴らせている木は実際に「涙を流している」のだし、風にざわめいているヒノキは、彼の目の前では髪を振り乱した鬼が群れている姿に現に変容している。これを入眠体験に結び付けて、幻想の世界への移行と解釈すると面白くない。

 すると、雲もなく研きあげられたやうな群青の空から、まつ白な雪が、さぎの毛のやうに、いちめんに落ちてきました。それは下の平原の雪や、ビール色の日光、茶いろのひのきでできあたつたしづかな奇麗な日曜日を、一そう美しくしたのです。
 子どもは、やどりぎの枝をもつて、一生けん命にあるきだしました。
 けれども、その立派な雪が落ち切つてしまつたころから、お日さまはなんだか空の遠くの方へお移りになつて、そこのお旅屋で、あのまばゆい白い火を、あたらしくお焚きなされてゐるやうでした。(「水仙月の四日」)

 コバルト山地の氷霧のなかで
 あやしい朝の火が燃えてゐます
 毛無森のきり跡あたりの見当です
 たしかにせいしんてきの白い火が
 水より強くどしどしどしどし燃えてゐます(「コバルト山地」)

 こうした表現は賢治の詩にも童話にも無数に出てくるけれど、そこには修辞法的な操作や感情移入のようなものは介在しておらず、「ほんたうにもう、どうしてもこんなことがあるやうでしかたない」という迫真性とともに直観されている。「やうな」「やうに」「やうでした」といった直喩が使われている場合でも、たんなる比喩を超えた瑞々しさが伝わってくる。現に詩人はその場所にいて、それらの自然物や自然現象をともに生きている、というふうに読めてしまうのだ。また、そんなふうに読まないと、賢治の作品世界に入っていくことはできないように思う。なにより作者自身が、そのように読まれることを願っているではないか。「わたくしは、これらのちひさなものたがりの幾きれかが、おしまひ、あなたのすきとほつたほんたうのたべものになることを、どんなにねがふかわかりません」と言っているのは、そういうことだろう。
 自然物を擬人感情で自然物を眺めているというより、自然を内在化し、人と同じように生きさせている。自然の景観のとおりに自分が生きている。内部と外部が瞬時に入れ替わる変換の自在さ。内にあるものが外にあり、外にあるものが内にある。二重化された視線については、見田宗介なども指摘している(『宮沢賢治』)し、吉本隆明も「やまなし」や『銀河鉄道の夜』を例として、「語り手の眼の二重視線」や観察者の時空間瞬間移動といった、賢治の作品に現れる「さまざまな視線」について触れている(前掲書)。
 これも視線や観察者の問題にしてしまうとつまらない。存在論としてひらいたほうが、宮沢賢治の文学が内包している可能性に近づける気がする。内部と外部があるのでも、こことそこがあるのでも、また自分と彼らがいるのでもなく、外部は内部であり、そこはここであり、彼らは自分である、という仕方で賢治の生は営まれている。内部と外部、こことそこ、自分と彼らといった差異は、いずれも自己を中心として外側に広がる外延的世界の差異であり、これまで使ってきた比喩で言えばニュートン物理学的な世界の文法に則っている。これにたいして賢治が描こうとしたのは、外部は内部であり、そこはここであり、彼らは自分である、という相対論的な世界観であり、意識の内包性とともにある生である。
 賢治が生きている世界では、万物が「遠いともだち」として平等である。これも仏教的な慈悲の考え方から来ているというよりは、彼が持って生まれた資質に由来すると考えるほうが本質に近い気がする。人間や動物や植物といった差異自体が些細な、取るに足らないものに見える場所に賢治はいて、そこを生きている。差異や区別とは、所詮、人間を中心とした外延自然の用語だ。賢治はまったく別の自然を生きている。外延自然の文法で象られた外延的世界を生きながら、同時に内包自然を生きている。彼は自分が生きている世界を描出するための言葉と文法を案出したかった。
 言葉は元来、外延的世界の差異として生まれたものであり、賢治が使う言葉も言葉である以上は、外延的世界のコードから逃れられない。描きたい世界と、それを描くための言葉の落差、そこで生まれる葛藤や緊張感が、彼の用語や喩法を独特なものにしている。この特異性を外延的世界のコードで読み解こうとすると、未開人の心性や統合失調症的な徴候や入眠体験や夢や幻想や大乗教的な他界観に比定されるという、ただそれだけのことではないだろうか。

 そら ね ごらん
 むかふに霧にぬれてゐる
 蕈のかたちのちひさな林があるだらう
 あすこのとこへ
 わたしのかんがへが
 ずゐぶんはやく流れて行つて
 みんな
 溶け込んでゐるのだよ
   こゝいらはふきの花でいつぱいだ(「林と思想」)

 その恐ろしい黒雲が
 またわたくしをたらうと来れば
 わたくしは切なく熱くひとりもだえる
 北上の河谷を覆ふ
 あの雨雲と婚すると云ひ
 森と野原をこもごも載せた
 その洪積の台地を恋ふと
 なかばは戯れに人にも寄せ
 なかばは気を負ってほんたうにさうも思ひ
 青い山河をさながらに
 じぶんじしんと考へた
 あゝそのことは私を責める(〔その恐ろしい黒雲が〕部分)

 言葉を生きる。言葉によって生きる。そのようにして賢治の作品はつくられている。そんな具合に出来上がっている。彼にとって言葉はたんなる記号ではなく、息苦しいまでに生命感を帯びたものだった。言葉は言葉として生きている。言葉は生き物だった。賢治にとって、言葉との関係は性であった、と言ってもいいかもしれない。彼が言葉を扱うことは性的な関係を結ぶことであり、そうした言葉によって描かれた木々や動物や気象現象は、おのずと性的なニュアンスを帯びてくる。宮沢賢治の詩や童話が、過剰に自然と交歓し、融合しているように見えるのはそのためだろう。
 本当は、自然を擬人化しているのでも、自己を自然に感情移入して自然と融合しているのでもなくて、彼自身が自己と自然の溶け合った領域として生きている。この領域化した生のさまざまな表情を描くことを、賢治は「心象スケッチ」と呼んでいる。『春と修羅』の副題はそういう意味だろう。

 わたくしといふ現象は
 仮定された有機交流電燈の
 ひとつの青い照明です

 彼が「現象」という言葉で言い表そうとしたものは、自己の手前で生起している。そうした現象が独特な比喩とともに描出されると、夢な幻想や入眠体験のような装いを帯びてくる。しかし彼自身は夢のなかにも幻覚のなかにいるわけでも、もちろん寝ぼけているわけでもない。ただ賢治が「詩」と考えるものは、内面とも社会とも遥かに隔たったものだった。それこそ天動説と地動説、ニュートン物理学と相対性理論ほどの違いがあった。結果的に、内面や社会を描いた詩は百年前の医学のように古びてしまったのにたいし、賢治の詩はなお未来にあって読み解かれるのを待っている。
 未来に置かれた詩の言葉は、自己の手前で起こっているイベントに向けられている。それだけに彼の詩業は困難なものだった。自己なる同一性を基準として外側に広がる世界を分節化するために創案された言葉によって、自己の手前の出来事をいかに描出するか。賢治の詩に頻出する括弧(  )や〔  〕や⦅  ⦆、複雑な文字の上げ下げ、「……」のような記号は、いずれも通常の言葉のコードを破ろうとする試みだったように見える。この方向性を、さらに過激に推し進めたところに、彼の特異な擬音(オノマトペ)の世界が広がっている。
 一般的に擬音は、分節化された言葉を完全に喋ることのできない乳児期の発語と関連づけられる。また修辞法として用いれば、風や雨や雷や水の流れなどの自然現象や、動物や鳥や虫の鳴き声などの描写として、擬人法化の様相を帯びてくる。しかし賢治の擬音は、言語機能が未発達な段階というよりは、自己の手前にある出来事と親密に結び合っている。それはたんなる修辞法の問題ではなく、もっと切実な表現の問題だった。なぜなら賢治にとって言葉を紡ぐことは、ほとんど生きていくための食糧を手に入れることと同じくらい、生に直結するものだったからだ。

 同一性は否定にしか行けない。疎外というかたちでしか自己を表現できない。否定に否定を重ね、自己を極限まで疎外したところで訪れるのが死である。同一性は死を免れない。起点にある事実として自己なる同一性を想定してしまうと、何をどうやろうと、その表現は否定や疎外として自己からはぐれていく。ヘーゲルの「自己意識」もマルクスの「労働」もハイデガーの「技術」も、そうしたものだ。表現の向きを逆にする、というのが森崎茂さんの「総表現者」である。天動説から地動説へ。ニュートン物理学的な世界から相対論的な世界へ。自己が表現するのではなく、自己は表現される。内包自然の大地で、意識の内包性によってひらかれるものが「自己」である。誰もが自分の言葉で、自分のやり方で意識の内包性をひらきうるという意味で、ぼくたちは総表現者である。総表現者の自己は表現するのではなくて表現される。総表現者の生は自己の手前に起源をもつ。意識の内包性をひらくことによって、一人ひとりが自分を自分に届ける。総アスリートから総表現者へ!
 『銀河鉄道の夜』のなかでカムパネルラの持っている切符を見て鳥捕りがこんなことを言う。「おや、こいつは大したもんですぜ。こいつはもう、ほうたうの天上へさへ行ける切符だ。天どころぢゃない、どこでも勝手にあるける通行券です。こいつをお持ちになれぁ、なるほど、こんな不完全な幻想第四次の銀河鉄道なんか、どこまででも行ける筈でさあ……」。ぼくたちが現に生きている自然は、宗教や国家や貨幣や医学や科学といった、さまざまな幻想(共同幻想や共同主観的現実)に満ちている。この不完全な自然を突き抜けて、どこまでも行ける切符を一人ひとりが持っている。誰もが自分の切符を持っている。それが総表現者ということだ。賢治に「総表現者」という言葉を教えてあげたかった。
 宮沢賢治は否定したり疎外したりすることなく、そこなわれないかたちで「自己」なるものを取り出したかったのだと思う。たとえば彼は自己を「捕食」という場所へ疎外したくなかった。偏在する地獄を生きざるを得ない同一者の生をなんとかしたかった。それは日常生活においては食にたいする禁欲的な態度としてあらわれ、作品においては夢や幻想や幼児性としてあらわれた。賢治が作品のなかで食べることを許した食べ物はりんごくらいだ。できれば「きれいにすきとほつた風」や「桃いろのうつくしい朝の日光」を食べて生きたかったに違いない。
 賢治の作品世界が保存している幼児性は、生理的な年齢を重ねるにつれてデクノボーに変容していく。大人になることを否定(拒否)した人間は、自己という同一性を基準に作り上げられた外延的世界ではデクノボーになるしかない。そりゃあそうだろう。「わたくしといふ現象は 仮定された有機交流電燈の ひとつの青い照明です」などとわけのわからないことを言って、ときどき「デデッポッポ デデッポッポ」と奇妙な擬音を発する者は、狂者でなければデクノボーだ。そこに宮沢賢治の不幸があったと見ることもできるけれど、彼自身は矜持をもってデクノボーを生きた。それが「修羅」という自己規定だと思う。

 いかりのにがさまた青さ
 四月の気層のひかりの底を
 唾し はぎしりゆききする
 おれはひとりの修羅なのだ

 たしかに「修羅」を自認したところで、現に彼は親がかりのデクノボーでしかない。病弱な身体に極端に振れる心を宿し、生涯を親の援助のもとに生きた。修羅とデクノボー、この存在の複相性を賢治は思い惑いながら、それこそ「オロオロアルキ」ながら最後まで生き抜いた。たいしたものだと思う。こうした境涯を彼が全うできたのは、自己の手前でいろんなことが起こっており、そこに人の人たる所以があることを直観していたからだと思う。そして自己の手前の未知に、ほんとうに善いものが息づいていることも、また彼は直観していた。
 幼児にとって死が存在しないのは幼稚だからではない。彼らは自己の手前を生きているのだ。死は自己という同一性とともに、自己の表現(=否定、疎外)としてはじまるものだから、自己の手前には死が存在しない。存在しようがない。比喩として言えば、死は領域としての自己になっている。それは自然なる発語として「きみは生きろ」や「また会おうな」や「元気か? 元気ってことはねえか」や「また見つけてね」「すぐに見つけるさ」が可能になる場所だ。彼らは適者生存を至上の原理とする実利的な世界ではデクノボーかもしれないが、総表現者として「死」という強固な共同幻想から自由になり、偏在する地獄から抜け出している。

 ああ誰か来てわたくしい云へ
 億の巨匠が並んで生れ
 しかも互ひに相犯さない
 明るい世界はかならず来ると

 かならず来るし、すでに来ている。誰もが無限小の可能性としてそこを生きている。なぜなら誰のなかにも還相の性があるし、それが息づく大地として内包自然があるからだ。現にあるこの世界は、内包自然の豊穣な大地のごく一部を耕作したメドックみたいなものだ。限られたメドックだから「格付け」などという些末なことが何事かであるように錯覚される。「グローバル化した世界」と呼ばれているものでさえ、内包自然を生きはじめている者からすれば、たんなるローカルでしかない。内包自然に根差す総表現者の生という海に浮かんだ小島が「自己」であり、小島で起こるインシデントとして「死」がある。ぼくたちは一個の自己として孤独や絶望も味わうことができる。
 本当に大きなイベントは、内包自然の大地で誰もが総表現者であることだ。一人ひとりが総表現者として、明るい世界に歩み入っていく。